降臨
『ヴィルトカッツェ』は身寄りのない女達が身を寄せ合い互いに助け合う事を目的として造られた組織だ。彼女らは人材派遣の様な仕事や、場末の酒場を切り盛りする事でなんとか生活が成り立っていた。
イグニスの街に邪神の使徒の手により病原菌がばら撒かれ、壊滅の危機に陥った時に一人のビーストテイマーと彼女らが協力して特効薬の入手に成功した。
その功績で街の中での彼女らの立ち位置が大幅に向上し、今や救国の英雄から庇護される者達として決して粗雑な扱いを受ける事は無くなったのだった。
彼女らの生活は多少は楽になったものの生活環境が急激に変化する事は無かった。
この世界の標準的な暮らしとはいえ、未だに狭い部屋の3段ベッドで寝起きする、プライバシーの無い生活を強いられていると知った救国の英雄が、彼女らの為に酒場兼社員寮として3階建ての頑強な建屋を建設した。
兄が妹を心配するように金に糸目を付けずに建設した為、イグニスの街はおろか共和国の中でも最新最強の防御力を誇る建屋となっていたのだ。
この戦況下ではこの防御力が幸いした、この建屋の中に籠っていれば多少の時間は稼げるだろう。しかし、邪神側はそれすら想定内なのか、魔物の中には明らかに対人用の武器には見えない攻城用の破砕槌を持つ者も居る。そんなものを使われては幾ら頑丈とは言えいつまで持つのか?
────────────────────
『ヴィルトカッツェ』の建屋から数件離れた建物の屋上に一人の男が立っていた。
ローブを身に纏い、右手に魔石を装着した杖を持った魔導士風の男だった。
『今頃、王都ではこの状況を知ったあの男が絶望しておるのだろうな。』
ローブの男はその情景を想像してにやりと笑う。あの男に今まで散々煮え湯を飲まされてきたが、ようやくこれで一矢報いる事が出来よう。
「遠く離れた異国の地でこれから起こる惨劇を思って悔やむがいい。」
男はそう言うと手に持った杖を屋根に突き立て、何らかの呪文を口にすると杖の魔石が輝き始め、街中に雪崩れ込む魔物達へ召集の合図の光を放った。
────────────────────
ローブの男が呪文を唱えた直後、街の周辺の魔物達の行動が一斉に変化した。
身軽な魔物は武器を捨てて城壁へと群がり、城壁を登れない者は南門目指して一斉に駆けだした。既に街中にいた者は、彼らを呼ぶ彼らの指導者の今現在の位置を知り、正確に『ヴィルトカッツェ』の方向へと大通りを抜け、路地を通り進んで行く。
しかし北門の魔物達は相変わらず門を突破しようとしていた。ここからが目的地の『ヴィルトカッツェ』への最短距離と言う事だけではなく、一番の障害となっている人狼女をこの場所に釘付けにする為だった。
幾らメイが魔物を倒そうと、倒した分以上に虚空の黒い穴から次々と魔物が降って来るのではキリが無い。メイが城門を護る間にもゴブリンたちは次々に城壁を登っていく。城壁の上では10人程の冒険者達が必死になって魔物を食い止めていた。
だが遂に一匹の魔物が城壁を登り切り、そのまま内部へと降りる事に成功した。その事実に動揺した冒険者達の脇を魔物達は一匹、また一匹と擦り抜ける。
「姐さん!もう駄目だ!奴等、内側から門を開けようとしてやがる!」
「こいつら!止めろ!落ちろ!やめてくれ!」
冒険者の悲痛な叫びにメイは壁面を一気に駆け上がり、城壁の上に立った。
そこでメイが目にしたモノは、大通りを目的地目指して疎らに掛けて行く魔物の群れと、すでに『ヴィルトカッツェ』の建屋に群がる10匹ほどの魔物の姿だった。
『デルマ!ミア!皆!今行く!』
メイは一気に門の裏へ飛び降りると、そこで門をこじ開けようとしていた20匹程の魔物達を一気に殲滅する。そして門の閂部分に落ちていた剣を釘代わりに数本叩き込み、少々の事では門が開かない様にした直後、『ヴィルトカッツェ』の建屋から女の悲鳴が聞こえてきた。メイは正面から突っ込んでくるオークの集団を暴風の勢いで粉砕し、悲鳴の方向へ駆ける。メイの耳に幼い少女の声が聞こえた。
『お父さ─────ん、いっちゃ嫌だ──────!!』
その瞬間イグニスの街の時が止まった。
────────────────────
時の止まった中をメイは進む。粘度の高い空気を掻き分ける様に進むため、思う様に前に進まない、目の前に居た止まって動かない3匹のオークを瞬時に肉塊へ変える。
そこでメイは周囲の異常に気付く。周囲の風景が赤みを帯びて見える?
さらに少し先にオークが居た。よく見ればオークは小刻みに震えている。
時が止まったのではない、魔物達は動けないのだ。息を潜め、気配を消し、己の存在そのものを無かったものとしてまで、この状況から逃避しようとしているのだった。
メイは天空からの異様な威圧を感知し、上空を見上げる、そこには天空に広がる巨大な紅い召喚陣とそこから今まさに降臨したばかりの黒い巨大な竜の姿があった。
「黒竜サマ!?何故このような場所に!?」
黒竜、サンダードラゴンが上空から下界の騒動を睥睨し、暴虐の限りを尽くす魔物達への怒りを露わにしていた。魔物達は黒竜の凄まじい怒りの波動に動けなくなっていたのだった。黒竜がその巨大な翼をはためかせ、その首を擡げ
「クォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ」黒竜、サンダードラゴンが吠える。
黒竜を中心に爆風の様な咆哮が広がり、その指向性のある波動に晒された魔物達は凄まじい恐怖の中で心臓を破壊され瞬時に絶命する。メイや冒険者にとっては風圧に似た威圧は感じるが、黒竜の憎悪の対象では無い為、心身に異常は起きなかった。
黒竜の咆哮によりほぼ全ての魔物達はその場で大地に伏し、一部のなんとか耐える事の出来たオーガの様な大型の魔物も無事ではなく、大地に転がり藻掻いていた。
ローブ姿の男は建屋の屋上でその惨状を見てもなお、これは現実なのか?悪い夢なのではないか?と自問自答していた。千年以上に渡り繰り返されて来た人類と邪神との戦いの歴史の中で、竜族がこの戦いに干渉する事は一度も無かったはずなのだ。
だからこそ、竜族の存在を無いものとしての作戦だったのだが、それがこの様な結果を迎える事になるとは・・・。その瞬間、ローブの男の頭の中に警戒を促すアラームが鳴り響いた。男はその方向を振り向く。
ローブの男を発見したメイが一気に跳躍して男に襲い掛かる所だった。
男は後方に大きく跳びながら魔法を乱射して迎撃を試みる、しかしメイはその魔法を全て躱し、一気に距離を詰め、男が咄嗟に掛けた防御魔法すらその力で破砕してその勢いのまま男の命を刈り取った。




