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第2話:現代の呪いはYouTubeのアルゴリズムをハッキングする

 散々な目にあって命からがら帰宅した俺は、1Kの狭いアパートで泥のように座り込んでいた。


 近所のスーパーで半額になっていた売れ残りの惣菜をつつき、ストロングゼロのロング缶をあおる。アルコールが五臓六腑にしみわたり、ようやく張り詰めていた緊張がほぐれていくのを感じた。


 テレビのない我が家だ。いつものように、パソコンでYouTubeを流しながらの、寂しい一人晩飯。

 俺はメッシのスーパーゴール集や、古代生物の変遷といった動画をだらだらと流しながら、「うーん、なんか今日は飲みたい気分だなー」と、ストロングゼロを飲み進めていた。


 しかし、三缶目に突入したあたりで、俺は妙なことに気がついた。


(……なんだこれ?)


 画面をスクロールしても、ブラウザをリロードしても、トップ画面のラインナップが明らかに狂っているのだ。


『恐怖! 首ポキ整体の危険な罠』

『現役医師が暴露する、整体師は全員詐欺師である理由』

『整体業界はすでに腐っています。騙されないで』


 そんな、あからさまに整体を敵視する動画が、画面の半分を埋め尽くしている。

 おまけに、それらとセットで。


『美人局にはめられた男の悲惨な末路』

『裏がある親切に騙されるな! 美少女の罠に落ちた社畜の転落人生』


 ……みたいな動画まで、ご丁寧に一列に並んでお勧めされている。


 YouTubeのアルゴリズムは、直近で再生した動画や検索ワードに類似したものを優先して表示する仕組みだ。俺は「首の骨の折り方」なんて検索していないし、美人局の動画だって見た覚えはない。


 なんなんだ、この徹底的な『明日、整体院に行くのを阻止しようとする』配置は。

 そして東雲さんとのご飯(デート予定)を、美人局の罠だと疑わせようとする悪意の塊は。


「ハッ……まさか、これが……」


 脳裏に、東雲さんの真剣な顔が浮かぶ。

 ――坂口さん、もしかしたらこれから邪な者が、あの手この手で妨害工作をしてくるかもしれません。


 間違いない。これだ。

 何者かは知らねえが、ネットを介して俺の動線を塞ぎに来ている。


「……フッ、何者かしらねえが、甘いんだよ!」


 俺はストロングゼロをぐっと飲み干し、マウスを強く握りしめた。

 俺と東雲さん(未来の彼女)の絆を引き裂こうったって、そうはいかない。現代のSEをナメるなよ。


 妨害工作アルゴリズムを破壊するため、俺は検索窓に文字を打ち込んだ。


 ――『森田式筋膜整体』。


 最近YouTubeで急速に名を馳せている、ゴッドハンド・森田美桜先生のチャンネルだ。著名人も多数出演し、ヤラセ一切なしの一瞬で不調を治す神業動画。

 俺は再生数の一番高い、二十七分近い動画をあえて最後までノンストップで流し続けた。


 画面の向こうでスタイル抜群で美人の森田先生が「はい、これで骨盤の歪みが消えましたね」と微笑む。


 この優しい笑顔もたまんねえぜ…‥!


 動画を見終わった後、祈るような気持ちでYouTubeのトップ画面に戻る。


「勝った……!」


 思わず拳を握りしめた。

 あれほど画面を埋め尽くしていた、整体業界を悪く言う闇の動画たちが、綺麗さっぱり消え去っている。邪な者とやらも、どうやら森田先生の圧倒的な神業の前にはひれ伏すしかなかったらしい。


 でも、相変わらず美人局関連の動画は表示されたままだ。

 ダメ押しとばかりに、俺はさらに動画を検索する。

『サッカー選手カカと、元妻との純愛馴れ初めストーリー』

『メッシと幼馴染の奥さんとの、一途すぎる純愛伝説』


 これだ。美人局の毒を消すには、最高純度の純愛エピソードをアルゴリズムに叩き込むに限る。


 動画が終わり、再びトップ画面をコロコロとマウスホイールで回していく。画面は完全に元通りになった。俺のネットの平穏は守られたのだ。


 しかし、その完璧なラインナップの最下部に、一つだけ、ポツンと奇妙なサムネイルが残っていた。


『伝説の刀工達の生涯――玉鋼に命をあずけた男たち』


 今まで一度も興味を持ったことのないマニアックな解説動画だった。

 これも邪な者の仕業なのだろうか。それとも、単なるアルゴリズムの気まぐれか。


「……まあ、いいか」


 これ一つだけでは何とも言えないし、第一、今の俺はそこまで深く考える余裕がなかった。

 アルゴリズムの除霊(?)を終えた途端、忘れていた首と腰の激痛が、一気にぶり返してきたのだ。


「痛たたた……明日、マジでその整体院とやらに行かないと、身体が死ぬ……」


 俺は画面を閉じると、這うようにして布団に潜り込んだ。

 迫り来る怪異の足音よりも、二十七歳のリアルな肉体の悲鳴の方が、今の俺にはよっぽど恐怖だった。


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