『器』
路の終点は整備された踊り場の様になっており、手摺で仕切られた向こう側の山肌が露わになった岩だらけの荒れ地の中に、確かに割れた「殺生石」があった。
・・・何しろすぐ手前に「殺生石」と書かれた柱が建っている、間違い様がない。
指定された時間まであと20分程ある。周囲に怪しい物の姿は見えない。
政光と五月は傍らのベンチの上にミネラルウォーターのケースを置く。すぐに取り出せるよう、箱を開封した。今は喉が渇いていないのでそのまま放置する。
「さて、あちらの『那須温泉神社』様にご挨拶しておきましょうか?」
義経の提案で背後の木々に隠れて本殿が見えないが、「那須温泉神社」にこれからこの辺りを騒がせる事になる事を一言断ると同時に、戦勝祈願をする事となった。
とは言っても、夜に神域に入る事は神様に失礼であろうと言う事で、この殺生石前の広場から手を合わせるだけしか出来ないが。
この那須温泉神社は弓の名手「那須与一」と関わりが深く、与一に依って、鏑矢、蟇目矢、征矢、桧扇が奉納されているとの逸話もある神社であり、境内には「九尾稲荷神社」も存在する。弓を使う義経としても是非とも与一に肖りたい気持ちがあった。
『与一さん、あなたの主と同じ『義経』の名を持つ私にどうかご加護を・・・。』
義経同様に一行は手を合わせて思い思いに祈願する。
弥生は『皆が無事でありますように。』と、
彩音は『皆に神様のご加護を、姉さんを助ける僕にお力添えを。』と、
政光は『過去の仲間たちの雪辱をこの地で晴らします。』と願い、
五月は主上からの期待へ応える働きを誓った。
月のない星明りのみの闇の中、背後から感心したような声がした。
「あらあら、『九尾様』にご挨拶とは感心ね、それとも命乞いしてるのかしら?」
一同が振り向くとそこには、『三浦 華陽』が腕を組んで立っていた。
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「君は『三浦 華陽』だったかな?玉藻前は『九尾』じゃない、『二尾』だろう?」
政光は普通の声音で華陽へそう返した。華陽は天使の微笑みを魅せながら言う。
「御前様は『白面金毛九尾』よ、無知なのはどうにも救いようがないわね。」
「『二尾』だ、だから三浦、千葉、上総の三将に討たれたんだ。『九尾』ではない。」
華陽は一瞬ギリっと歯を噛締める仕草をし政光を睨みつけた。
「まぁいいわ、無知の相手は疲れるし、逃げずに早めに来た事は褒めてあげる。」
華陽はそう言うと後ろを振り返り、優しく声を掛ける。
「そら君、起きなさい。お迎えが来たわよ。」
「・・・・んー、お姉ちゃんが来たのー?」
寝起きの様な空外少年の声がしたかと思うと、闇の中から浮かび上がる様に眠い目をこするような仕草の少年の姿がそこに現れた。華陽が優しくその背を押すようにすると、目の前に弥生が居る事に気付いた少年が弥生目掛けて歩き出す。
「そら君!大丈夫!?ケガはない!?」
弥生の元に歩み寄り、その腕に抱かれた空外少年は未だ眠そうに答えた。
「うん、何ともないよ、ちょっと眠い。」
弥生の金色の「オサキ」が少年の身体を包み込むように飛び回り、その身体の回復に努める、少年の自己申告通り特に何も無かったようですぐにその行動は収まった。
その「オサキ」の行動を見た華陽は、頬に手を当てため息交じりに言う。
「本当に邪魔な『御先』ね、そいつらが居なければもっと早く事は進んだのに。」
華陽の言葉に政光は我が耳を疑い、困惑した義経は華陽に問うた。
「『オサキ』が邪魔?貴女達は『オサキ』を探していたのではないのですか?」
「・・・私たちが『御先』を?そんな訳ないでしょう?私達が求めるのは・・・」
華陽はそう言ってその白魚の様な右手の人差し指を弥生に向けて言う。
「そこの女。『玉藻前』様の『器』となる身体を持つ者よ。」
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「まさか!?弥生君自身が『玉藻前』復活のカギだったのか!?」
政光が驚愕して叫ぶ、彩音は今の今まで弥生に憑いている「オサキ」の所為で弥生が普通の生活を送れないのだと思っていたのが逆だったと知り、困惑する。
「じゃあ、この「オサキ」は殺生石から生じた物では無かったのですか!?」
「殺生石が砕けたのは何百年前だと思ってるの?『九尾』の由来の者でしょう?」
義経の問いに華陽が応える。つまり弥生を彼女らから隠すために『九尾』が自らの体毛から生じさせ弥生を護る為に付けたのがこの「オサキ」だと言う事なのか。
「つまり私達の目的はその女を手に入れる事と、邪魔な貴方達3人を排除する事。」
『そこの男の子二人には用は無いわ』と華陽は言う。
「あなたは「管狐」を使うようね、この3人を始末するまでその女とそら君を護ってて呉れたら見逃してあげるし、そら君を連れて帰って良いわ。」
華陽の物言いに彩音は言い返す。
「ふざけるな!アンタに言われなくても僕がアンタらから守って見せる!」
「そう、どっちにしろその『器』に傷が付かないようにお願いね?」
華陽がそう言い星空を見上げる。
『丁度良い時間だわ、』華陽が言うと離れた場所から大勢の人の気配がして来た。
一行が歩いて来た木道から、後方の神社へ向かう参道から、殺生石の在る後方の丘の上から、大勢の男達が周辺に集結し始めた。その数は100人に近い。
「なんだコイツ等は?暴力団関係者とも雰囲気が違う様だが?」
「政光さん、気を付けて!コイツ等自我がありませんよ!操られています!」
一行から距離を取って周囲を囲んだ『死兵』達は、主の命令を静かに待つ。
「貴方達が指定の時間より早く着くから、コイツ等が来るまで時間を稼がなくちゃならなくて大変だったわ。色々喋っちゃったけど冥途の土産って事にしておくわね?」
いつの間にか華陽の後ろには「若藻」と呼ばれていた少女と、少し年齢が上の妖艶な女が立っており、こちらを向いて微笑んでいた。




