改名
「ありゃー、芝生、結構抉れちゃったねぇ。」
「政光さんがアスファルトのつもりでブレーキ踏むからでしょ?」
「いやいや、彩音君の一大事だって言うから仕方ないよね?」
政光と義経は乗ってきたクラウンクロスオーバーで抉った芝生の修復をしていた。
5m程の長さで抉れた芝生を手作業で元に戻そうとするが、戻る訳がない。
「これが限界かなぁ?後は市長に連絡して後始末を頼もう。」
「ですね。ここの市長さんには貸しがありましたし、お任せしましょう。」
二人は作業を中止して、しゃがんでいた姿勢から立ち上がり大きく伸びをした。
「それにしても、彩音君と弥生君の「管狐」、結構違いがあるもんだね?」
「うーん、その件なんですが、弥生さんの方は「管狐」じゃないですね。」
「え?と言うと?」
始めて弥生以外の「管狐使い」を知った義経の目から見ると、それぞれが似て異なる物だとはっきりと解ったと言う。
「おそらく、弥生さんのは『飯綱』、もしくは『オサキ』と呼ばれるモノです。」
「えーと、それって「管狐」とどう違うんだい?」
政光の質問に義経が答えようとした時、駐車場の方から弥生達が戻って来る所だった。弥生、五月、彩音と愛琉々がそれぞれ袋を手にしていた。
「所長、義経さん、お弁当買ってきました、バスも着きましたよ。」
「あぁ、有難う弥生君、丁度バスも着いたようだし、行こうか。」
「そうですね、話の続きはまた後で。」
政光と義経は弥生達へ合流する為、駐車場に向けて歩き始めた。
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「若年女性支援団体 やすらぎ」に囚われていた少女達を迎えるべく、「特定非営利活動法人 天狗」の面々は高速道路をマイクロバスで移動していた。
車内では一連の騒動で疲れ切った愛琉々と、メガ盛り牛丼を5杯分食べてようやく落ち着いた五月が後部座席で眠っていた。運転する政光と残る彩音と弥生、義経は前方の席で今後について話し合っていた。
「とりあえず女の子たちはしばらくウチで面倒見て、なんなら転校や就職の斡旋も出来るから、出来るだけ各人の希望に沿う様にするからね?」
「ありがとうございます、所長さん。ご迷惑でしょうがお願いします。」
政光の提案に彩音は礼を言う、こういう大人達もいるんだなと認識も改まる。
「彩音君、これは私達の活動の一環だからそんなに気にしなくて良いんですよ?」
「そうよ、サイ君、こういう事は大人に任せておけばいいのよ?」
義経の言葉に重ねる様に弥生が彩音に言う、『大人に任せろ。』と。彩音はそれを聞き、『姉さんだってまだ19歳だし、僕と変わらないんじゃ・・・。』と思うがそれは口にしない。
「そうだ、サイ君、こっちで住む所を探すなら保証人も必要だよね?」
「そうそう。なんなら僕が保証人になるし、物件も紹介できるよ?」
「ありがとうございます、この件が一段落したらご相談させてください。」
賃貸契約書の保証人はまた偽造するかと考えていたが、偽造しなくて済むならそれに越したことはない。
『何かあれば気軽に相談してね。』と弥生に言われたのでついでに聞いてみた。
「姉さん、名前を『杠』から弥生に変えたのっていつ頃?」
「あぁ、あたしは元から弥生で「杠」は通称だったみたいね。」
「え!?そうなの?」
住民票も戸籍も最初から「弥生」で登録されていたようだと弥生は言う。
「あー、確か『杠」って人名用漢字に無いからそのままじゃ登録できないよ。」
政光が「杠」が使えない理由を説明する。「ゆずりは」を名前にしたい場合は、それこそ「譲葉」とか「弓削葉」等の漢字を当てる事になる。しかし『信楽家』の人々はあくまで「杠」の意味に拘るあまり、家中での通称を「杠」としたのだろう。
4月に生まれたと言う適当な意味で「弥生」の名で出生届を出し、「信楽家」の親類縁者からは「杠」として、その意味と共にそう呼ばれていたのだ。
しかし、『彩音』はそのままの漢字で戸籍に登録されている。「弥生」姉さんと新しい人生を進むのに、この忌まわしい名前は変えておきたい・・・。
そこで彩音は自分の名前の由来と意味を説明し、この名前を変えたい旨を大人達に相談してみた。政光、義経はその名前に込められた意味と想いに言葉を失う。
「そんな意味を込めて付けられた名前なら、変えたいと思うのは当然でしょうね。」
「でも字面は良いよね「彩」に「音」って。それなら読み方を変えたらどうかな?『あやね』とかいいと思うよ?」
彩音は政光の提案に内心『あやね?なんか女の子みたいだなぁ。』と思ったが
「いいね!『あやね』君って呼びやすいし、サイ君にぴったりだと思うよ!?」
弥生の絶賛と笑顔につられて、凄く良い名前の様に思えてきた彼は
「ああ、そうだね姉さんが言うなら、『あやね』に変えようかな。」
『しんぎょう あやね』頭の中で音にしてみる、『サイオン』よりは響きも良い。
「つい最近まで戸籍にはフリガナは登録されてなかったから読みを変えるのは簡単だったけど、読みを変えて悪用できる事から、令和7年から読み方を変えるのには家庭裁判所で手続きしなきゃいけないんだ。」と政光。
読みを変更するにも相応の理由が必要だからすぐには変えられないけど、今から「あやね」で通して実績を造って高校卒業と同時に手続きすると良いよ、と政光が提案する。
「そうですね、じゃあそうします。実は今までも初対面の人は『あやね』って読む人が結構いたんです。普通 『さいおん』って読めませんよね。」
「そうだよね、最近はキラキラネームとか読めない名前多いよね。我が子に唯一無二の名前を付けたいって気持ちは解らないでもないけどね。」
自分の世代では考えられないなぁと政光が言う。
「私たちの仕事柄経験ありますけど、子供がキラキラネームの家庭って問題が多い傾向にありますよね。今まで保護した子供は大半がそうでしたからね。」
義経がそう言った事で、彩音も今から迎えに行く少女たちの名前が大半そんな名前なのを思い出した。今、後部座席で寝ている少女も『愛琉々(あるる)』だ。
多分そう名付けた親は可愛らしい響きの音に後から漢字を当てはめたのだろう。
それに対し「幸多」や「達希」は自分の子供には「幸せになって欲しい」との思いから、親がまず漢字から選んで付けた様に思える。想いのこもった名前だ。
どちらが上とか下とかではないが、親が思いを込めて付けた分「御曹司」「跡継ぎ」や「接ぎ木」の意味の「SCION」から付けられた自分の名前よりは遥かに良い名前だと思う。
そして僕は今日から忌まわしい「さいおん」を捨てて「あやね」として新しい人生を進んで行く事になるんだ。「杠」でなくなった姉さんと一緒に・・・。




