戦支度
某県、南余目総合体育館。貸切られた収容人数5000人のアリーナには、全国から格闘家崩れや喧嘩自慢の若者からゴロツキまで、約300人が集められていた。
裏の世界のコネを使い、「喧嘩最強の称号」や「優勝賞金5000万円」を餌に集められた男達が試合開始を待ちわびていた。アリーナの周囲に配置された大会主催者の関係者と見られるスーツ姿の男達は会場を静かに見守っていた。
「手前!舐めてんじゃねぇぞ!?」
「あぁ!やんのかコラ!」
興奮した一部のゴロツキが足を踏まれただのイチャモンを付けられ激高した怒鳴り声が上がった、周囲の輩も開始までの時間を退屈気味に過ごしていた為、当然止める者など居ない。ヒートアップしたゴロツキが相手の胸倉を掴み、殴り合いが始まると、止める振りをして敢えて振りほどかせ、それを理由に参戦する者まで出た。
一部で始まった小競り合いが徐々に全体に広がっていき、集合早々に誰彼構わずの乱闘が開始される。参加者の半数近くが大なり小なり乱闘に加わった。それを見ていたスーツ姿の男がスマホで何処かへ連絡を取る。
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「よし!始まったか、手筈通りにやれ!」
モニター室でアリーナの様子を見ていたしげぴーは連絡を受け、手筈通りに動くようにGOを出した。その傍らでスマホを弄りながら若藻が問いかける。
「んー?もう始まったの?」
「はい!若藻お嬢!今から煽りに煽って全員で戦わせます!」
「そっかー、ようやくほっしーの出番かぁ、何人『死兵』が出来るかなぁ?」
『死兵』の言葉にしげぴーは背筋が寒くなった。常人よりも強靭な身体能力を手に入れる代償に、自分の意思を持たず言われるままに行動するしかなくなる『死兵』、そんな者たちをこれからこのゴロツキ共達を材料に大量に造ろうと言うのだ。
「せめて30人位は欲しいよねー?あの『狼』相手じゃ肉盾にしかなんないかもだけど、疲労困憊させてくれれば恩の字だよねー。」
「・・・はい、そうですね、」
しげぴーはモニターに映る乱闘する男達を見つめ、『コイツ等はこの場で死んだ方がどれだけマシだろうか。』と口には出せずに心の中で思った。
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半数が乱闘を始め、収拾の付かなくなったアリーナ内に館内放送が響き渡る、この乱闘を収めようとするのではない、それは反対に更に乱闘を煽る内容だった。
「お前らそのまま良く聞け!優勝賞金5000万と言ったが、変更だ!この場で戦って最後まで立ってた奴10人に一人当たり5000万渡す!さっさとケリつけろ!」
優勝者に5000万円ではなく、最後まで残った10人に5000万円とのアナウンスに、会場全体がどよめく。今まで冷めた目で乱闘を見て第三者を気取っていた者達も、このアナウンスの所為で乱闘に加わる事になり、全員が手当たり次第に乱入して行く。
さらに艶めかしい女の声でアナウンスが館内に響いた。
「強い男は大好きよ、最後まで残った強い人は私を自由にしていいわよ。」
甘く囁くような淫らな声が全員の耳朶を舐る様に刺激し、全員が一瞬戦いの手を止めたその直後、館内の照明が落とされ、上段の観覧席にスポットライトが当たる。
そこには艶めかしく身をくねらせる全裸の褒姒の姿があり、褒姒の視線に絡めとられた男達は情欲の炎に煽られて、この女を手に入れる為に目の前のライバルを叩きのめさなくてはならないという衝動に駆られ、全力での乱闘が再会された。
「いいわぁ、私を巡って命懸けで戦う男達・・・全員愛してあげたいわぁ。」
眼下で繰り広げられる本気の戦いに煽られ、褒姒もまた理性を失いつつあった。
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「アマツキツネ」事務所に政光が対「玉藻前」用の武器となるモノを用意した。
刀袋に入った刀3振りと和弓が1具、矢筒には矢が20本用意されていた。政光が自分の持つ人脈を駆使し集めた逸品で各々然るべき祈祷を受けた物だという。
義経は弓を手に持って感触を確かめ、彩音は刀袋を興味深げに触っており、弥生は少し距離を置いた場所から眺めるのみで、五月は不思議そうに刀を見ていた。
「それぞれ無銘の物だが、永く神社などの神域で祀られていた物をお借りして大阪の阿倍王子神社で心願成就の祈祷を受けた物だ。気休めかも知れんが相手が「玉藻前」だ、縁のある方々のお力を借りる。」
「その神社と「玉藻前」って何か関係があるんですか?」
政光の説明に彩音が素朴な質問を投げかけた、わざわざ大阪まで行くほどの縁があるのならその理由を知らないよりは知っておいた方が良いだろうと考えたからだ。
「うん、玉藻前の正体を見破った陰陽師「安倍泰成」は「安倍晴明」の子孫なんだ。阿倍王子神社は晴明を祀る「安倍晴明神社」と、その母とされる「白狐」の「葛の葉」を祀る「葛の葉稲荷神社」も一緒にある。その方々のお力を借りる。」
政光の説明に、彩音の刀の扱いが少し丁寧になった様に見えた。刀を恭しく扱いながらも彩音はもう一つの疑問をぶつけてみた。
「何故、刀と弓なんですか?銃とかじゃダメなんですか?」
「うん、それも願を担ぐというか理由がある。三浦介が放った二つの矢が玉藻前の脇腹と首筋に当たって、上総介が太刀で切りつけた事で退治されたという実績がある。
かつて自分を討った武器と相対すると言うのも嫌だろうからね。」
それに銃が効く保証はないし、と政光が言った。
政光はかつて玉藻前が討たれたという伝承をさも見て来たかのように言う。彩音は少し可笑しく思ったがそれは口に出さずに頷いた。伝承と言うモノは元があって伝わるものだ、事実からはそう遠くかけ離れる物でもないと思ったからだ。
「義経君は弓道と剣道やってるよね?弓道は錬士五段だっけ?刀はともかく弓は素人じゃ使えないから、弓をお願いできるかな?」
「弓道は的当てとは違って、鍛錬を通じて精神を磨き、人間としての成長を目指す道なんですけどね。当たらなくても文句言わないでくださいね?」
義経が呆れたように言う、趣味でやっていた弓を実践する事になろうとは・・・。
「それと五月君は刀使った事ってある?」
五月が相手をぶん殴る場面は良く見るし想像もつく、しかし刀を振る所はどうにも思いつかない政光は念の為に五月に問いかけた。
「使った事はないけど、それと同じようなモノは持ってる。」
「それって、刀の事?」
「中身は見た事ないから、丁度いい。持ってくる。」
そう言って五月は事務所のドアを出てそのまま表に跳び降りた。しばらく待つと五月が刀袋を手に事務所に戻って来た。そして刀袋から中身を取り出し机に置いた。
「少々変わった拵えだね。ちょっと失礼。え?偉く軽いな?」
五月の差し出した刀を手にした政光は其の軽さに驚いた。刀の重さは切れ味にも影響する、軽いと振り易いが弾かれやすくもなるのではないか?
「五月君、この刀どこで手に入れたの?」
「こっちに来る時に、紅月様から預かった。」
「!?主上様から!?」
政光と義経はその送り主の名に驚愕を通り越して度肝を抜かれ、政光の掲げる「刀」を困惑して見つめた。




