近況
『どちら様?』と言われて数瞬固まってしまった彩音を見て、五月が
「ヤヨイの弟分だよね?」
と助け船を出してくれたおかげで、弥生も彩音の事を思い出した様だ。
「え?まさか、サイ君?」
「!そう、彩音!彩音です!お姉ちゃ・・姉さん!」
思わず「お姉ちゃん」と言いかけたが、呼び方がいかにも子供っぽくて、小さな頃から成長していないと思われるのが恥ずかしく、「姉さん」と言い直した。
「まぁ・・・すっかり大きく成って、身長抜かれちゃったね?」
「僕も17歳だからね、一緒に居た頃は4歳だから当り前だよ。」
会う前は色々と聞きたい事があったはずなのに、いざこうして面と向かうと何を話そうとしたのか思い出せない。とりあえず聞かれた事に答え、一緒に過ごした昔を思い出して貰おうと焦るが頭の中が空回りする。
「ヤヨイ、そこに入ろうか?」
五月が会話に割り込んで、すぐ傍らの喫茶店を顎で指し示す。
『そうだな、立ち話も何だし一旦落ち着こう。』
彩音は五月が気を利かせてくれたのだと思い、会釈して礼を述べた。五月はその会釈を見たのか見てないのかのタイミングで先に喫茶店に入っていく。その後に続いて弥生と彩音は店に入った。
店の中に入ると五月は二人掛けのテーブル席に弥生と彩音を座らせ、自分は隣のテーブルへ着いた。積もる話もあるだろうと気を利かせてくれたのであろう五月に、彩音は頭を下げて感謝の意を示す。
弥生は紅茶を、彩音はコーヒーを注文し、五月はクリームソーダと、カフェラテ、モンブランにアップルパイ、白玉ぜんざいをとりあえず注文した様だ。
五月が席に一人で着いたのは、この注文量がテーブルに置けないからだった。
弥生と彩音はお互いの近況を報告する。ただ弥生はあまり過去の事を話したくないのか、6歳の時に養子として貰われて、12歳で児童養護施設へ追いやられて高校を卒業するまでそこで生活した事だけを答え、その生活の内容は口を濁した。
『こんな時、心が読めないのはもやもやするな。』
彩音は弥生の送ってきた生活がどんなものだったか聞きたかったが、本人が言いたくない事を無理に聞くわけには行かなかった。いつか話してくれる日がくるのかな、と思いつつ、当たり障りの無さそうな現在の生活を尋ねてみた。
今現在は五月と同じ職場で働いていて、待遇も信じられない位良いし、人間関係も全く問題なく、毎日が楽しいのだと、笑顔で答えてくれた。
『過去はどうか解らないけど、今が幸せなら本当に良かった。』
彩音は目の前の弥生の笑顔に一点の曇りも無い事に安堵した。
「サイ君は今どうしてるの?」
弥生が彩音の近況を尋ねると、『弥生を探す為に犯罪者から金を巻き上げて生活していた』等と言う訳にもいかず、彩音は弥生に心配を掛けないよう、『最近家に嫌気が差して家を飛び出してきた。』と言った。これでも問題大有りではあるが。
「家に戻る気はないから、こっちで暮らそうかと思ってるんだ。」
「サイ君、こっちで暮らすってお金とか大丈夫?私、貯金してるからお金に困ってるなら遠慮なく言ってね?」
「問題ないよ、ある程度貯金もあるし何ならアルバイトでも探すから。」
お金なら億単位で持っている、彩音の方から弥生に援助したいくらいだが必要が無いなら内緒にしておいた方が良いだろう。こちらで暮らすにしても高校生として分相応の生活レベルを心がけておこう。
「そうなんだ、私、今ここで働いているからなにかあったら言ってね。」
弥生はそう言って一枚の名刺を取り出し、彩音に手渡した。
『特定非営利法人 天狗 AMATSU KITSUNE 理事 信楽 弥生 』
『特定非営利活動法人』の文字につい先日の『若年女性支援団体 やすらぎ』の一件が頭をよぎった。あの連中は見るからに怪しい奴等だったが、弥生も五月さんもとてもそう言う風には見えない。第一、姉さんが楽しく働いているんだ問題は無い。
「うちの所長は顔が広いから、お部屋とかバイトとか紹介も出来るからね?」
「あ、そうなんだ。何が困ったら姉さんに相談するよ。」
彩音はスマホを取り出し、弥生と連絡先を交換した。これでようやく弥生と確実に繋がったのだと言う事実を実感する事が出来た。あとは此方での生活の拠点を探さなければ。
それと一度、その所長さんにも会った方がいいな。変な人じゃなければ良いし、姉さんがお世話になってるのならお礼も言っておかなければ・・・。
その時、彩音のスマホから着信音が鳴った。画面に通知が表示された内容を見る。
彩音はスマホの画面で時間を確認すると少し考えた後に言った。
「・・・じゃあ、早速こっちに引っ越す準備しなきゃ、今日は一旦戻るよ。」
「何かあったらいつでも連絡頂戴ね、お部屋の保証人とかも要るでしょ?」
「ありがとう、じゃあこれ、僕の分。」
彩音はそう言って、1000円札をテーブルに置いた。
「あら、そんなの良いのに。」
「僕にも少しは格好つけさせてよ。いつまでも子供じゃないんだから。」
彩音は弥生にそう言って席を立つと、隣でスイーツを追加注文する五月に対して、今日は一旦帰る事を告げ『姉をよろしくお願いします。』と言って店を出た。
彩音を見送った弥生は、その背中に胸騒ぎを覚えた。
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駅への通りを歩きながら彩音はスマホの画面を確認した。
メールの相手は『若年女性支援団体 やすらぎ』の被害者の少女の一人だった。
困った事があれば連絡しろ、と連絡先を教えていたのだが早速その連絡が来た様だ。
『困った事があるので相談したい。』との内容に彩音の笑みが零れる。
『奴等、動いたな。』
『若年女性支援団体 やすらぎ』を運営していた組織が、このままで済ますはずがないと考えていた彩音は奴らを完全に潰す為に連絡が取れる手段を残した居たのだ。
『向こうから喧嘩を売ってきたんだ、最後の仕事にさせて貰おうか。』
彩音はメールの発信者の少女へと電話を掛けた。




