第29話「【狂宴】怨嗟のウェディングと、社畜の嫉妬」
「うふ、うふふふ、ふふ」
階段の下から響く阿月の妖艶な笑い声に、全身の毛穴という毛穴から鳥肌が立ち並ぶ。
俺は背負った寿々木先生の重みに耐えながら、21階の非常扉を力任せに押し開けた。
一刻も早く先生を安全な場所に寝かせ、迎え撃つ態勢を整えなければならない。
「……え?」
飛び込んだフロアの光景に、俺は思わず目を疑った。
「これは……、教会? いや、違うな」
視界に広がっていたのは、白を基調とした豪奢な西欧式のチャペル――結婚式場だった。
不正増築フロアに作られた、俗物的なスカイウェディング会場。
おそらくここで、本当は日本語ペラペラの白人牧師が、「エイエンノ、アイヲ、チカイマースカ?」とか言っていたのだろう。
(そういえば、妹の結婚式の打ち合わせの時、お前普通にしゃべってただろ……!って思ったな~)
そこは、割れたガラスから吹き込む夜風と渦巻く怨念のせいで、まるで血塗られた『悪魔の祭壇』のように不気味に静まり返っていた。
コツ……コツ……コツ……。
階段の下から、ゆっくりと上がってくる阿月のヒールの足音が、静寂のチャペルに響き渡ってきた。
俺は荒い息を整えながら、寿々木先生をバージンロード脇の観覧席の椅子へとそっと寝かせた。
閉じられた扉をにらみつけ、臨戦態勢に入る。
ギイィィィ……
やがて、チャペルの重厚な扉が開いた。
「そろそろ観念したのかしら?」
そう言って、東雲さんの身体を乗っ取った阿月が悠然と姿を現した。
阿月はステンドグラスを背に両手を広げ、うっとりとフロアを見渡した。
「なんて素晴らしい場所なのかしら……。国広さん、ありがとう。私達、とうとうここで永遠に結ばれるのね……!」
「誰がお前なんかと結婚するか!!」
俺はバージンロードの真ん中で仁王立ちし、怒声を張り上げた。
「俺が結婚するのは、お前じゃない! 東雲さんだァッ!!」
その言葉に一瞬、阿月も寿々木先生もポカンとする。
だが、俺は構わず続けた。
「阿月、必ずお前から東雲さんを取り戻す!! そんでもって新NISAの利益を使って、結婚式をやってやる!! どうだ、参ったか!!」
俺は静まり返ったチャペルで堂々と宣言した!
……のだが、少し冷静さが戻って顔から火が出そうになった。
(……って、うわああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!? 思わず本音で啖呵切っちゃったけど、今の東雲さん本人に聞こえてないよな!? 意識戻った時に覚えてたらハズかしすぎて死ぬぞ俺ェェェ!!)
内心で猛烈な羞恥にのた打ち回る俺を、阿月は冷やかな流し目で見つめた。
「お前の意思など関係ないわ。私は、国広さんに言っているのよ」
阿月がパチンと指を鳴らした。
ザッ! ザッ!
チャペルの白い大理石の柱の死角から、仕立ての良い結婚式用のブラックスーツを着た二つの影が飛び出してきた。
直角の猫背、前に突き出された両手、そして紫色の怨念を噴き出す顔面――キョンシー化した男たちだ!
「ぐへへへ……坂口ぃ〜! お前、ガールズバーの一番人気のリサちゃんにちょっとモテたからって、いい気になりやがってぇ〜!」
「む、村瀬!?」
「喰らえ! ガールズバー3時間延長・シャンパンタワー掌底突きぃぃぃッッッ!!」
村瀬が叫びながら、両手から怒涛の連打を繰り出して突進してきた。
キャバクラやガールズバーで溶かした数十万円分の怨念が、ドス黒いオーラとなって拳にまとわりついている!
俺は身を沈め、村瀬のシャンパンタワー掌底をステップワークで冷静に見切ってかわした。
(隙だらけだ! 骨盤を整えて正気に戻してやる!)
ガラ空きになった村瀬の脇腹へ、カウンターのアジャストを叩き込もうと踏み込んだ――その瞬間。
ガシィッッッ!!
「……なっ!?」
背後から伸びてきた万力のような腕が、俺の両肩と首を強烈な力で羽交い絞めにしてロックした。
「坂口ぃ〜! お前、東雲さんとちょっといい感じになってるからって調子に乗るなよな〜! 桜井さんにもちょっかい出しやがって許さねえぇぇ〜!!」
「か、加藤まで!?」
うちの会社の同期プログラマーコンビだ!
「ぐへへ、捕まえたぞ……! リサちゃんのLINEをゲットした罪は重いんだよぉぉぉ!」
かわしたはずの村瀬が反転し、拘束された俺の両腕を前側からへし折らんばかりの怪力で掴みかかってくる。
「ははは……桜井怜奈を使って『魂歪湯』を飲ませ、完璧な下僕として仕上げておいた者達よ。街中の有象無象のキョンシーとは強度が違うわ」
阿月の嘲笑通り、村瀬と加藤の筋力は尋常ではなかった。
先ほど闘った課長クラスのドス黒い呪力が二人から噴き出し、前後左右からガチガチに固められて指先ひとつ動かすことすらできない。
「坂口くん……! ぐはっ……!」
見れば、観覧席に寝かせていた寿々木先生も、いつの間にか現れた別のスーツ姿の社員キョンシーたちに完全に押さえつけられていた。
「くそっ……離せッ!!」
もがく俺の前に、阿月が妖艶な笑みを浮かべながら間合いを詰めてくる。
その手には、先ほど蒸発させたはずの『魂歪湯』の缶が、再び物質化されて握られていた。
「さあ、お行儀よく口を開けて? ……はい、あーん」
阿月の冷たい指先が俺の顎を強引にこじ開ける。
見上げる俺の視界の先、禍々しく紫色に濁った『魂歪湯』が、ドロリと俺の喉元へ向けて垂れ落ちてくるのが見えた――。




