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第12話「【無双】キョンシー社畜の大群VS日本整体師協会のゴッドハンド(美人)」

「坂口くん、大手町グランドセントラルタワーへ急行するぞ! 阿月が集団憑依を引き起こしているんだ! 援軍にもそちらへ向かうよう連絡を入れる!」


「え……!? あ、はい! 分かりました先生!!」


 先生の愛車である古めかしい国産セダンに乗り込み、俺たちは夜の首都高へと飛び出した。

 しかし、目的地まであと数キロというところで、車列がピタリと動きを止めた。


(くそっ……こんな時に渋滞かよ!?)


 イライラとハンドルを叩く俺の横で、先生が不気味に眉間を寄せた。


「……妙だな。この道でこんな時間帯に渋滞に遭遇したことはほとんどない。見通しが良くて事故も起きにくい区間なのだが……。仕方ない、坂口くん。ここは下道に行こう」


「了解しました!」


 先生の指示に従い、首都高を下りて下道を行くこと数分。


(うわ~……、なんか街がごちゃごちゃしているな~……。放置自転車多すぎだろ)


 とかぼんやりと思っていたその時――


「――はッ! 坂口くん、伏せろ!!」


「えっ!?」


 ガンッッッ!!!!!


 凄まじい金属音が響き、車の右ドアが大きく凹んだ。衝撃でサイドガラスにメキメキとヒビが入る。

 パニックになりながら窓の外を見ると、道路脇のビル前に無断駐車されていた放置自転車が一台、まるで目に見えない巨人に投げつけられたかのようにドアにめり込んでいた。


「う、無断駐車の放置自転車も操れるとは……!整っていないものなら、なんでも操れるのか!くっ、どこから飛んできたんだ!?」


「上だ! まだ来るぞ!!」


 先生の叫びに空を見上げると、道路沿いのビル群から、路駐されていた電動アシスト自転車や幼児用座席付きの重い自転車など、4〜5台の自転車が宙に浮き上がっているのが見えた。


(あんな重いものをまとめて叩きつけられたら、車ごと押し潰される……!!)


「逃げるぞ! 坂口くん、早く降りろ!」


「は、はい!」


 焦ってドアノブを引く。だが――ガチャガチャッ!!


「開かない!? なんで!?」


「先ほどの衝撃で、ドア内部のカギの機構が曲がって、ロックが物理的に噛み込んでいるんだ!」


「ウソだろ!? 閉じ込められた!?」


 上空から迫りくる重金属の塊。死の恐怖に慌てふためく俺の横から――


「ふっ!」


 先生の左手が素早く伸ばされ、壊れたドアパネルの隙間に向かって、目にも留まらぬ速さでアライメントの手拳を打ち込んだ!


 バキッ!!


「よし、直した! 走れ!!」


「うおおおっ!?」


 ロックが解除されたドアを蹴り開け、先生は俺の首根っこを掴んで車外へ飛び出した。

 直後、ドガシャァァァンッ!! と車が押し潰される爆音が背後で響き渡る。


「くっ……この呪力……! まだ目的地のタワービルまでは距離があるというのに、すでに街全体へ侵食が始まっているのか……! ここで止めなければ取り返しのつかないことになるぞ! 坂口くん、走るぞ!」


「は、はい!!」


 車を捨て、俺たちは夜の大通りを走り出した。

 必死に先生の後を追いかけながら、高校時代のサッカー部でのキツい練習を思い出す。


(ずっと補欠だったけど、死ぬほど走らされた記憶だけは体に染み付いてるな……!)


 だが、俺は走覚の中で妙な異変を感じ始めていた。


(……待てよ? なんだ……? さっきからどんどん、俺の『歪みの感覚』が強くなってきてないか……?)


 視界に入る風景。道路脇のガードレール、街頭の看板、ビルの一角……。


(あのガードレールも……あの看板も……微小に曲がってないか……!? まさか、空間ごと歪み始めてる……!?)


 ゾッとするような嫌な予感が背筋を駆け抜けた、その時だった。


「坂口くん! 上だ!!」


「えっ!?」


 先生の叫び声に上を見上げる。

 ビルの3階テラスから、キョンシーポーズをとったドブネズミスーツを着た男が、「シャアァァァァッ!」と奇声を上げながら、俺に向かって一直線に飛び降りてきていた!


