大館 政光
自分に対し振るわれた義経の木刀を、政光は義経が握る右手の柄に手を当てて押し込み止めた。その手を振り払おうとする義経の顔面へペットボトルの水を浴びせる。
「うわっ!何するんですか!政光さん!?・・・え?」
「正気に戻ったかい?あの女の目をまともに見ちゃ駄目だ、足元を見るんだ。」
正気に戻った義経と戻させた政光のやり取りに褒姒は感心した様に言う。
「あら、正気に戻す方法を知ってるなんて、貴方何故それを?」
「昔、お前と対峙した時に戦いの最中に偶然発見したんだ。」
「戦いの最中?昔?あら、いつの事かしら?ごめんなさい覚えてないわ?」
褒姒は不思議そうに小首を傾げ、思い出すのを諦めた。その仕草も艶めかしい。
政光はその目を見ぬ様に足元を見つつ言い放った。
「900年前、この地で貴様と戦った時の事だ!我が主は千葉介様だ!」
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約900年前の那須野。その正体を陰陽師安倍泰成に見破られた玉藻前はこの地に逃れ、近辺の婦女子を攫う悪行を繰り返していた事が宮中に知れた為、三浦介義明、千葉介常胤、上総介広常を将軍とした討伐軍を向けられた。
その際に熊猟で活躍していた大館犬を中心とした猟犬も動員され、千葉介常胤が飼っていた犬も同行する事となり、成犬になったばかりにも関わらずその扱いから猟犬たちの筆頭と目される事になる。その猟犬の名は「政光」。
当時の気性の荒い武者達と供に妖狐を追い立てる勇敢な猟犬達だったが、妖狐の妖術の前に一匹また一匹と倒されてゆく。志を同じくする猟犬達は例え自らが倒されても「妖狐を倒す」との思いを残された者に託し、仲間達はその想いを各々繋ぐ。
幾度となく討伐に失敗した将たちは、犬の尾を妖狐に見立てた「犬追い物」で対妖狐の訓練をする事にした。幾度も妖狐と戦い、その動きも見極めてきた政光が可能な限り妖狐の動きを再現する事で、それを追い立てる討伐軍の練度が格段に上がり、妖狐討伐の成功の大きな要因となる。
最終決戦で妖狐を追い詰める事と引き換えに政光を含めた猟犬たちは全て討ち死にし、三浦、千葉、上総の三将が逃げ場を失った妖狐の撃退に成功。絶命した妖狐は那須野の地で大岩に変化して封印される事となった。
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妖狐との戦いで命を落とした政光は、冷たい土の中で息を吹き返した。
『・・・ここは・・・どこだ?』
政光は彼の身体の上に積まれた土の山からどうにか這い出し、冷たい雨が降りしきる中、自分が静寂に包まれた荒れ地に居る事を認識した。周囲には幾つもの盛られた土の山があり自分もその一つの下に居たのだと知った。
『・・・僕は死んだはず・・・どういう事だ?』政光は最期の光景を思い出す。
数多くいた猟犬の最期の一匹となった彼は、傷付き左足を失っても妖狐に喰らい付く事に成功した。左前脚に喰らい付いた猟犬を振り解こうと、妖狐は彼の腹を足の爪で引っかき、その顔面に牙を立てる。しかし多くの仲間の遺志を受け継いだ政光は決してその牙を離さない。
「ようやった!政光!!そのまま放すな!義明殿!今だ!」
「応!くらえ化け狐め!!」
三浦介義明の放った矢が妖狐の脇腹を貫き、妖狐が悲鳴を上げる。明らかに動きの鈍くなった妖狐を見て、政光はやっと一矢報いたのだと安堵した。さらに首筋を射抜かれた妖狐は残った力を振り絞り、喰らい付く猟犬の腹をその爪で引き裂いた。
その瞬間、政光の意識が闇に包まれた。
『・・・僕は生き返ったのか?・・・何故僕だけが?』
彼はその時気付いた、妖狐との戦いで左足を失い、顔面を噛み千切られ、腹を引き裂かれたはずなのに全てが何事も無かったように元の身体に戻っている事に。
「妖狐」を倒す、その執念で戦っていた猟犬の遺志は、生き残った者に受け継がれる事を繰り返す度にその力を徐々に増大させた。一番最後に残った政光が遺志を受け継いだ時には、彼は既に超常のモノへと変化してしまっていたのだった。
『五郎太兄者・・・士郎爺・・・椿丸叔父・・・僕は一人になってしまったのか。』
「妖狐」に近しい存在と成り果てた政光は主の元へ帰れるはずも無く、そのまま一人人里離れた土地を転々とし900年近く彷徨い続けて生きてきたのだった。
