「アマツキツネ」
弥生と彩音は合流した五月と共に「アマツキツネ」の事務所へと向かっていた。
彩音は両手にフライドチキンが入った大きな袋を両手に抱え『これ五月さんが1人で喰うとかマジか?』とその重さに驚き、五月はドーナツショップの袋を両手にご満悦の様だ。
事務所の有る雑居ビルにたどり着くと、荷物で両手のふさがった五月は流石に2階へ飛び上がる事はせず、大人しく二人と一緒にエレベーターホールへ向かう。
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「うん?弥生君たちが戻って来たようだね。五月君も弥生君の警護で一緒か。」
「弥生さんも五月さんのお守りは大変でしょうが、五月さんももうこちらの生活にはすっかり慣れて大分楽になったようですね。」
政光と義経にとって弥生と五月のコンビは、お互いに足りない部分を補い合う良い関係だ。「アマツキツネ」設立当初は、人の姿を借りた人外の3人、政光、義経、五月が主上様に依って集められ、「管狐」持ちの人間である弥生が自らの意思で職を求めてきたのだと思っていたが、そうでは無かった可能性が出てきた。
「アマツキツネ」自体が、「九尾の狐」由来の「オサキ」を従える弥生の為に設立された物で、彼女の居場所としての役目を持たされた施設なのかもしれない。
主上様がそれだけ手厚く保護する自らの分体たる「オサキ」、この一年でもかなりの成長が見て取れたが、今後はどんな風に成長するのか?義経は思った。
「ただいま戻りました。」
ドアを開けて戻って来た弥生達と共に、フライドチキンの油とスパイスの香りが事務所内に充満し、たちまち部屋はフライドチキンの店と錯覚する程となる。
すでに着衣にまでチキンの匂いが染み着いた彩音の持つ袋、五月はそれを受け取ると
「これ全部、あたしのだから上げないよ?」
五月がテーブルにフライドチキンの袋を置き、中身のボックスを丁寧に並べていく。
匂いプラス大量のチキンが視覚情報として脳内に伝わった政光は
「もちろん取ったりしないよ、と言うか僕も年だな、匂いだけで胸焼けしそうだ。」
「・・・政光さん、年の所為じゃないですよ?私も胸焼けしそうです。」
義経も政光同様に胸焼けを訴える
「せめてサラダでもあればいいのに、全部チキンとクランチポテトですか?」
「あたし、サラダ嫌い。その代わりこれ買ってきた。」
五月はそう言ってさらにドーナツのボックスを取り出した。フライドチキンの油の匂いに加えて、ドーナツの甘ったるい匂いが参戦してきた。この強力無比の援軍に、政光と義経の胸焼けは限界値を超えて無条件降伏へ。
「・・・みんな、僕はこども食堂の様子を見て来るからこれで失礼するよ?」
政光は帰り支度を整えると、胸を押さえて事務所を後にした。
「私も晩御飯にお蕎麦でも食べてきます。皆さんごゆっくり。」
義経もそう言ってそのままドアを開けて出て行き、後には彩音と弥生、五月が残る。
「・・・姉さんは何ともないの?」
流石に彩音もこの光景と匂いに胸焼けがしそうになり、弥生を気遣った。
「うん、私はすっかり慣れちゃったのかな?特に何とも。」
弥生は苦笑いで応え、事務所の隅の冷蔵庫へ行き、中から紙パックの牛乳を出す。
「五月さん、炭酸苦手だし飲み物牛乳でいいよね?」
「んー、牛乳大好き。」
五月は油にまみれた手でパックを受け取り、上部を歯で嚙み千切り牛乳を飲む。
「彩音君、私達もお夕飯食べに行こうか?何食べたい?」
弥生に誘われたのをこれ幸い、匂いから逃れられれば何でもいいやと
「簡単なモノがいいかな。そこの牛丼なんてどう?」
「そうね、すぐ食べられるし牛丼屋さんにしようか。」
「あ、ヤヨイ。」
「え?何?五月さん?」
自分を呼び止めた五月に用件を尋ねる弥生。
「帰りに口直しにメガ牛丼二つ買ってきて?」
「うん、解った、二つだね。」
「!!??」
五月と弥生の会話の内容に我が耳を疑った彩音は、弥生が目の前を通り過ぎても思考停止していた為、『彩音君?』と弥生から声が掛かるまでその場で固まっていた。
「あ!うん、今行くよ。」
慌てて弥生の後に続いてエレベーターホールへ向かう。エレベーターから降りて歩道を歩きながらも、先程の「アマツキツネ」でのやり取りが思い出される。
『五月さんの夕飯の一件でもこんなに驚きの連続なんて・・・。』
明日は明日で「アマツキツネ」でどんな事が起きるのか、想像も出来なかった。
『本当に退屈しないな、この「アマツキツネ」って所は。』
月明かりの下、弥生と歩道を歩く彩音、未だに自分の着衣からフライドチキンの匂いが取れていない事に気付かされた。




