「オサキ」
翌日の朝7時から9時までの間の「こども食堂」の朝の営業が開始された。
朝のメニューはビジネスホテルでよくある様な、簡易的なバイキング形式を取り入れた。ごはん、みそ汁、焼鮭、から揚げ、玉子焼き、ウインナー、サラダ、ロールパン、サンドイッチ等と牛乳、オレンジジュース、コーヒー等が用意された。
これは給食の無い中学生等が、お昼用に弁当に詰めて行けるようにとの考えからこの形式が採用された。この仕組みだと、遠足や運動会と言った学校の行事にも対応できるため、祥子と陽葵が是非にと提案したモノだった。
学校行事で弁当が無い事がどれほど辛い事なのか、彼女らは身をもって経験していたのだ。遠足で周りは楽しそうに友達と弁当を広げている時に、そこから離れて空腹を紛らわす事の辛さ、運動会で家族と一緒に美味しそうな弁当をつついているのを見ない様に、誰も居ない教室で時間を潰す事の悲しさが、身に染み付いていた。
「遠足の時にはおやつ用にお菓子の詰め合わせもあった方がいいね。」
「運動会の時はスポーツドリンクのペットボトルを持たせよう。」
「誕生日にはショートケーキを用意しよう。」
「お正月はお雑煮があるといいね。」
祥子と陽葵は時間があれば様々なアイデアを出し合って、上司である政光に提案をしていた。政光も『うん、それは良い考えだね。』と時にはにこやかに、時には大仰すぎる程にアイデアを褒めたたえる。その度に彼女らは照れて嬉しそうに笑う。
政光が彼女らが出した良いアイデアは無条件に褒めたたえるし、実現が難しそうな場合も『この辺りに問題が有る様だから、そこを踏まえて考えてごらん。』と優しくアドバイスする事で、彼女らのやりがいは大きく膨れ上がる。。
彼女らがこの仕事が天職だと思うのにそう時間は掛からなかった。
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ある日の夕方、子供達で賑わうこども食堂へ弥生と彩音が連れ立ってやって来た。
「陽葵ちゃん、祥子ちゃん、お仕事は順調みたいだね。」
「あ、弥生さん彩音くん、こんにちわ。」
「弥生さんと彩音くんも夕食食べて行かれますか?」
普段は事務所内での仕事が主な弥生だが、何故かこども食堂に来なければいけない気がして彩音と共にやって来たのだった。店内に入ってその理由がすぐに解った。
「あ、あの子・・・。」
弥生の視線はテーブルに着いていた一人の小学校の高学年と思われる少女に注がれた。笑顔で隣の友達と一緒にご飯を頬張る他の子と違って、黙々と食事を摂る彼女は何処か元気がなかった。やがて彼女は食事を終えると食器を片付けて返却口へ戻す。
「ごちそうさまでした。」
スタッフにそう礼を言って外へ出て行こうとする少女へ弥生は声を掛けた。
「美味しかった?何か食べたいものがあったらリクエストしてね?」
「はい、ここのお料理、どれもとても美味しいです。」
彩音は弥生と少女のやり取りから彼女の元気のない理由を探った。彼女の父親が帰宅して晩酌をすると、酒に飲まれて暴言を吐き、時には彼女に暴力まで振るうらしかった。彩音の嫌いなタイプの大人だ、何故罪のない我が子に暴言など・・・。
弥生には自分に憑いている金色の「管狐」を操れないし、その動向も感知できない。しかし、漠然とした情報が伝わって相手の考えている事や状況は理解できる様だ。
彩音程では無いにしても彼女の家庭環境に問題が有る事を理解し、弥生なりに何とかしようとしているのだ。
「あなたのお父さんとお話したいんだけどいいかな?」
そう言われた少女は一瞬困った様な顔をしたが、何故か弥生の笑顔を見ると不安が掻き消えたような気になって、『この人に任せよう。』と自然と思えた。
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少女と弥生が並んで歩く少し後を彩音が付いて歩く。夜の歩道を少女の家に向かって3人で歩くのだが、もう一人後方から付いて歩く者が居た。五月だ。
五月はなにかあれば即対応できる程度の距離、100m程後方を歩いている。彼女の身体能力からしたら数秒と掛からない距離なのだろうな、と彩音は思う。
すれ違おうとするガラの悪い男達が五月に気付くと、慌てて最敬礼して見送るのを彩音は可笑しく見ていた。こんな人がいつも弥生を気にかけてくれているのだと思うと心強かった。
そして少女の家に着いた。見た目はごく普通の小奇麗な一軒家で何の問題もない家族が住んでいるように思える。少女が玄関に立ち扉の取っ手に手を掛け、扉を開けた。
「・・・ただいま。」
少女がそう告げて家の中に入ろうとした時、家の奥から怒鳴り声が聞こえた。
「恵梨香!こんな時間まで何処に行ってたんだ!こっちにこい!!」
父親らしき男のろれつの回らない怒鳴り声だ、恵梨香と呼ばれた少女は怒鳴り声に体をびくっと振るわせた。恵梨香は酒に酔って暴力を振るう父親を避けるために、父親が酔って寝てしまうまで家に帰りたくても帰れなかったのだ。
その瞬間、弥生の周囲から金色の「管狐」が家の中に入って行き、すぐに父親の暴言が途絶えた。彩音は「管狐」が父親を懲らしめたのかと思い、部屋の中を探った。
部屋の中では食卓で酒を飲んでいたと思しき父親が、口に含んだ酒をキッチンで吐き出している姿が「管狐」によって伝えられた。
「・・・なんでこんな不味い物を俺は飲んでいたんだ?」
不思議そうに酒の入っていた湯呑を眺め、そのまま中身を流しに捨てていた。
先程までは完全に悪酔いしていたのに、既に素面となり言動も真面になっている。
身体からアルコールが一切消えてしまったようだった。
「こんばんわー、恵梨香さんのお父様いらっしゃいますか?」
「はい、どちら様ですか?」
部屋の奥から大人しそうな父親が玄関先に現れた。どこにも先程の暴言を吐いた面影はない。その父親を信じられないモノを見た様に恵梨香は凝視する。
「お手伝いして頂いて帰りが遅れたので恵梨香さんをお送りしました。」
「ああ。それは有難うございます。ご迷惑をかけて申し訳ない。」
「いえ、小さな子の面倒見も良い娘さんですよね、こちらも助かりました。」
弥生は父親と当たり障りのない会話を二言三言躱し、そのまま恵梨香に目配せをして扉を閉めて辞去した。あまりにも最初の暴言とは違い過ぎる父親の態度に、彩音は弥生の金の「管狐」が父親のアルコール依存症を治癒したのだと気付いた。
彩音の「管狐」は相手に干渉して異常を来す事は出来るが治癒など出来ない。
それに弥生は「管狐」に指示など全くしていない、勝手に「管狐」が行動したとしか思えないのだ。弥生の「管狐」は自分のモノとは違う。彩音はそう確信した。
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「アマツキツネ」の事務所では政光と義経が弥生の「管狐」について話していた。
以前、競技場の芝生を修復していた際に弥生の「管狐」について義経が思いついた事を言いかけてそのままだった事を、弥生が居ない今改めて話題にしたのだ。
「弥生さんに憑いているモノですが、彩音君の「管狐」とは違います。」
「うん、確かに色々と違っているように思えるよね?」
義経の考えに政光が同意して、その先の義経の見解を言う様に促した。
「弥生さんに憑いているモノ・・・あれはおそらく『オサキ』です。」




