和解のティータイム
数日後。
「NPO法人 アマツキツネ」の事務所の床に正座をして両手を着いた男が二人。
一人は恰幅のいい高級そうなスーツに身を固めた50代位の白髪の男、風香の父で「暴力あるいは暴力的脅迫によって自己の私的な目的を達しようとする反社会的集団」、「金龍組」の組長、「金剛龍治」その人であり、もう一人はヤスだった。
敵対していたにもかかわらず、重傷を負ったヤスと、なにより大切な一人娘を輩達から救出してくれた五月に対し、詫びと御礼を兼ねて出向いて来ていたのである。
テーブルの上に置かれた5000万円もの大金を前に弥生は困惑しつつも応対し、五月はタウン情報誌のスイーツ特集を見ながら、ガラス瓶に入った大量のキャンディーをバリバリと噛み砕いていた。
「今までの非礼の詫びとして五月の姐さんにこの金を受け取って頂くか、こちらのNPO法人に寄付として受け取って頂くまでは此処を動くわけには行きません。」
組長はそう言って五月に対し頭を下げ、ヤスもそれに続いて頭を下げる。
「あの・・・五月さんはお金には興味が無いですし、当NPOも無制限に寄付を受け付けている訳ではありません。」
「やはりヤクザ者の金は受け取って頂けませんか?」
金剛組長は弥生の言葉に肩を落としながら小さく呟いた。
「いえ、そう言う事ではなく当NPOの目的は地域の安全活動をメインにいくつかありますが、それにそぐわない方法で得たお金は受け取れないだけです。真っ当な方法で得たお金なら1円でも有難く受け付けております。」
寄付の贈り手は問わないが、お金の出所の方が問題なのだと言う。
「ですからそちらが胸を張って真っ当なお金だと仰られるのでしたら、寄付は有難く受け付けさせて頂きますが、如何でしょう?」
5000万円もの大金を稼ぐには尋常な手段では難しいだろう。胸を張れるかと問われれば、返す言葉がない。このNPOの「地域の安全活動」という理念に反した行いで稼いだ金など受け取って貰えないのは当たり前なのだ。
水商売の店相手に「みかじめ料」等と称して毎月纏まった額を払わせている。
基本的に金だけ徴収して何もしていない、何かトラブルが有れば言ってこいとは言っているが、ヤクザにトラブルを解決してもらうのも躊躇するのが普通だ。こちらもそれを期待しているからこそ、なかなか止められない。
「でも、警備会社に依頼するより安い価格できめ細かいアフターフォローまでして顧客に感謝されるなら『みかじめ料』と言うのもアリだとは思います。」
「・・・なるほど。」
確かに、何もしないで金だけ受け取ってれば恐喝紛いの犯罪スレスレの行為だ。
「みかじめ料」を負担に思った店側がこのNPOに泣きついたのが組とのトラブルの原因であることは間違いない。実際何もしていなかったから、例の半グレ集団が台頭してきた面もあるだろう。
「今回、例の半グレ共は五月さんが壊滅させてしまいましたが、こういう輩が街に迷惑をかけない様に街を見守るのは組長さん達の役目ではないでしょうか?」
「確かに・・・。」
なるほど、実際に町を見守り何か事が起こりそうなら、未然にその芽を摘む。その治安維持の対価として住民達が納得する金額を受け取る。そうして真っ当に稼いだ金じゃないと寄付としても受け取っては貰えまい。
「いえ、現金の寄付に拘らなくても、私たちの理念である『地域の安全活動』に協力して頂けるのでしたら、それで結構ですよ?」
「そんな事で宜しいんですかい?」
「はい。」
そうだ、このNPOはボランティアで街の安全活動をしているのだ。ならば人手は多い方が良いのだろう、うちの組から何人か雑用にでも使って貰えれば・・・。
「あ、当NPO法人は暴力団員とその構成員は参加できませんので折角のお申し出ですが御断りさせて頂きます。」
「・・・そうでしたか・・・・・!!??」
ここで金剛組長はとんでもない事実に気付いた。
『この目の前の姉さん、俺の心の中を読んでないか!!??』
よくよく考えて見ればこの姉さんと自分とのやり取りは会話になっていない!?
自分は頭の中で考えを巡らせているだけで、相槌程度の受け答えしかしていないのに、この姉さんは言葉に出していない頭の中の考えに応えている。
「いえ、ただ私の勘はよく当たるんです。」
「!!!」
絶対そうだ!完全に考えを読まれている!このNPOで一番ヤバいのは五月の姐さんじゃなくて、こっちの見た目普通の可愛い小動物風な姉さんの方じゃないのか!?
このNPOは絶対敵に回したらいけないお人達の集まりなんだ!!
思わずヤスを振り返る、ヤスはヤスですでに蒼い顔をしていた。
弥生と組長のやり取りは傍から見た方がその異常さが解るので、ヤスは会話が始まってから間もなく、心を読まれている事に気付いていたようだった。
『この人達の前ではどんな些細な悪事も、いや考えるだけでも駄目なんだ!』
組長がそう考えた直後、弥生がふと明後日の方向に目をやり、続いて今まで我関せずの態度を貫いていた五月が立ち上がる。『一体、何が起こった!?』組長とヤスが五月の行方を目で追うと五月は事務所の扉を開けた。
「あ、五月さんこんにちわー。この間のお礼に来ました。」
「こんにちわー、・・・って何でパパがここに居るの?」
開いた扉の向こうには組長の娘の風香と友人の朔夜が連れ立って立っていた。それぞれの両手にはドーナツショップの大きなボックスを計4個下げていた。
「朔夜と一緒にお礼に何が良いか考えてたんだけど、何も思いつかなくて・・・」
「五月さんこのドーナツ大好きでしょ?形に残らないし良いかなって?」
五月はドーナツのボックスを満面の笑みで受け取り、
「お前ら気が利くな、ちょうどおやつが食べたかったんだ、早速頂こう。」
五月は自分の机に戻りボックスを開け、どれから食べようかと中身を確認する。
「あ、五月さん、そう言う頂き物は皆で分けるのが礼儀ですよ。皆さん、お茶を入れますから組長さん達もテーブルに座って皆で頂きましょう。」
「ええー!?分けなきゃ駄目なの!?」
「え?ちょっと五月さんどう見ても60個以上あるのに全部食べるつもりなの?」
「・・・礼儀なら仕方ないか・・・。」
五月が明らかに悲しそうな表情になったのを見たヤスは、組長に目配せし
「姐さん!足りないのでしたら俺がもっと買ってきますです!」
そう言って立ち上がると五月にどれ位必要かを尋ねる。
「これと同じ位食べたい、」
「はいぃぃぃ!?・・・わ、解りました!すぐに買ってきます!」
ヤスは表に出るとエレベーターホールへダッシュで急いだが、エレベーターが戻って来るのももどかしく、あわてて横の非常階段を駆け下りて行った。
組長と二人の少女がテーブルに着き、弥生が人数分のお茶を用意しようと戸棚から湯呑と急須を取りだした時、ふと顔を上げた弥生が言った。
「あ、転んだ。」
その直後、階下から誰かが盛大にゴミ箱に毛躓いたような音が響いた。




