再会
彩音は約一年前に降り立ったJRの駅前に降り立った。
当時、保険金詐欺の一団から奪い取った現金を受け取りに来た街だ。
当時は『まぁ間違いなくホテルに荷物が届いてるだろうけど、この目で確認するまでは気を抜いちゃ駄目だ。』と考え、一応追っ手にも気を配って駅前の道を歩いた。
今回は違う。この街に永年探し求めた『お姉ちゃん』が居る。当時の会話からしてもあのマンションの2階に住居がある可能性が高い。『お姉ちゃん』の住居でなくても忍者お姉さんの住居なのは間違いないだろう。必然、心は逸る。
人生の一つの目的地がすぐそこにある。早く到着したいのならタクシーを使えば良いが、不思議とそれはしたくなかった。何故か自分の足で確実に大地を踏みしめて歩かなければならないと感じていた。もしかしたら、これは夢なのではないかと考えている自分が心の中に居て、夢ではないと否定する為に、大地の感触を確かめたかったのかもしれない。
『間違いない、夢じゃない。地面はしっかりと僕の体重を支えて反発してる。』
信号も赤から青に変わり、信号待ちの車も普通に道路を走っていく。道行く人も特に変わった様子は無い。街の風景も一年前とほぼ変わっていない・・・はずだ。
しばらくして記憶の通りに当時二人に出会ったマンションの前に到着した。
逸る心を落ち着けさせて、まずは部屋を確認しよう。マンションはオートロックの為、勝手にエントランスから先へは入れない。「管狐」を使えば勝手に入る事は出来るが、何故かそれはしたくなかった。
「管狐」を二階へ飛ばす。ドアに表記してある部屋の番号と表札を確認して行く。
そして、203号室。表札に「暁 五月」「信楽 弥生」の名前を見つけた。
『あった!ここだ『信楽 弥生』興信所の突き止めた名前!』
遂に見つけた『お姉ちゃん』。彩音は今この瞬間が夢ではないかと改めて確認する。
ついさっきまで、ここに来るまでに何度も何度も確かめた事ではあったが、今までも「お姉ちゃん」にやっと出会えたと思った瞬間に夢から覚めた事が何度あった事か。
『信楽 弥生』・・・『しんぎょう やよい』だ、間違いない・・・よな?
一年前ここで忍者のお姉さんの行動に驚いて足を止めた場所だ。鍵を拾った植栽もそのままそこにある。鍵を探して慌てる『お姉ちゃん』の姿が思い出される。
夢ではない。ここで間違いない。彩音はエントランスに入り、ホール内の操作盤に部屋番号「203」を入力する。しばらく待つが返事は無い。
当たり前か、現在時刻は午後3時だ。仕事をしている、もしくは学校に行っていてもこの時間は留守なのが普通だろう。とりあえず昼夜が逆転した生活は送っていない可能性が高い。夜の店で働いていたり、無職で引きこもっていたりはあるまい。
多分大丈夫だとは思うが、念の為に部屋の中を確認させてもらおう。
「管狐」をやって部屋の中を確認した。中は3LDKのタイプでリビングにソファとリビングボード、其の上に液晶TVが載っていた。家具や装飾は少ない、女性二人の住む部屋だから、もう少し華やかかと思ったがビジネスホテルと大して変わらない。
8畳ほどの洋室に入った。ベッドと小さなテーブルがあるだけで、壁面にウォークインクローゼットがあって扉は開きっぱなしで服が乱雑に吊るされていた。ベッドの上にも服や下着らしきものが無造作に置かれている。
『服のイメージからして忍者お姉さんの部屋かな?』
途端にお姉さんに失礼な気がして、すぐに部屋を出て次の8畳ほどの和室に入る。
部屋の隅に収納棚があって、ノートPCと大小のぬいぐるみが10点程飾られていた。部屋の中央には座卓があり、座布団代わりのクッションが二つ、片方のクッションには大きめのぬいぐるみが座っていた。
『こっちが『お姉ちゃん』の部屋だ、ぬいぐるみが多いな…。』
そう言えば聞いた事がある。不安感を和らげて安心感を得る為にぬいぐるみに依存する人は多いとか言う事を。二度も親から捨てられ、児童養護施設で高校生まで過ごした「お姉ちゃん」だ。今でも心細く感じているのかもしれない。
しかし生活は安定している様だ。忍者お姉さんの部屋はともかく、キッチンも綺麗に片付けられているし、全体的に小奇麗だ。生活には余裕がありそうで彩音はその事に安堵した。ぬいぐるみの数だけは少し気になるが。
ここで待っていれば帰宅する「お姉ちゃん」に確実に会える。だがしかし、日々生活する部屋を見て彩音はやる気持ちが抑えられずに、「管狐」を使ってこの街の中を、探す事にした。
現在すでに50匹まで増えた「管狐」を街に放ち、人の気配のするところ、思念のある所を手当たり次第に捜索させる。彩音はマンション前の手摺に体を預け、下を向いて目を閉じて耳を澄ませ、「管狐」からの反応を待つ。
その際に解った事だが、50匹から居る「管狐」は生まれてからの時間が経っている程、より遠くへ、より正確に情報を集めることが出来、生まれて間もないモノは精々数十m程しか離れられない様だった。
彩音は今まで気にしてもいなかった「管狐」の数と役割を確認していた。
彩音が生まれた時に彼を守るように同時に出現した親玉とも言える「管狐」が一匹居り、間もなくその数が3匹に増え、数日後には10匹となっていた様だ。
事有る毎にその数は増えていき最近では50匹までにその数を増やしていた。
最初期から居る10匹とその後に増えた10匹が主力とも言える者たちで、最近増えた30匹は使い走りの様な事しか出来ない様だ。彩音は主力とも言える「管狐」を出来るだけ遠くへやり、残りを各々の限界の場所まで捜索に向かわせる。
10分ほどして伝わってきた周囲の人々の意思の中にはそれらしき者は居ない様だった。・・・それもそうか、目の前に居る人間なら考えている事は解る。だが、遠距離だと相手が彩音の事を考えでもしない限り、または自分が「信楽 弥生」であると考えていない限りは、こちらから相手が誰なのか判別がつかない。
『やはり、帰って来るのを待つしかないのか。』
彩音が捜索を諦め、夜までここで待とうかと考えた時、すぐ近くから声が掛かった。
「おい、そこの子供。」
『子供?まさか僕の事か?』そう思いながら声の女性を見上げると、そこには忍者お姉さんと、彼女に背中を押された、あの日のままの『ヤヨイ』が立っていた。
「お姉ちゃん!?」
思わず声が出た。ついに巡り合えた、永い間探していた『お姉ちゃん』が、今まさに目の前に立っているのだ、思わず涙が零れそうになったが、堪えた。
目の前の『ヤヨイ』が彩音を見つめて、口を開く。
「あ、あの・・・どちら様?」




