第14話「暴走する課長砲、秘技・頭蓋骨はがし、そして明かされる衝撃の事実」
「動くな!」
桜井さんを抱え込んで、血走った目で叫ぶ課長。
「う…、うう……」
興奮している課長の腕で首元をぎりぎりと絞められている桜井さんが苦しそうにうめく。
課長の瞳孔は縦に長くなり、口の端からは涎が出ていて、まるで獣だ。
昭和の根性論を振りかざすウザい課長ではあるが、基本的には(特に若い女性社員)部下思いで、普段の課長からは想像もできない姿だ。
(……何が課長をこんな風にしてしまったんだろう?ぎっくり腰は酷いんだろうけど、それだけなんだろうか?)
森田先生は、そんな課長の様子も意に介さず、口元に不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと一歩を踏み出した。
「動くとどうなるの?」
つかつかと、一切の躊躇なく距離を詰めてくる森田先生。
「ヒッ……!? 来るなと言っているだろ!」
課長は、桜井さんを抱えたまま、隠し持っていた硬球を素早く投擲した。
「うわっ!?さっきよりも、さらに速い!!森田先生……!!」
だが、俺の心配をよそに、森田先生は首をわずかに傾けただけで、ひょいと軽やかにかわした。
「!? な、なに……!?」
「それ、さっき何度も見たわ。もう目が慣れちゃった。残念ね……」
冷ややかに言い放ち、歩みを進める森田先生。
「もう観念しなさい、坂口くんの上司のかた……!」
その横で、寿々木先生も阿吽の呼吸で静かに距離を詰めていく。
二人の圧倒的なプレッシャーに気圧され、課長はじりじりと少し後退したが、やがて「ウオオオオ!!!」と雄叫びを上げると、森田先生に向かって突進した!
しかし、森田先生は全く慌てずに筋膜整体の構えを取り、迎え撃つ体制に入った。
「腰椎から頸椎までを一気に整え、胸鎖乳突筋と後頭下筋群の癒着を剝がしてカタをつける……!」
森田先生がその神業を敵(課長)に叩きこめる間合いに入る瞬間のコンマ一秒前――!!
「!?」
課長は右足を大きく外側に蹴り込み、急速に方向転換して、先ほどの硬球の山に向かった。
「うおおおおお!」
なんと課長は、足元に転がる大量の硬球の山から球をとりだして、ノックの乱れ打ちを始めたのだ!
「ひえええっ!? 乱射!?」
思わず頭を抱えて縮こまる俺。
ノックされた硬球はすさまじい速度で、壁に、天井に次々に衝突して轟音を響かせた。
(うわああああ……!!!人間じゃない……!!)
ボゴオオオオォォォォン!!!! ドゴオオオオォォォォン!!!!
硬球がぶつかった衝撃でそこら中にクレーターのような穴が開き始めた。
大砲のような威力の課長砲(?)に、体の中から冷たいものがこみ上げてくる。
(無理無理無理……!!! 寿々木先生にちょっとおだてられて自惚れてた……! こんなのに勝てるわけないよ!課長、今後は上司としてあなたをもっと敬いますから許してください!! 査定もAにしてください!!! ああーーー!! なんでもいいから、もとの課長に戻ってーーーー!!!)
俺が心の中で課長への懺悔をしてる間も、課長のナイスバッティングから繰り出される硬球は、空を飛び続けた。
……だが。
(あれ……? なんか俺のところにボールが来ないような……? 桜井さんのところにも……)
課長の繰り出す打球は、明らかに森田先生と寿々木先生の二人だけを狙っている。
しかも、よく見ればいつの間にか桜井さんから離れている。
(……そういや、なんで人質にとった桜井さんを離して、硬球のところに?)
ふと少し離れた場所に座り込んでいる桜井さんに目をやった。
……なんだか少し顔色が悪い。
(桜井さん、可哀そうに……。無理もないよな、こんな状況じゃ……。って、ん……?)
桜井さんの唇が、かすかに動いていた。
ぶつぶつと、何か不気味な呪文のような言葉を呟いている。
(桜井……さん?)
俺がその状況に混乱しているその時、
「ふふっ」
風が切れる音と共に、森田先生がすっと素早く課長の死角へ滑り込んだ。
あまりのスピードに、課長の動きがピタリと止まる。
そして森田先生は、課長に見せつけるように前かがみになった。
「ッ……!?」
全国の整体ファン(主に男)を虜にしている人気女性整体師の谷間……。
あまりの破壊力に、課長の眼球がフリーズする。
完全に隙だらけになったその背後に、寿々木先生が迫っていた。
「――整えさせていただきます!」
バキィッ! ズドンッ!!
「あがッ……!?」
寿々木先生の正確無比な整体が腰のツボにクリーンヒット。課長の歪みが整えられて、完全に動きが止まる。
「やった!! 寿々木先生! 森田先生!」
俺が歓喜の声を上げた次の瞬間――。
サッ!!
「なっ!?」
目にも留まらぬ速度で森田先生が走り抜け、桜井さんの頭部を両手でがっちりと掴んでいた。
「動かない方がいいわよ」
森田先生の手に握られていたのは、怪しげに光るプレート――「かっさ」だった。
「秘技・頭蓋骨はがし。すっきりすると評判だけど、死ぬほど痛いわよ」
「な、何を言っているんですか……? 放してください……っ」
可憐に怯えてみせる桜井さん。だが、森田先生の眼光は冷ややかだった。
「ふふふ、あくまでもとぼけ続けるつもりなの? 手塩にかけて育てた手駒がやられてショックかしら? 顔色が悪いわよ……――阿月!」
「ええぇぇッ!? 阿月ィ!?」
俺が叫ぶと同時に、桜井さんの目がカッと見開かれ、森田先生へ手を伸ばそうとした。
しかし、それよりも早く、森田先生の「かっさ」が桜井さんの頭皮をガリガリと強烈に削り削ぐ!
ゴリゴリゴリゴリッ!!
「はわああああんッ!? 脳が! 脳のシワが伸びるぅぅううッ!?」
「はい、歪んでる歪んでる! 頭蓋骨の縫合をリセット!!」
「はひいぃぃんっ!!」
バツン! と最後の響きと共に、桜井さんはその場に崩れ落ちた。
どうやら、完全に整えられてしまったようだ。
桜井さんは、整体院に通う患者特有の、痛みの向こう側を知った恍惚の表情を浮かべて倒れていた。
ドサッ……
向こうでは、課長が倒れる音が聞こえた。
課長は白目を剥き、そのまま力尽きてバッティングセンターのマットへ倒れ込んでいた。
それはまるで、糸が切れたマリオネットを思わせた。
わけが分からない。
(森田先生、さっき阿月って言いましたよね!? 俺、阿月は桜井さんから東雲さんに乗り換えて憑依したと思ってたんですけど……違うんですか!? じゃあ、今の東雲さんに憑いているのは阿月じゃないんですか!? 一体、何がどうなっているんですかー!!?)
俺の心の声が夜のバッティングセンターにこだました……ような気がした。




