第32話「【逢瀬】精神世界の再会と、康継の伝言」
「し……東雲さん!? なんで東雲さんが、ここにいるの!?」
唖然とする俺を見て、東雲さんはちょっといたずらっぽく笑った。
透き通るような明るい声に、ショートカットが似合う凛とした佇まい。
職場のほとんどの男が大なり小なり想いを寄せている、弾けんばかりの魅力的な笑顔がまぶしい。
「えへへ、驚きました? もしかして、私がいなくてちょっと寂しかったですか?」
そのセリフを聞いて、東雲さんの意識がまだ生きていることを実感し、安堵のあまり涙がボロボロとこぼれそうになった。
全く邪気を感じさせない、いつもの眩しい陽のオーラを放つ彼女。
(ああ、俺のことを嫌味なくちょっと茶化すような感じで話す、いつもの東雲さんだ……!)
東雲さんは、ちょっと涙ぐんで感動している俺を見て、満足げな笑みを浮かべていた。
「ふふ、やっぱり寂しかったんですね。……でも、寂しがってくれて、ちょっと嬉しいかもしれないです」
そう言うと、東雲さんは白い頬をほんのりと赤らめてはにかんだ。
「ああ……、寂しかったよ……!」
感動と安堵の涙と鼻水で、俺の声は段々とぐしゃぐしゃになっていく。
「そんでもって、嬉しいよ。もう一度東雲さんに会えて本当に嬉しいよ……! 阿月に体を乗っ取られて、もう二度と会えないかもしれないと……思ってたから……!」
「私も……、坂口さんに、こうしてもう一度会えて、嬉しいです!」
感動の再会を果たした俺たちは、どちらからともなく、ごく自然に熱い抱擁を交わした。
「お、俺……、今日本当に何度も死ぬかと思って……。わけ分かんない内に整体師になって、人間離れしたやつらと漏らしそうになりながら戦う羽目になって……。でも、東雲さんにもう一度会いたかったから……!」
嗚咽を漏らしながら泣き言を並べている自分に、「うわあ、カッコ悪……!」と激しい自己嫌悪が走る。
しかし、東雲さんはそう言って泣きじゃくる俺の頭を「おー、そうだったんですか。頑張ったんですね、よしよし」と優しく抱きかかえて撫でてくれた。
東雲さんの方が背は低いので、キスでも迫るように俺の顔を自分の方にぐいと引き寄せるような形になり、胸元から漂う東雲さんのいい匂いに思わず心拍数が跳ね上がる。
(うおおおおっ!? な、なんだこの極楽浄土は!? 東雲さんの柔らかい感触がダイレクトに……! 頑張って生きてて良かったァァァッ!!)
脳内麻薬がドバドバと溢れ出す中、俺はテンションマックスのまま、東雲さんとしばらく体を寄せ合っていた。
「永遠にこの時間が続いてほしい」と思ったが、そうはいかない。現実世界の肉体は、今まさに『魂歪湯』を流し込まれる寸前なのだ。事態は切迫している。
疑問は山ほどあった。
そもそも、俺自身、自分の力のことをよく分かっていないのだ。
寿々木先生の話を聞いてから、どんどん感覚が研ぎ澄まされていき、物の声が聞こえ始めた。
生命の危機に晒されたときには、触れている人間の記憶のような世界が見えた。
羽振の時は、さらにその世界に干渉できた。
でも、何で俺は触れている人間の記憶の世界に干渉できているんだろうか。
もしかして、それは国広の完全な覚醒が近いことと関係しているのか。
そして……、俺はその力を使って阿月の魂のコリを解きほぐすことができるのか。
いくつもの疑問が浮かんできてまとまらなかった。
そうして、結局口をついて出てきたのは、自分でも拍子抜けするほど平凡な問いかけだった。
「そうだ、東雲さん。……元気?」
「え……。はいっ、元気ですよ!」
この緊迫した状況にはあまりにも似つかわしくない挨拶に、思わず心の中で「どんな日常会話だよ!」とツッコミを入れるが、そのおかげで張り詰めていた緊張は大分ほぐれた気がする。
「良かった……。元気で何より。やっぱり、健康第一だよね」
「坂口さん、何いきなり中年のおじさんみたいなこと言ってるんですか。まだ二十七歳なのに、随分老け込んじゃいましたね」
「そりゃーもう、今日は特別激務だったからねえ。それに、二十七歳なんて別に若くもないって。この間の健康診断でも、γ-GTPとか割とギリだったし」
「え~、坂口さん。ちょっと飲みすぎなんじゃないですか? 自己管理が必要ですよ!」
「そうなんだよな~。自分でも分かってはいるんだけど、なかなか出来ないんだよね。おかげで、折角サッカーで鍛えていた体が形無しだぜ……」
俺はそう言って、高校の時にはバキバキの腹筋が見えていたお腹に乗り始めた脂肪をつまんで、東雲さんに見せつけた。
東雲さんは目を丸くして、くすくすと笑った。
「ありゃ~、ちょっときてますねえ。……ふふっ、じゃあこれからは、私が坂口さんの健康管理をしてあげますね。……だから、桜井さんのほうに行っちゃ嫌ですよ?」
上目遣いに向けられた悪戯っぽい視線に、俺の心臓は再び激しく跳ね上がった。
「し、東雲さん……!」
動揺を隠せない俺だったが、ふと我に返り、真面目なトーンへと戻した。
「そういえば東雲さん、今までどこにいたの? 阿月に憑かれてはいるけど、東雲さんの意識はまだちゃんとあるんだよね?」
東雲さんはコクリと頷く。
「実は、私自身も自分がどこにいたのかよく分からないんです。でも、私の意識はまだ存在していると思います。現に、坂口さんが入り込んできた阿月の記憶の世界で、こうして坂口さんと元気に話せていますし」
東雲さんは顎に指を当て、記憶を辿るように宙を見上げた。
「なんだか、ずっと深くて温かい海の底で眠っていたような気がするんです。……でも、さっき坂口さんから、ぼんやりと何かすごく嬉しい言葉を聞いたような気がしたとき、意識が浮上し始めたんです」
「うっ……!?」
「あの時、私になんて言ってくれたんですか?」
東雲さんが純粋な瞳でじっと俺を見つめてくる。チャペルで叫んだ『俺が結婚するのは東雲さんだ!』が脳裏にフラッシュバックし、俺は激しく挙動不審になりながら視線を泳がせた。
「え、あ、いや! 別に大したこと言ってないよ! 『東雲さん助けるぞー!』みたいな、ほら、同僚としての熱い激励だよハハハ!」
「もう、怪しいですねえ……」
東雲さんは小さく笑いながらも、すぐに表情を引き締めて話を続けた。
「で、その後に着物を着た男の人に呼ばれて、完全に目が覚めたんです。『俺は過ちを犯した、罪を償うのを手伝ってほしい』って言われて」
「罪を償うのを手伝ってほしい……?」
少し首を傾げながら思い出すように話す東雲さんを見つめ、俺はその言葉を脳内で反芻した。
(償わなければならない罪……、この文脈での『過ち』……。阿月の歪みを生み出した過去の因縁に、深く関わっている人物……。はっ!?)
「その男の人、そんなにイケメンではなかったんですけど、職人然とした精悍な顔立ちをしていました。……私が思うに、おそらくその男の人は――」
東雲さんが告げた名前は、まさしく俺が予想した人物と完全に一致していた。
「坂口さんの守護霊の、康継さんだと思います」




