第17話「【中ボスバトル②】高慢なカリスマと美のバグ」
「ふふふ……、どうぞこちらへ」
黒革のスリットドレスを揺らし、優雅に歩き出す超絶美女店員。
そのあまりに芸術的なバックスタイルと甘い香りに、俺の目は完全に釘付けになっていた。
(う、うおぉ……すげぇ……歩くたびに脚が……)
「……坂口さん?」
ジト目になった桜井さんから、容赦のない脇腹ツネリが炸裂した。
「痛っっ!!? さ、桜井さん!?」
「どこ見てるんですか。鼻の下、伸びてますよ」
「伸ばしてない! 伸ばしてないから! 順路を確認してただけだから!」
「……ふんだ!」
嫉妬で頬を膨らませる桜井さんの可愛さにドギマギしつつ、俺たちは高級感あふれる廊下を進む。
壁には、あからさまに胡散臭いポスターが何枚も貼られていた。
『【祝】SNS支持率・美容外科部門第1位! 全国50店舗展開決定!』
『理想の自分を、即日ローンで購入しませんか? 奇跡の骨格パーフェクトコース:初回特別価格 3,500,000円〜』
『お客様の声:「先生に出会って人生変わりました! 借金は増えたけど、毎日ハッピーです♪」(20代・女性)』
(いやいやいや! 詐欺の詰め合わせセットかよ! 借金増えてハッピーなわけあるか!!)
あまりの突っ込みどころの多さに戦慄していると――突然、俺の脳が歪みを感知した。
(……!? なんだこの、奥から漂ってくる猛烈な歪みの匂いは……!?)
さらに不思議なことに、廊下の最奥にある部屋から、微かな話し声が俺の耳だけに直接飛び込んできた。
「ねえ……、なんかあの奥の部屋から声が聞こえません?」
「え…。私には何も…。坂口さん、耳がいいんですね」
桜井さんには聞こえていないようだ。
おかしいな、俺こんなに耳が良かったっけ?
なんか、寿々木先生に特訓(四十秒くらいの講釈)してもらってから、全ての感覚が研ぎ澄まされて行っているような……。
更に集中すると、奥の部屋の声が鮮明に聞こえてきた。
『いいかい、お嬢さん? 君のその左右で0.5ミリズレた顎のライン……放置すると3年後には顔面が崩壊するよ。今すぐうちのプレミアムゴールドボトックス(200万円)を打たないと、一生後悔することになる』
『え……っ、た、高すぎます……! でも、顔が崩壊するのは嫌……っ』
(……!! こいつ、若い女の子の些細なコンプレックスを煽って暴利を貪ろうとしてやがる!!)
「桜井さん、ちょっと待ってて!」
俺は前を歩いていた美女店員の横を疾走して追い抜き、奥の部屋のドアを勢いよく叩き開けた。
バァァァン!!
「そこまでだ!!」
豪華絢爛で無駄に広い院長室。
そこには、怯えて半泣きになっている若い女性患者と、応接セットのソファに深々と腰掛けた男がいた。
30代半ばほど。長髪を後ろに流し、胸元を豪快にはだけさせた白衣からは、ジャラジャラと重たそうな金のネックレスが覗いている。腕には眩しい高級時計。
この男が、眉唾美容外科の院長――羽振良介だった。
「なんだい君は? 診察の予約なら受付を通してもらおうか」
羽振はピザをかじるような手つきでサングラスを外し、不快そうに俺を睨みつけた。
「白々しいこと言うな! 0.5ミリのズレで200万だと!? お前がやってるのは医療じゃない、ただの詐欺だ!!」
俺が叫ぶと、追いついてきた美女店員が静かに羽振の脇に立った。
「羽振先生。警備員を呼んでつまみ出しましょうか?」
「いや、それには及ばんよ」
羽振はフッと鼻で笑うと、余裕の笑みを浮かべて手を振った。
「僕のお客さんだ……。君は下がっていなさい」
「かしこまりました」
美女店員が静かに部屋を出ていき、怯えていた女性患者も逃げるように立ち去った。
部屋に残されたのは、俺と桜井さん、そして羽振の三人だけだ。
「人聞きが悪いな……。僕は真剣にあの子の悩みを解決しようとしていたのさ。……ま、地を這う底辺SEごときには、僕の崇高な仕事は理解できないのだろうね」
「なっ……! なぜ俺がSEだと……!?」
「匂いで分かるさ。低賃金と長時間労働に苛まれ、背骨を丸めて画面にしがみつく無価値な存在の匂いがね。医学部以外はカス同然……ましてや君のようなITドカタなど、私の前では虫ケラも同然だよ」
羽振は吐き捨てるように言うと、俺の後ろで呆然と立ち尽くしていた桜井さんに視線を向けた。
その瞬間、羽振の目が妖しく光る。
「……ほう。君、いい素材をしているね」
「えっ……? あ、私……?」
「だが……実に惜しい」
羽振は立ち上がり、桜井さんにじたじたと近づきながら、口八丁手八丁で言葉の毒を吐きかけ始めた。
「胸の豊かさに対して、顔立ちの幼さが絶妙にアンバランスだ。一見すると男ウケしそうだが……その歪みのせいで、君の本命の男性は無意識に違和感を抱き、離れていく。このままだと君は、一生、都合のいい女で終わるよ?」
「つ、都合のいい女……!? 私が……!?」
桜井さんの顔から血の気が引いていく。阿月の件で自分の存在価値に傷を負っていた桜井さんにとって、その言葉はあまりにも鋭い毒だった。
「だが安心し給え。僕の特注『パーフェクト愛され骨格矯正プラン(500万円)』を受ければ、君は本当の愛を手に入れられる……」
「ほんとうの……あい……」
うつろな目で、ふらふらと羽振の方へ歩み寄ろうとする桜井さん。
「桜井さん、ダメだ!!」
俺はガバッと手を広げ、桜井さんと羽振の間に割り込んだ。
「さ、坂口さん……?」
「そんな細かい歪みがなんだ!! そんなところも全部含めて、桜井さんはめちゃくちゃカワイイんだよ!!」
「え……」
羽振と桜井さんの声が重なった。桜井さんの顔が瞬時に真っ赤に染まる。
「女の子の心の隙間に付け込んで、暴利を貪るような真似しやがって……! 詐欺師め、お前のその曲がりくねった根性ごと、この俺がきっちり整えてやる!!」
ビシッと羽振を指さして啖呵を切る俺。男見せたぜ!
……だが。
(う、うおぉぉぉぉん……!! 吐きそう……!! なんだこの黒いモヤはぁぁぁ!!)
俺の心の中は、冷や汗と脂汗で大決壊を起こしていた。
目の前の羽振から立ち上る「どす黒い歪み」は、バッティングセンターで戦ったあの課長(野球の霊)とはまた異質な、禍々しい瘴気を放っている。まるで怨念の泥沼だ。
しかも、課長を担ぎ上げた時の腰の痛み(爆弾)が、ピキピキと主張を始めている。
(ヤバいヤバいヤバい!! 啖呵切っちゃったけど、俺ただの腰痛めた社畜SEだぞ!? 何に憑かれているのか知らないけど、こんな人間離れしたどす黒いオーラ放っているやつに勝てるわけねぇぇぇ!!)
そんな俺の内心のパニックを知る由もなく、羽振は不敵な笑みを深めた。
「ふふふ……どこまでも僕を詐欺師扱いする気か。……いいだろう。君の体に直接教えてあげよう。医師である僕の仕事の崇高さをね……!!」
ゆらりと立ち上がった羽振の体が、不気味に歪み始めた――。




