第21話「【中ボスバトル⑥】魂のASMRと、初回限定スペシャル体験コース」
「いくぜ……、『整魂整体』!!」
俺の決めセリフが、無駄に広い院長室に響いた。
羽振は一瞬だけ呆気にとられてポカンとしていたが、やがて腹を抱えて笑い始めた。
「ははははは!! 君が僕を救うだと!? 救われなければならないのは、君の方じゃないのかい!? 激務で体がガチガチに固まっても、薄給で整体に行く金すら出せない君の方じゃないのかい!?」
嘲笑する羽振を見据えたまま、俺はしばらく立ち尽くしていた。
……いや、正直に言おう。ぐうの音も出ないほど図星だった。
だが、俺は構わずに、ゆっくりと羽振の方へ一歩を踏み出した。
「ああ、確かに体を整えたり、たまの贅沢を味わったりするために整体に行く金は欲しい(切実)。でも実際には金が無いから、寝る前にYouTubeで整体の動画を見ている。よく眠れてサイコーだ。そうしているうちに、俺はASMRガチ勢になった……」
「はっ! 貧乏人は惨めだねえ。隣の料理屋の匂いを飯の肴にする落語を思い起こさせて、泣けてくるよ! 医者として成功している僕の高級スパ体験談でも恵んでやろうか!? ははははは!!」
羽振は、なおも俺のコンプレックスにつけ込み、それを煽って隙を作ろうとしてきた。
だが、もうその手口も分かってきた。
煽りに全く動じずに、まっすぐに自分を見つめる俺の雰囲気に、羽振は少しだけ気圧されたように高笑いを引きつらせる。
「……高級スパと言えば、鎌倉に本店がある『オリーブオイルスパ』のヘッドマッサージ動画は傑作だ。程よく専門用語を交えた解説と施術のバランスが絶妙で、リラクゼーション効果が至高の領域に達している。施術者とモデル、店内には品のあるラグジュアリー感があるし、動画は1時間を超えていて、ボリュームの点でも申し分ない」
「……何を言っているんだお前は」
羽振が困惑の表情を浮かべる。俺は構わずに語り続けた。
「その動画の、ぐうぅっ、と堅くなった筋肉に沈み込む施術者の指を見ていると、まるで自分が施術を受けているように感じてくる。目をつむっていても、その感覚は消えることはない。実際には1Kの狭いアパートで安い座椅子に座ってディスプレイを眺めているだけなのにな。不思議なもんだ……」
羽振は俺の言葉の真意を探るように、不気味に沈黙した。
「寿々木先生は言っていた。整体の『体』は何も人体だけのことを指しているわけじゃないって。もしかしたら、俺は『オリーブオイルスパ』の動画で、肉体っていうより『魂』が癒されていたのかもな」
俺が静かに歩を進めると、羽振は思わず一歩後ずさった。
「整体師自身も、自分の施術が患者の魂をも癒しているとは気づいていないかもしれない。でも、それを意識してできる整体師は、真に患者を救える人なんだろうな」
「何を言い出すかと思えば……。はっ! 多少指が器用だろうと、整体師のやることなど所詮は小手先の一時しのぎにすぎんよ。やつらの施術の効果など、科学的エビデンスはほとんどないのだからね」
「それは違うな」
俺は顔を少し上げて、羽振をまっすぐに見据えた。
「なんだと?」
羽振の眉間がピクッと跳ねる。
「体の不調を直すのは、医者の専売特許じゃない。魂が救われなければ、いくら肉体がきれいで健康でもやがては崩れていく。そして、魂が救われていない人間に、他の人間の魂を救うことはできない。それは、医者でも整体師でも同じだ」
俺の言葉を聞いた羽振の顔が、憎悪で歪み始める。
「今のお前に人を救うことはできない。お前自身の魂が救われていないからだ。その傷ついた魂が、お前に憑いた悪霊の力を増幅させているんだ」
眉根を寄せてピクピクと震える羽振。
「……だから、お前の魂をこれから整える」
その言葉を聞いた羽振は、ついに激昂した。
「偉そうに知ったような口を……!」
白衣のポケットから手術用のメスを取り出すと、般若のような相形で振りかぶる!
