異世界へ
イグニスの街は黒竜、サンダードラゴンの介入で護られた。
世界各国の主要都市に襲来した邪神の軍団も救国の英雄の手で救われ、復活した邪神も打ち倒された。世界各地の被害は相当なものだったが、残った人々の手により復興が進み国家の仕組みが替わり、数年かけてようやく安定した生活が戻ってきた。
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イグニスの街、常に客の途切れない食堂兼酒場となっていた『ヴィルトカッツェ』の一室に人狼の二人、「アキラ」と「メイ」が招集されていた。
救国の英雄と呼ばれるマサキから「重要な話」があるとの事で呼ばれはしたが、具体的な内容までは聞かされていない。ただ、この話と言うのは彼ら眷属の最高神「九尾の狐」の『紅月』様からの直々の依頼であるとだけ聞かされていた。
その為、生真面目なアキラは緊張の面持ちで神妙にソファに座っており、メイは『お腹空いたなー、お昼食べそこなったなー』とぼんやり考えて座っていた。
そして扉が開きマサキを先頭に二人のメイド姿の女給が入ってきた。
「やぁ、二人供急に呼び付けて悪かったな。」
マサキに声を掛けられアキラは立ち上がった後、すぐさま床に片膝を付いて慇懃に最敬礼の姿を取る、メイもそれを見て、見よう見まねで同じ姿勢を取ろうとするがどう見てもぎこちない。マサキは笑って『楽にしてくれ』と、二人をソファに座らせた。
二人の女給はマサキとアキラの前にティーカップを、メイの目の前には山盛りのフライドポテトとリンゴジュースを置いた。それを見たメイの瞳が輝いた。
「昼飯、まだだったんだろう?食べながらでいいから聞いてくれ。」
マサキの言葉が終わる前にポテトを食べだしたメイに対し、アキラは顔を顰めた。
『貴人の前で何という態度だ。』と想いを込めて睨みつけるが、メイは我関せずで食べるのに夢中になっており、それを見たマサキも笑っているので、口にも態度にも出さずにマサキの話を待った。
「実は、紅月様から依頼があってな。今、紅月様がいる異世界に腕の立つ奴を一人送り込んで欲しいと言われているんだ。」
「紅月様」の名にアキラは姿勢を正し、メイすら食べる手を止めた。
マサキが言うには、向こうの世界では魔法が使えず、剣や槍などの武器は振り回すどころか持っているだけで違法になるような世界だと言う事だった。
此方の国にも腕の立つ者は数多くいるが、剣も魔法も使えないとなると肝心の腕が生かせない者が大半を占めてしまう。そんな中でも普段から武器を使わず、己の身体のみで最大限の戦闘力を発揮できる人狼二人のどちらかが良かろうと、二人に白羽の矢が当たったと言う事だった。ただ、一旦異世界に行ってしまえば、いつ帰って来れるのか解らないのが問題なのだと言う。
それを聞いたアキラは悩む、最高神「紅月様」の依頼とあればどんな辺境の地だとしても、地獄の果てであろうと即座に赴いて、任務を全うするのみだ。
しかし、いつこちらへ帰って来れるか解らないとなれば、この世界でマサキの子や孫、その子々孫々を守護する事を心に誓った身としては、その誓いが果たせないのは心残りなどと言う生易しい物では無かったからだ、アキラは葛藤する。
「紅月様は二人の内どちらかと言われたが、向こうでの任務の内容を考えるとここはアキラではなく、メイの方が適任だと俺は考える。」
その言葉に、アキラは安堵すると共に何故自分では駄目なのかと思い、メイはメイで何故私でなければ駄目なのかと困惑する、メイは一瞬、『ヴィルトカッツェ』での攻防戦で大幅に強くなった自分の実力が遂にアキラを抜いたと認められたのか、とも考えた。それに対するマサキの答えは意外な物だった。
「実はその任務と言うのが、『一人の女性の護衛』と言うモノなんでな。護衛の為にはおそらく四六時中一緒に行動する事になるし、同じ部屋で寝起きする事になるだろう。だから、女性のメイの方が適任なんだ。」
その説明に二人は納得する。紅月様自らが護衛を付ける程の貴人となれば、いくら腕が立とうともアキラでは都合が悪い。同性のメイが適任ではあるが、礼儀に無頓着なメイで大丈夫なのだろうかとの心配も湧いてくる。
メイはメイでそう言われてしまえば自分が行くしかないのは理解できた。何より紅月様のご命令だ、何の異論もないし不満もないが、一つだけ心残りがあった。
それは目の前の皿に盛りつけられた『フライドポテト』だった。
数年前にドラゴンの支配する山から降りてきてイグニスの街で暮らす事となった時、初めて調理された料理と言うモノを口にして、その味の虜になってしまっていた。
中でもこの「フライドポテト」という物は、マサキが作ったもので『ヴィルトカッツェ』の看板メニューになってからは従業員一同は勿論、客にも大好評で、今やイグニスの街の名物料理となっていた。
『向こうに行けば、もうこれが食べられない。」
その想いだけがメイの後ろ髪を引っ張っていたのだった。メイは思い切ってマサキに尋ねてみた。
「マサキ様、ポテトを追加しても良いですか?」
「あ、ああ、どうせ足りないだろうからミアに揚げさせてる、すぐ追加が来るぞ。」
マサキが言い終わる前に扉が開き、料理長のミアと女給が二人で追加の大皿を運んできた。
「はい、メイさん、お昼まだだったんでしょ?お代わりも用意してるわよ。」
大皿がメイの前に置かれると、残り僅かとなったポテトの残りを大皿に移し、空になった大皿を女給が下げて行った。
「これで食べ収めになりそうだから、じゃんじゃん持ってきてミア。」
「うん、解った。・・・え?食べ収めって?」
「は?メイ、食べ収めってどういう事だ?」
ミアもマサキもメイの「食べ収め」の言葉にその意味を聞き返す。
「向こうに行ったらこんな美味しい料理もう食べられないんですよね?」
メイが悲しそうにポテトを頬張りながら聞き返すと、マサキは笑いながら
「何言ってんだ?この程度の料理、向こうでも食べられるし、何ならもっと美味い料理やスイーツだって山のようにあるんだぞ?」
「これより美味しい料理!?本当ですか!?」
メイが驚愕してマサキに問い返す、あまりの変わりように笑いながらマサキは異世界のメイが送り込まれる国の実情について説明した。
『向こうの世界には美味い料理が大量にあるが、中でもメイの行く国には世界中から美味い料理が集まるグルメ大国だし、常に料理人が手を加えるから一生かかっても食べきれない種類の料理が生まれてくる。』のだ、と。
「行きます!今すぐでも行かせてください!!」
マサキの喉元に喰らい付かんばかりのメイの勢いに若干引き気味に成りながらも、マサキはメイを異世界に送り込む事を決定した。




