千葉 褒姒(ほし)
「若年女性支援施設 やすらぎ」跡地。夕刻の繁華街の一角にある施設前に、後部座席部分を延長した所謂「リムジン」が、その白いボディを窮屈そうに停めた。
助手席から厳ついスーツ姿の男が慌てた様に降り、後部座席のドアを開けようとするより早くドアが開いた。そのドアから一人の少女が機敏な動作で降りてくる。
「しげぴー!遅いよ!1ペナ決定ね?」
「若藻お嬢!、申し訳ありません!以後気を付けますんでどうか!」
ブレザーの制服を着崩した女子高生にしか見えない少女に、厳ついガラの悪い男が顔面蒼白で頭を下げている光景はなにかの冗談にしか見えない。しかし、「しげぴー」とふざけた呼ばれ方をした男からすれば、渾身の命乞いだった。
「まぁ、わざとやったんだしどうでもいいけど・・・んー?なにこれ?」
若藻と呼ばれた少女が施設を見ると、何故か入り口にはブルーシートが張られ、黄色と黒の虎ロープが侵入者を拒むように幾重にも張り巡らされていた。
「・・・はぁ、あたしを中に入れない様にしてるって事?」
「い、いえ!ちょっとここは補修中でして、少々お待ちを!?」
しげぴーが懐から刃物を取り出し、入り口の障害物を取り除こうとロープを切断していたその時、傍らの大きなガラス窓が音を立てて砕け散った。
「だから遅いって、しげぴー?こっちから入りゃいいじゃん?」
若藻が蹴り破った窓から中を覗く、窓に取りつけられていた防犯センサーが反応して警報音が鳴り響くが若藻は一向に気にした様子はない。『中、何にも無いじゃん』そう言って若藻はリムジンに振り返り、後部ドアから降りてきた人物に声を掛けた。
「ほっしー、ここで何か解る?華陽姉ぇは妖の気があるって言ってたけど?」
リムジンから降りたその女性は、黒のマキシワンピースにその豊満な身体を包まれた気怠げな20代前半に見える美女だった。ほっしーと呼ばれた美女は施設前で立ち止まり、たおやかな動作で辺りを見回し口元に指を当てて何かを探す風だったが
「・・・「管狐」と「犬」に「狐」が居た様ね、・・・それと「狼」?」
妖艶な美女、褒姒は少し離れた場所を見つめ、そこに「狼」の気が僅かに残っているのを感知していた。その場所は以前、政光達が施設に殴り込んだ際にマイクロバスを停めていた場所だった。
「私でなければ見逃していたわね、気配を消してる風だけど手強いわ。」
「『狼』って『犬』よりちょっと強い程度じゃないの?気にし過ぎじゃね?」
若藻の言葉に褒姒は首を振り即座に否定した、
「ただの『狼』じゃないわ、1対1じゃ勝てるかどうか・・・貴女でもね?」
その瞬間、若藻が足元の虫を踏み潰すようにアスファルトへと踵を落とし、地響きを立ててアスファルトが破片を撒き散らして大きく窪みを作った。
「・・・このあたしより強いっての?いくら褒姒でもいい加減な事言うと・・・。」
若藻の豹変に「しげぴー」は顔面蒼白となるも、褒姒は変わらず涼しい顔で頷く。
「もう一度言うわよ?この『狼』には1対1で手を出しちゃ駄目、良いわね?」
無邪気な様に見えたのは演技だったのか、若藻は無表情となり褒姒を睨め付ける。
褒姒はあくまでも冷徹に若藻を見つめると『いいわね?』と念を押した。
「・・・・」
若藻は褒姒から視線を逸らし、自らが大地に穿った大穴を見つめる。
警報音の響く中、一つ向こうの路地からこちらへ駆けてくる1人の若い男が居た。
「これは一体・・・あ、茂樹の兄さん、ご苦労様です!何の騒ぎですか!?」
「ああ、浩二か、気にすんな、ちょっとした事故だ、後始末頼む。」
はい、と浩二が返事をした時、しげぴーの傍らのワンピース姿の美女に気付いて、思わず盛り上がるその胸元に目を奪われ、その場で固まってしまった。しげぴーは思わず『しまった!』と心で叫んだが全ては遅かった。
「あら、元気のいいお兄さんね、私が気になる?」
浩二の視線に気付いた褒姒は抑揚のない声で彼に尋ねる。浩二は胸元から目を離せないまま反射的に頷き、『そう、じゃあいらっしゃい。』と、褒姒に誘われるままリムジンへと誘われた、それを見たしげぴーは一瞬で我に返り褒姒へ懇願する。
「褒姒の姐さん、どうかお手柔らかにお願いします。」
「あら、それはこの子の心がけ次第ね?そこで待ってなさい。」
そして褒姒に手を引かれた浩二が抵抗できぬままリムジンの後部ドアが閉じられた。
若藻はそれを面白そうに見送り、しげぴーはリムジンが僅かに揺れるのを何も出来ずに眺めていた。そして10分程が過ぎた頃、ドアが嫌いて青白い顔の浩二が現れた。
「お!良かったねしげぴー、浩二君、死ななかったじゃん?本人的には死んだ方がマシだったかも知んないけど、そんな事すら考えなくていいから結果オーライ!」
若藻が浩二の成れの果てを揶揄するが、しげぴーは無言で浩二を見つめていた。
後部ドアから褒姒がワンピースの乱れを整えながら現れると、浩二だったモノはその場で片膝を付いて青白い顔のまま無表情に褒姒を仰ぎ見る。
「お前はこの地で待機なさい、私の命あらば地の果てでも駆けつける事、良い?」
「・・・・」
無言で応える浩二だったモノはそのまま自分が元居た方向へふらふらと歩き出した。
浩二だったモノの後姿を見送りながら若藻は言う。
「最近、『死兵』になれる奴って少ないよね?大抵はほっしーの試練に耐えきれず死んじゃう奴ばっかりだし、近頃の人間、昔と比べたら軟弱になったんじゃね?」
「若藻、『狼』にはこういう『死兵』を畳みかけて相手をさせれば良いのよ、私たちが直接手を下す必要はないわ。」
しげぴーは日常会話的に交わされる美女二人の会話を聞こえない風を装いながら、有望株だった男の成れの果ての後姿を何も出来ずに見送るしかなかった。
「私たちの目的は『御前様』の復活、それを忘れては駄目よ」
「んー、解ってるって。やっと手掛かりが見つかったんだもんね。気を引き締めていきましょ?」
そして美女二人はリムジンへと戻り、すっかり陽の落ちた「若年女性支援施設 やすらぎ」跡地を後にした。