「ひぇっ……!?」


 突然の襲撃に体がすくんで固まる俺。


「はッ!」


 即座に割り込んだ先生の左手が、空中で男の背骨を捉え、ゴキッとアライメントを整える。男は毒気が抜けたように「すやぁ……」と意識を失って地面に崩れ落ちた。


「た、助かりました……! ありがとうございます先生!」


「まだだ……! 後ろを見ろ!」


 言われて振り返ると、暗がりから同じ姿勢をしたキョンシー姿の社畜が3体、カチカチと虚空でブラインドタッチをしながら滑るように迫ってきていた!


「ひえええぇぇぇッ!?」


「落ち着け坂口くん! さっきの施術を思い出せ!」


 逃げ出そうとする俺の背中に、先生の喝が飛ぶ。


「相手の異常な動きや恐怖に惑わされるな! ただ、目の前の物体にある、本来の姿とのズレだけに目を凝らすんだ!」


「……! ズレだけを……!」


 先生の言葉に、俺は深く息を吐いた。


(見えた……! 首骨のアライメントのズレ、第三腰椎の右歪み!)


 襲いかかってくるキョンシーの懐に自ら踏み込み、無駄のない最小限の手技を叩き込む。


 トスッ、パキッ!


「あ……」


 術を施されたキョンシー社畜は、一瞬で正気を取り戻し、その場に崩れるように眠りに落ちた。


「よし! その調子だ、坂口くん!」


 横を見ると、先生も既に残りの群れを素早い左手施術で綺麗に沈め終わっていた。


「ふぅ……なんとか突破できましたね……」


 ほっと一息ついた、その瞬間だった。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!


 不気味な地鳴りと共に、大通りの交差点の奥から、無数の「カチカチカチカチッ!」という打鍵音が響き渡った。


「な、なんだ……!?」


 交差点の角を曲がって現れたのは――数百人を超える、キョンシー化した社畜の大群だった。

 全員が猫背とストレートネックで手を固定し、爆速でこちらへとなだれ込んでくる!


「くっ……! この数……さすがにさばききれん……!!」


 先生と俺は背中合わせになり、押し寄せる波を必死に施術で鎮めていく。だが、次から次へと溢れ出す人波に、次第に押されていく。


 右手の使えない先生の左肩に隙が生まれ、キョンシーの一撃がまさに先生と俺を捕らえようとした、その刹那――!


 ふわっ……と、夜風に乗って甘く洗練された香水の香りが漂った。


「ふふ……随分とお困りのようね、寿々木先生」


 シュババババババッッッ!!!!


「ギャアッ!?」「グハッ!?」


 俺たちの前に滑り込むように躍り出たしなやかな影が、まるで舞を踊るかのように、流麗な手技を全方位に繰り出した。

 黒のタイトなパンツスーツに身を包んだその女性は、長い髪をファサ…となびかせ、艶やかな指先でキョンシーたちの頸椎や肩甲骨の筋膜へと吸い付くように滑らせていく。


 指先が魅惑的な軌道を描くたび、前列のキョンシー社畜たち数十人が「はわぁぁ……ん」ととろけたような悦楽の表情を浮かべ、バタバタと崩れ落ちて熟睡していった。


「……ふぅ。間に合ったようね」


 うなじの汗をすっと指先で拭い、彼女が妖艶な笑みを浮かべた。


「強力な援軍が……ようやく来てくれたようだ!」


 息をのむ俺の視線の先。

 街灯の光を背に受け、圧倒的な美しさと後光を放ちながら立っていたのは――


「あ、あなたは……!! YouTubeで大人気の筋膜整体師……森田先生!?(めちゃくちゃ美人だ……!)」


「フッ……ご存知でしたの? 光栄ですわ」


 森田先生は、艶っぽい手つきで白衣の袖をゆっくりと捲り上げた。その指先の一挙手一投足に、怪異で狂暴化していたキョンシー社畜たちすら一瞬見とれて動きを止めるほどだ。


「今日は可愛い患者さんたちがたくさんいらっしゃるみたいね。……ふふ、まあいいでしょう。皆様全員を気持ちよく整えて、スッキリお帰りいただきましょう」


 森田先生は、キョンシーの大群に向かって優雅にウインクしてみせた。


「……それが、プロの整体師の務めですから」


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