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第15話「【告白】乙女心と真っ直ぐな歪み」

挿絵(By みてみん)

 俺は息を荒げながら、倒れた桜井さんを見下ろす森田先生に思わず詰め寄った。


「さ、さっき、阿月って言いましたよね!? 俺、阿月は桜井さんから東雲さんに乗り換えて憑依したと思ってたんですけど……違うんですか!? 本当は桜井さんに憑いたままだったんですか!? じゃあ、今の東雲さんに憑いているのは阿月じゃないんですか!?」


 脳内がパニックを起こす坂口に、森田先生は静かに首を振った。


「……いいえ。東雲葵さんに憑いているのは、間違いなく阿月です。そして、この子に憑いていたのも阿月。もう祓いましたがね」


「はい!? ……ど、どういうことですか……?」


「どうやら、阿月の霊は分裂していたようです。一つは東雲さんに、そしてもう一つはこの子――桜井さんに」


「霊が分裂!? そんなのアリなんですか!?」


 困惑する俺の横で、寿々木先生がハッとしたように顎に手を当てた。


「……おそらく、阿月は、おっぱいで康継を誘惑していた時、『これは自分ではない』と強く思い込もうとしていたのだろう。それが阿月の中で激しい自己否定となり、別人格となって霊魂の分裂を招いた……。桜井さんに憑いていたのは、おそらくその時の阿月の人格の霊だな」


「……おそらくね。……まったく、国広の身勝手さには反吐が出るわ」


 森田先生の吐き捨てるようなセリフ。


 そんなセリフを聞いているはずの俺の中の国広は、眠っていて聞こえていないのか、それとも意に介していないのか、全くの無反応だった。


(うわぁぁ、国広……。イケメンだけど相当クズだな……。でも、森田先生、俺はそんなクズじゃないですよ……! 俺はイケメンでもないし、運動神経も勉強もボチボチだけど、それなりに誠実な男ですからね……っ!?)


 心の中で国広との境界線を引いて、森田先生に訴える俺。


「……ですが、東雲さんに憑いている本体の阿月を止めなければなりません」


 森田先生は壁の時計を見上げた。


「その前に、桜井さんと課長をどこか安全な場所に運ばないとね。……坂口くん、頼める? 同じ会社の社員でしょう?」


「あ、はい! 分かりました!」


「急ぎましょう、寿々木先生! 大手町グランドセントラルタワーへ向かいます!」


「了解!」


 二人は風のようにバッティングセンターを飛び出していった。


 静まり返った店内に残されたのは、俺と、床に倒れている課長、そして桜井さん。


(ふぅ……とりあえず、二人を椅子に座らせないと……)


 俺は倒れている桜井さんに近づいた。

 乱れた服の隙間から覗く白い首筋や、施術直後の艶っぽい表情に、俺の邪心がほんの少しだけ顔を出す。


(いや、やっぱり桜井さん、めちゃくちゃ色っぽいな……って、何を考えてんだ俺は!)


 一人で焦っていると――。


「う〜ん……」


 桜井さんが薄く目を開け、小さく唸った。


「さ、桜井さん!? 大丈夫ですか!?」


「坂口……さん……? 私……ここで何を……」


 体を起こそうとする桜井さんを慌てて支える。その華奢な肩の柔らかさに一瞬ドギマギしたが、桜井さんの瞳に光が戻っていくのを見て、俺は胸を撫でおろした。どうやら正気に戻ったらしい。


 しかし、桜井さんは自分の手を見つめ、ハッとしたように表情を曇らせた。


「私……思い出してきた……。整体師の先生二人を、そして、課長を……坂口くんを傷つけようとして……」


「あ、いや! あれは桜井さんのせいじゃなくて、悪霊に憑依されてて――」


「ううん、違うの」


 桜井さんは首を振り、膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。その目から、ぽろぽろと大きな涙が溢れ出す。


「悪霊につけ込まれる隙が、私の中にあったからなの……っ。私……私、ずっと最低な女だったの……!」


 突然の涙に狼狽する俺をよそに、桜井さんは吐き出すように語り始めた。


「私……社内でも巨乳だってちやほやされて、色んな男性社員から言い寄られたりもした……。でも、本当に好きな本命の人には、全然振り向いてもらえなくて……。それどころか、他の女性社員からは男を誘惑してるって陰口を叩かれて、嫌がらせも受けて……」


「桜井さん……」


「だから、悔しくて……! 課長が私に気があるのを利用して、当て馬にしてその人の気を引こうとしたり……凄くズルいこと考えてた……。私がそんな嫌な女だから、あんな恐ろしい幽霊に取りつかれちゃったんだわ……っ!」


 顔を覆って泣きじゃくる桜井さん。

 その言葉は、欲望や身勝手さで歪んでいた阿月の霊魂と、哀しいほどにシンクロしていた。


 俺は少しの間黙ってその背中を見つめていたが、やがて頭をかきながら、ぽつりと呟いた。


「……確かに、ちょっとズルくて悪かったかもしれないですね」


「……っ」


 桜井さんがハッと顔を上げる。俺はいつもの頼りない笑みを浮かべ、真っ直ぐに桜井さんの目を見つめた。


「でもさ……好きな人に振り向いてほしいって思うのは、当たり前のことでしょ。そりゃあ、やり方は下手くそだったかもしれないけど……その人を愛する桜井さんの気持ちだけは、どこまでも真っ直ぐで、歪みなんて一つもないですよ」


「坂口……さん……」


「もし今後もその人を追いかけるつもりなら……俺、同僚として全力で応援しますから。だから、そんなに自分を責めないでください」


 静かなバッティングセンターに、その言葉が優しく響く。


 桜井さんはポカンと口を開けて俺を見つめていたが、やがてその顔が真っ赤に染まっていった。涙で濡れた目を何度もキュッと拭うと、感情を爆発させるように叫んだ。


「うう……っ! 坂口さんのばかぁぁぁーーーーっ!!」


「えぇぇっ!? なんで俺が怒られてるの!?」


「バカ! バカバカ! 鈍感!!」


 ポカポカと俺の胸を叩いて再び泣き出す桜井さん。俺は、おろおろと両手を上げて狼狽してしまった。


 その時である。


「うう……ぐ……」


「ひえっ!?」


 ベンチの脇でひっくり返っていた課長が、ピクピクと眉輪筋を痙攣させ、薄目を開けた。


「さ、坂口……っ……。上司を冷たい床に寝かせたまま……女とイチャつくとは何事だ……」


「か、課長!? 違います、これは介抱してて――」


「……お前は……次の査定……Dだ……」


 ガクッ。


 言い残すだけ言い残すと、課長は再び白目を剥いて完全に気を失った。


「え……、査定D……? ウソでしょ、課長? 撤回してください! 課長、起きて!! ……くっ、起きろ、この早退バッティングセンター野郎!!!」


 夜のバッティングセンターに横たわる課長の体(死んではいない)。

 その横で、社畜の魂の叫びと乙女の泣き声が空しく響き渡った。

挿絵掲載機能の存在を初めて知ったので、とりあえず試してみました。

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