華陽(はるひ)
22:30 某県繁華街 元「公的女性支援団体 やすらぎ」事務所跡地
数か月前まで深夜まで明かりが絶えなかった、「若年女性支援施設」事務所跡は当時の見る影は全く残っていなかった。看板も装飾もない正面のドアに「テナント募集」の張り紙が貼ってある殺風景な外観の建屋前に、場違いな高級車が停まった。
黒いフライングスパーの助手席から厳つい外観のスーツの男が降りてきて、後部ドアを迅速かつ丁寧に開けると首を垂れたまま主の降車を待つ。
後部ドアから降りてきたのはこれまた高級車には不似合いな少女、それも女子高生と思しき制服姿の長い黒髪の少女だった。
一切のメイクは必要ない程の整った顔立ちに、背中までの漆黒のロングヘア-、整い過ぎる程整った容姿は「人間離れした」とさえ形容できる程の美貌だった。
その長いまつ毛が目立つ漆黒の双眸が僅かに顰められ、入り口の扉を見つめる。
「・・・何か、妖の気が残っているようね。」
その紅い唇から言葉が発せられた後、少女は入り口の扉の周囲を目視した。
補修されたと思しき加工の後が見て取れる、そして少女が扉のレバーに手を掛けるも施錠されており、扉を開く事が出来なかった。が、構わずそのまま押した。
『ミシッ!』扉の枠を軋ませて扉が内側へ派手に倒れ込み、哀れ扉枠は数か月前と同様の運命を辿った。その直後、防犯センサーが反応したと見え、壁の隅にある赤いランプが点滅し、警報音が響き渡った。
一切の調度品の無い室内に倒れこんだ扉枠を構わず踏みしめた少女は、鳴り響く警報音を全く気にせずゆっくりと室内を見回し、何かの形跡を探していた。
『・・・これは何かの憑き物?「管狐」・・・かしら?』
一通り観察しこれ以上の発見は無いと判断した少女は、表に待つ車に向かう。
厳つい男が再び後部ドアを開け少女の乗車の間、静かに首を垂れて待つ。男に目を呉れる事もなくリアシートに再びその身を預けた少女はトレーに置いていたスマホを手に取った。
「華陽お嬢、どちらへ向かいますか?」
「那須野へやって。御前様に報告しなくちゃね。」
「はい、那須野へ向かいます。」
鳴り響く警報音を後に黒いフライングスパーは幹線道路へと走る。
その後部座席で華陽と呼ばれた少女はスマホの画面をタップし、ビデオ通話アプリを立ち上げる。待つ間もなく画面に相手が表示された。相手も同年代の少女の様だ。
『若藻だよー、華陽姉ぇ、なにか変わった事あったのー?』
若藻を名乗る少女は大和撫子風の華陽と違った、利発そうな愛らしい少女だった。栗色のショートボブに少し気崩したブレザーの制服が活発さを際立たせている。
「潰れた『やすらぎ』の事務所、妖の気配が残ってたわ、目標のモノかは解らないけど何かの手掛かりになるかもね、これからは此方を捜索しましょう。」
若藻と違って一切加工していないブレザーを着こなす華陽は、その容姿から連想されるように簡潔に無駄なく若藻へ今後の方針と指示を出した。
『うん、わかったー。こっち片付けたらそっちに向かうねー。』
「若藻、今何やってるの?」
『天声組のおっさんに泣きつかれて、対立組織を潰しに来てる所。贄か目標が見つかればいいなーって思ってたけど居ないっぽいね、『ほっしー』も一緒だよー。』
「そう、じゃあ、褒姒にも伝えておいてね。」
『うん、わかったー、』の言葉で通話が終了した。華陽はスマホの画面を眺め思う。
『便利な世の中になったものね、御前様がこれを使えたらもっと楽なんだけど。』
そうは思うが、使えないものは仕方ない。今乗っている『自動車』と整備された舗装道路のお陰で日ノ本の全国どこへでも自在に行ける。これだけでも大したものだ。
リアシートに体を預けた華陽は、先程の事務所跡での妖の痕跡を確認する。
『「犬」と「狐」と「憑き物」か、組み合わせとして目標の可能性があるわね。』
十数年前に目標の存在を知ってから細々と活動してきたが、「御前様」の封印が緩んだ時から本格的に探し続けて早4年、ようやく手掛かりらしきものが見つかった。
早かったのか、遅かったのか、いや確実に早い。これも文明の利器のお陰なのだろう、この自動車やスマホが無ければもっと時間がかかったのは間違いない。
『復活はもう間もなくです、いましばらくお待ち下さい、御前様・・・。』
華陽はそう呟き、目を閉じ、那須野に着くまでの間しばしの休息を取った。




