上総 若藻(わかも)
夜の〇〇市内、欅の森運動公園に一台の黒塗りの高級車が乗り付けてきた。
以前、彩音が愛琉々を人質に暴力団員に呼び出された運動公園だったが、その時の騒動でここの駐車場は夜間は入り口にチェーンが張られ、進入禁止となっていた。
「若藻お嬢、鎖が張られてます。路肩に寄せますんでここから・・・」
「しげぴー、あたしに向こうまで歩けっての?・・・本気で言ってる?」
「!!?失礼しました!中に入ります!」
しげぴーは青ざめた顔でステアリングを握り、アクセルを踏み込み、鎖の張られた駐車場入り口にレクサスLS500を突っ込ませた。LS500はバンパーに派手な傷を残しつつ鎖を引き千切り、駐車場へその大柄なボディを乗り込ませた。
駐車場から競技場へ続く通路にも新たに金属製のポールが設置されていたが、構わずLS500のフロントでへし折りなぎ倒した後、それなりに広い通路を突っ切り芝生の競技場内へと乗り付けた。LS500から制服姿の少女とワンピース姿の女が降りて来る。
「んー、こんな所で思い切り暴れたら気持ちいいだろうなぁ。」
「若藻、今は目立っちゃ駄目なの知ってるでしょう?もう少し我慢なさい。」
褒姒は若藻に自重を促しつつ、周囲を見渡す。そしてすぐに気付く。
「・・・見つけたわ、ここで目標が威を示してるわね、妖がひれ伏してるわ。」
「てことは、ここに集まった連中に話を聞けば詳細が解るってことね?」
「そうね、なにか手掛かりが解ればいいのだけれども・・・。」
褒姒は過去に此処で起こった騒動を幻視していたが、手掛かりになりそうなものは無いように見えた。「管狐」使いの少年が暴れた後に目標を含む男二人と女二人、金色の「管狐」が赤い自動車に乗って現れ、少年の「管狐」と争う場面を最後まで確認したが、彼らの容姿だけでは何処の誰かなど解ろうはずもない。
「しげぴー、この時代に此処で暴れた者の居場所とか知る方法って無いかしら?」
しげぴーは褒姒に問われ、「この時代」という言葉に引っ掛かる物を覚えたが、そんな些事に構っている暇など無く、周囲を見回し褒姒を満足させる答えを探す。
「ぼ、防犯カメラでも有れば、車のナンバーから所有者の住所は解りますが・・・生憎とカメラはここには設置してないようです。入り口にカメラがあれば・・・。」
「車のナンバー?・・・って何?」
褒姒が首を傾げて問う艶めかしい仕草にしげぴーは股間が充血するのを自覚したが、それと同時に体が本能的な恐怖を感じ取り、背筋が凍った様な錯覚を感じ、褒姒の問いになんとか応えようと頭を働かせる。
「コイツの前後に付いてるプレートの文字と数字の事です、それが解りゃ組の顧問弁護士を通じて陸運局に問い合わせすりゃ一発です。」
しげぴーが指さすLS500の外れかかったバンパーに、辛うじてくっ付いてる白いプレートを褒姒は確認し『そう、これが解ればいいのね。』と頷く。
「□□ 320 の 2003・・・・これで調べて?」
褒姒は連中の赤い自動車のプレートに書かれた文字と数字をしげぴーに伝えた。
「へ?・・・すいません!もう一度お願いできますか!?」
いきなりナンバーを言われたしげぴーは、うっかり聞き逃してしまい恐怖に顔を顰めながらも座して死を待つよりは一か八かで聞き直した。
「しげぴー、あんたほっしーに同じ事言わせる気?」
「いいのよ若藻、もう一度言うわね、□□ 320 の 2003、覚えた?」
「はい!□□ 320の2003ですね!早速明日、陸運局が開き次第調べさせます!」
しげぴーは絶対に忘れない様にスマホの録音アプリを開き、念仏のように車のナンバーを繰り返し録音し、更にはメモ帳アプリに数字を記録した。
「しげぴー、その数字で何処まで解るの?」
「はい!所有者が登録した住所が番地まで解ります、ナビアプリに入力すれば現地まで道案内する事も出来ますです!」
「へぇ、そうなの?便利な時代になったものね。」
褒姒が感心するほど目標の居場所があっさりと判明する事になり、若藻はもうすぐ目的の「狼」に会って拳を交えられるのだと期待を新たにした。
「早ければ明日、『狼』さんに会えるんだよね?楽しみだなぁ。」
「・・・若藻、ここにきてはっきり解ったけれど、あなた一人じゃ勝てないわ。」
その直後、白のレクサスLS500のボンネットが音を立てて盛大に潰れた。
激高した若藻がボンネットに踵を振り下ろした故の惨状だった。
「まだそんな事言うの!?あたしより『狼』の方が強いって!?」
「この狼さん、強いだけじゃないわ、速いし精密に動けるわ。本当に化け物よ?」
再びLS500のルーフとフロントガラスが音をたてて破裂する。若藻が再びLS500のルーフを右拳でぶん殴った為の破砕だった、殴られた方にとっては災難でしかない。
「・・・若藻、考えなしに行動したら向こうの思う壺よ?少しは自重しなさい?」
「あたしが考えなしに動いてるって言うの!?そんな事ない!」
「・・・じゃ、若藻、これ壊しちゃってどうやって帰るって言うの?」
褒姒に言われ我に返った若藻はどう見ても二度と動きそうにない残骸に気付いて呆然とした後、呆然と佇むしげぴーに向かって叫ぶ。
「しげぴー!!」
「はい!!すぐに代わりの車を用意させて頂きますです!」
若藻の叫びにしげぴーは震える指でスマホの画面を必死にタップした。彼女らの機嫌を損ねた場合の未来の彼の姿が、目前に示されたのだ。




