こども食堂、開業
「非営利活動法人」所謂「NPO法人」の職員は法律に依って規定されている、
役員として「幹事」1名、「理事」3名以上、社員は10人以上という規定があり、「NPO法人 天狗」も当然その例に漏れない。
幹事は「大館 政光」、理事に「天城 義経」、「暁 五月」、「信楽 弥生」の3名の名前があり、その他の「社員」として20名程が在籍している。「社員」は兼業可能な為、他に本業を持ち必要に応じて「NPO法人」の職務を手伝う事になっている。
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政光は各「社員」に声を掛け、「こども食堂」設立の為の手続きを依頼した。
不動産会社を経営する「社員」が空き店舗を用意し、「社員」の商工会議所の会長が各商店主に賞味期限の近い食材の無償提供を呼びかけ、程度の良い中古厨房機器も格安で集められ、飲食チェーン店の調理師免許を持つ人員が派遣されて来た。
「こども食堂」設立には通常の飲食店の開業程の煩わしさが無いが、「食品衛生責任者」の資格が必須で、調理師免許を持っていれば問題は無い。派遣された調理師がその責任者になる所だが、あえて政光は祥子と陽葵に一人前の社会人であると自覚と自信を持たせるために、「食品衛生責任者」の資格を取らせる事にした。
資格と言っても特別難しいと言う訳でもなく、「食品衛生責任者養成講習会」を一日受講すれば資格を取得する事が出来る。二人は一緒に講習会に参加し、約6時間程の講義を受けた後に手にした修了証が、一人前の社会人の証の様に思えた。
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16歳で来季から普通科の高校に通う予定の愛琉々は、「NPO法人 天狗」のアルバイトとして朝9時から午後3時までの間に事務所で雑用をし、夕方からは個別指導の学習塾に通い高校受験の準備をする事となった。
中学に入る頃からまともに勉学に励む事も出来なくなった愛琉々は、個別指導の学習塾では復習を兼ねて小学6年生用の内容からやり直し、遅れた分を取り戻そうとしていた。元々自頭の良い愛琉々は少しずつ学力が上がっていくのを実感していた。
一応、彩音も愛琉々と同じような境遇なのだが、勉学には全く身が入らない。
何しろ試験など受けても答えはすぐに解ってしまうし、将来就きたい職業などもない為、大学に入る意味も感じない。高校生活の3年間も長そうだと感じている所なのにさらに4年間も学校に通うなど苦行としか思えなかった。
愛琉々と同じく「天狗」のアルバイトとして同等の時給1800円を貰ってはいる。
愛琉々などは普通の生活が保障されている上に高額のアルバイト料まで貰えるとあって、この幸運を手放すまいと真面目に仕事に、勉学に取り組んでいる。
彩音が世の半グレ等の組織を潰したついでに手に入れた金はまだ一億円近く残っていた。何かが起こってこの所持金が無くなったとしても、また悪人を潰して手数料を稼げば良い程度に考える彩音は仕事にも、勉学にも身が入る訳がない。
そんな彩音は持て余す暇を潰すためにも「管狐」を使って周囲を探るのが常だった。
事務所や学習塾に居ながらにして、周囲の様子を見て回る。
『子ども食堂の開業はあと数日後位なのか、結構早かったな。』
『祥子と陽葵が調理の仕方を習ってるな、かなり真剣だな。』
『・・・路地で中学生が不良に絡まれてるな、ちょっと締めとくか。』
『小学生が公園で寂しそうにしてる、家に帰りたくないのか?』
様々な場所に「管狐」を飛ばして、なにか問題が起こっていれば人知れず介入して問題を解決する。気付けば自然と街の中を巡視するのが「アマツキツネ」の中での彩音の役目の様になっていった。
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そして「こども食堂」が開業した。日々の食事に事欠くような子供達の助けとなり、更には祥子と陽葵たち自身の救済ともなる活動が始まったのだ。
最初は大々的に宣伝するわけでもなく、設立を知った人の口コミだけでその活動が知られるであろう事から、すぐには利用者が現れないだろうと思われていたが、彩音が困っていそうな子供達を誘導する事で、初日から多くの利用者が訪れる事となった。
商店街の中の雑居ビルの一角にあった20坪程の定食屋跡地に「こども食堂」は設置された。通りに面したガラス窓には可愛いイラストを多用し、一目で子供向けの施設であることがで年少者でも解る様に工夫されていた。
こども食堂前に誘導された子供達が訪れて、恐る恐る中の様子を伺うと、それに気づいたスタッフがにこやかに彼らを招き入れ、暖かい食事と居場所を提供する。
こども食堂の記念すべき最初のメニューはカレーライスとサラダを用意した。
基本的に嫌いな人など考えられない料理であるし、祥子と陽葵はどうしてもこのメニューを子供達に食べて欲しいと訴え、自分達で調理したのである。
本当に無料でご飯が食べられるのか半信半疑の子供達の姿に、過去の自分達の姿を重ねた祥子と陽葵は『お金は要らないからお腹いっぱい食べてね。』と彼らに優しく寄り添う。夢中で食事を頬張る子供達の姿に、二人は思わず涙目になった。
食事を終えて嬉しそうにお礼を言って帰る子供達が居る中で、食事を終えても席を立たず、なにか思いつめた様子の小学校低学年の少女の姿があった。
祥子はその姿に敏感に反応した、少女の傍らにしゃがみ込んで微笑んで言う。
「おうちの人の分も持って帰っても良いんだよ?」
その言葉に表情が明るくなった少女は『お母さんとお兄ちゃんの分も貰えますか?』と祥子に尋ねた。『やっぱりそうだったんだ。』そう思った祥子は、にっこり笑って
「ちょっと待っててね、二人分お持ち帰り用意するからね。」
祥子は急いで持ち帰りの発泡容器にカレーとルウ、サラダを二人分詰めて袋に入れようとして、ふと思いつき少女に確認する。
「お兄ちゃん、何年生?」
「えと、中学1年です。」
それなら食べ盛りだ、一人分では足りないかも知れない。祥子は3人分を用意し、更に少女が持ちやすいように特製のキツネのマスコットの絵柄の入ったトートバッグに入れて肩に掛けてあげた。
「バッグはまた今度いつでもいいから持ってきてね。」
「はい、有難うございました。」
少女は嬉しそうに礼をいい、大事そうにバッグを抱えて家路についた。
その姿を見送る祥子に、厨房から出てきた陽葵が声を掛けた。
「家族の分までよく気が付いたね、凄いよ祥子。」
「ふふ、持ち帰り用にトートバッグ作ろうって言いだしたの陽葵じゃん?」
持ち帰り用にビニールの使い捨ての袋を使ったのでは資源の無駄だし、しっかりした布製の肩から下げられるバッグを作れば、小さな子でも持ち帰り易く、返す為に来店し易くなると提案したのは陽葵だった、
二人は過去のお腹を空かせた自分達の経験から、こうしたら利用し易いな、こうだったら来やすいな、というアイデアを幾つも出して開業に備えていたのだ。
『辛い子供時代を過ごした自分達だからこそ出来る事があるんだ。』
二人は自分達が過ごしてきた辛い過去は決して無駄だったんじゃない、まだ小さな子供達を救う為に『必要な試練』だったのではないか、と前向きに考える事が出来た。
そして開店初日は夜20:00頃に客足が途絶えた頃に閉店となった。