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玉藻前との戦いで散って行った九十七頭の仲間の遺志を継ぎ、一人生き延びた政光にとって玉藻前の復活は到底許す事は出来なかった。主が配下を失い自らも傷つきながら退治した妖狐は自分が調伏しなければならない、その使命感に突き動かされる。
「玉藻前を復活させては仲間たちの犠牲が無駄になる!貴様たちは僕が倒す!」
政光は宣言すると同時に褒姒へと飛び掛かる、古強者の猟犬が獲物に飛び掛からんとする様は満月時の五月に匹敵するパワーと速さがあった。一気に距離を詰め。振り抜いた右拳は褒姒の右頬を霞めてその白い肌に赤い筋を走らせた。
政光の攻撃を躱した褒姒は大きく後方に飛び、頬に付いた血を確認し激高した。
「猟犬程度が『九尾』に逆らおうとは!思い上がるな、小僧めが!!」
「『九尾』を騙るな!貴様は『二尾』だ!自惚れるな化け物が!!」
「貴様とて妖の世界へ片足を踏み込んでおろうが!?狂犬の化け物め!」
褒姒は妖艶さを捨て去り、しなやかな身体を反らせ天空に向かって吠えた。
「オォォォォ・・・・・・・・・・ン」
倒れていた死兵の中からその遠吠えに反応する者が現れ、10体程が立ち上がった。
砕けて折れ曲がったその四肢は、見る見るうちに回復し、身体も一回り大きく膨れ上がる。倒れる前と明らかに雰囲気が違う。政光の前に2体、五月の方に8体居る。
『こいつら、手強い!』政光は弥生達と義経に向かって指示を出す。
「義経君!神社への参道の方に弥生君達を連れて下がっててくれ!?」
こいつらに木刀は効かないかもしれん!手加減も出来そうにない!と叫ぶ。
「解りました!弥生さん、彩音君、神社の方へ下がって!」
義経達が下がり、政光が身構えた時、五月が殺生石前広場へ跳躍してきた。
「五月君!大丈夫か!?奴等強化されてる様だぞ!?」
「あー、少し強くなってるかな?ちょっと水貰うよー。」
五月は政光の返事も聞かずにペットボトルを開けて一気に飲み干した。
ついでに腰のポーチからドーナツを取り出し頬張る、一つ食べた後に再び水を飲んだ。さらにもう一つドーナツを食べ始めた五月に、褒姒が問う。
「あなた、何を勝手に摘まみ食いしてるの?余裕見せてるつもり?」
「んー?普通にお腹空いたからだけど?あれ?ここゴミ箱ないの?」
手にした空のペットボトルと包み紙を如何したものかと周囲を見回した五月は、彩音の元へ行き『これ持ってろ。』と手渡した。とてもお地蔵様を砲弾代わりに投げたのと同一人物とは思えない所業に褒姒が呆れた口調で非難する。
「・・・あなた、お地蔵様をゴミ以下扱いするなんて、バチが当たるわよ?」
『・・・?』その非難も五月は本気で意味が解らないらしく、首を傾げている。
政光はそれを見て、気が抜ける様な気がし実際肩の力が抜けた様に感じた。
『・・・僕も、気負い過ぎだったか?まぁいい仕切り直しだな。』
政光は周囲の状況を改めて確認する。強化された「死兵」が10体、「三浦 華陽」は最初に現れた場所から動いていない、よく見るとその周囲に3匹の「管狐」が居る。
何故こちらに攻撃して来ないのか?と疑問に思った時、その答えが解った。
華陽の「管狐」は弥生の周囲の「オサキ」の動きを警戒しているのだった。「オサキ」がこの戦いに介入しない様、牽制しつつ、高い位置から全体を注視している。
「若藻」の姿が見えない、どこかに隠れている?何を企んでいるのだ?
妖艶な女が離れた場所からこちらを見ている。あの視線を見てしまうと義経の様に操られてしまう。『あれは女性にも効くのか?一応五月君にも注意しておくか。』
「五月君、あの女の目を見たら駄目だ、もし奴と戦う時は足元を見るんだ。」
「んー、わかったー。」
「名前で呼ばずに「あの女」だなんて・・・。あぁ自己紹介してなかったわね。」
女は着衣の乱れを直し、居住まいを正し微笑みながら自己紹介をした。
「私は『千葉 褒姒』、よろしくね、猟・犬・さん?」
「・・・・・貴様ぁ!その名を勝手に名乗るなぁぁぁ!!」
主の家名「千葉」を名乗る女に激高した政光は『千葉 褒姒』に向かって跳躍した。
先程より激しくなる事が予想される戦いが再開した。