「聞くんじゃねえーーー!!!!」
「危ないー!! 坂口さん!!」
桜井さんの悲鳴が上がる。
シュッ!と風を切って投げつけられたメスは、俺の頬のすぐ横をすれ違い、背後の壁に深々と突き刺さった。
「お前が僕を救うだと!? 人を救うのは、富と権力と名誉がある僕のような人間の特権だ!! お前のような日々の生活の余裕すら無い貧乏人が思いあがりやがって!!」
肩を上下させながら叫ぶ羽振。俺は静かに息を吐いた。
「その富と権力と名誉を手に入れるための、お前のこれまでの努力には、素直に敬意を表するよ。でも、お前はそのために幼少期から犠牲にしてきたものを、ずっと心の奥底に封じ込めて見ないふりをしてきたんじゃないか。それが今、お前を蝕んでいることは、お前自身が一番よく分かっているハズだ……」
その言葉に、羽振はハッとしたように目を見開いた。そして、自嘲するように笑い出す。
「ふっ……、くくく。両親に大切にされ、苦労知らずで育ってきた医学部の同級生のようなセリフを君から聞くとはね」
次の瞬間、羽振の顔が一転して怒りの表情に変わる。
「ならば、これでどうだ!!」
羽振は複数のメスを指に挟んで掴むと、マシンガンのように連続で投げつけてきた!
「くっ……!」
俺は首と体を紙一重で傾け、飛来するメスを次々と回避する。
「かかったね!!」
「!?」
避けた瞬間の隙を狙い、羽振の両手の中でどす黒いエネルギーが暴烈に充填されていく。
「今のは目くらましさ! こっちが本命の物理攻撃だよ!! くらえ、『直美意無』!!」
ドガァァァァァンッ!!
っと漆黒の光線が俺を飲み込む——はずだった。
「……!? なんだ、この感じは?」
直後、羽振の放った黒いエネルギーは霧散し、まるで陽だまりのような暖かみのある優しい光が、羽振の体をふんわりと包み込んだ。
「う……! こ、これは……!?」
手の中で充填していたはずの破壊のエネルギーが、跡形もなく消え去っていることに気づいた羽振は狼狽した。
俺は静かに、暖かな光の中で困惑する羽振を見つめていた。
「坂口さん、助かって良かった……」
後ろで見守っていた桜井さんが安堵の息を漏らす。
「って、あれ……? なんか、羽振の顔つきがさっきと違っているような……。上手く言えないけど、真面目な好青年の雰囲気がちょっとあるような。気のせいかしら……」
「く、貴様……!!」
震えながら毒づく羽振。俺は包み込むような優しい笑みを向けた。
「なかなかしぶとい魂のコリですね。でも安心してください、お客様。本日は初回限定の体験スペシャルコースをお楽しみいただけますので、心ゆくまでゆっくりとお楽しみください」
そう言って俺が優しく見つめると、羽振の手から、カラァァン……とメスが滑り落ちて、床に落ちた衝突音が院長室に響いた。
「あ……」
羽振はその温かい瞳に吸い寄せられるように力を抜き、スーッと俺に向かって身体を預けてきた。
「一体……、何が起こっているの……?」
桜井さんが呆然と見守る中、俺は羽振の背中と頭部にそっと手を添え、極上の癒やしのアジャストを叩き込んだ。
パキッ……。
静かで美しい関節の調律音が、部屋に響く。
一瞬の整体の後、羽振は憑き物が落ちたような安らかな顔を浮かべ、大理石の床へゆっくりと倒れ込んだ。
「お客様、これが『整魂整体』です。ご満足いただけたでしょうか?」
俺は体の前で両手を合わせ、深々とお辞儀をした。




