覚醒
彩音の怒りに呼応して凶暴化した「管狐」はヤクザ者10名を瞬時に制圧した。
事務所の入り口で藻掻き苦しむ強面の男達が目障りであるし、他所様への迷惑であると彩音は考えた。その瞬間、ヤクザ者たちは僅かな間我に返り、ふらつく足で何とか事務所内へ雪崩込み、再び身体を押さえて苦しみだした。
「お前ら、此処から出ようとすると同じ苦しみを味わう事になるぞ?」
彩音の言葉に苦悶の表情の男達は更に顔面蒼白となった。彩音の言った事がハッタリではないと理解したのだ。事務所に入った途端に悶絶する苦しみからは解放された、しかしまだ内臓を内から喰われている様な不快な苦痛からは逃れられない。
「で、おばさん?ここの女の子を連れだした顧客に電話してくれるかい?」
事務所入り口で小さく震えていた受付の派手女に彩音は冷たく言い放った。
「で、電話番号は・・・登録してないから・・・解らないの。」
震える声で応える女は本当に知らない様だった、利用登録も匿名で可能ないい加減な支援施設だ、それも無理は無いのかもしれない・・・が。
「ふーん、そこのおじさんが顧客管理してるみたいだね?スマホ出して?」
彩音に言い当てられた男が驚愕しつつ、「何故、解る?」と彩音の顔を見る。
「僕に隠し事は出来ないよ?嘘吐きにかける様な情けも持ち合わせてないよ?」
男は大人しく震える手でスマホを懐から取り出した、彩音は女に顎で合図する。
女は慌てて男に駆け寄りスマホを受け取り、彩音のご機嫌を伺う様に指示を待つ。
「その顧客に順番に電話して、相手が出なくても良いよ?」
女は言われた通りに顧客名簿の最初の顧客に電話をかけ始めた。コール音が10回なったが相手は出なかった。構わず彩音は女に言う。
「はい、次。」
女は指示通りに次の顧客に電話を掛けた、今回は2回のコールで相手が出る。
「山形の兄さん?どうしました?・・・がっ!!!??」
派手女の持つスマホから、相手の悲鳴が聞こえた後に落下音が聞こえ、そのまま無音となった。派手女はスマホを握りしめ、化粧で白かった顔が更に蒼白となる。
「こいつはこれでいいや、はい次。」
突然小さく悲鳴を残して途絶えた相手の消息が気になりつつも、女は言われた通りに次の顧客へと電話を掛け、総勢20人程に駆け終えた頃、ようやく彩音が言った。
「これで今日女の子を連れだした奴は全部だね、おばさんもういいよ。」
彩音はこの近辺の宿泊施設等に滞在していた顧客のスマホを鳴らして、その場所を特定し即座に「管狐」を飛ばして襲わせていたのだった。今頃顧客たちは電話口ですさまじい苦悶に襲われている事だろう。
「ああ、それと女の子たちが帰って来るから、あんたら、奥に引っ込んでろ。」
苦しみながら一部始終を見ていた輩達は、ふらつきながらも彩音の命令通りに部屋の隅へ行き其処で固まった。すると倒れていたパーテーションが勝手に起き上がり、男達を隠すように部屋の隅に仕切りを造った。派手女がそれを見て悲鳴を押し殺す。
「管狐」達はこの短い時間で、対象に物理的干渉すら可能となっていた。相変わらずその姿は不可視だが、今までの様に相手の体の中に入って体調を悪くするだけではなく、外部からの直接攻撃すら難なく行えるようだ。
「ん?そこに金庫があるね、中身は・・・へぇ2000万円位あるのか。」
派手女はカウンターに隠れて見えないはずの金庫の存在、それどころかその中身すら把握する目の前の少年に恐怖を覚えた。更に目の前で金庫のダイヤルが勝手に回った。左に3回、右に2回、左に1回動くと、取っ手が勝手に動いてその中身を晒す。
「おばさん、そのお金、100万円ずつに分けてくれるかな?」
金庫の中身は帯封をしてある札束は一つもなかった、新札ではなく普通に流通している札をある程度まとめて輪ゴムで止めたり封筒に入れたりしている様だ。ここで行われていた行為の代金として稼いだものなのは間違いなかろう。
『2000万円ものお金を集めるのに何人の女の子の涙が流れた事か・・・。』
彩音がそう考えた瞬間、カウンターの天板にヒビが入り、ガラス窓は破裂し、ソファは無残に切り裂かれた。彩音の怒りが無意識に「管狐」に伝わりそのまま彼らによって周囲にぶちまけられた結果だ。
その間も派手女は涙目になりながらも、震える手で必死に札を仕分けていた。
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それから10分も経った頃、施設で虐げられていた少女たちが集まってきた。
皆不安そうな表情だったが、事務所の変わり果てた姿に溜飲を下げる者もいた様だ。事務所では少女たちと同年代の少年がにこやかに出迎えてくれた。
「もう大丈夫だよ?100万円ずつ上げるからそれ持ってお家に帰っていいよ?」
彩音の言葉に目を白黒させる少女達だったが、彼女達の反応は様々だった。
『もうお家に帰れるんだ。』『お母さんに会いたい。』と嬉しがる少女もいれば、反対に100万円を手にしたままこれからどうすれば良いのか途方に暮れる少女もいた。
『家に帰ったらお父さんに殴られる・・・。』『家から追い出されて帰れない。』
行く当てのない少女が半数以上居る事に彩音は衝撃を受けた。このような少女の弱みに付け込んで好き勝手していた汚い大人達へ、改めて怒りが湧いた。
『パン!』
部屋の隅の天井の蛍光灯が激しい音をたてて破裂し、それと同時に男達の悲鳴が上がる。『煩いよ?』彩音の言い放ったセリフに、頭上から降り注ぐガラス片にも構わず、男達が必死に声を押し殺す。少女たちは状況を把握できずに狼狽える。
「そうか、未成年が泊まれる場所って無いんだよね・・・。」
彩音は、以前コウタと今夜の宿を探すも無駄に終わった事を思い出した。
「えーと、そこの山形敏明さん?あんたがそこのカップルズホテルのオーナーみたいだね?この子らが安全に泊まれるように手配してくれるかい?」
彩音はそう言いつつ部屋の隅に固まる男達の中の一人、一番身形の良い強面の男に近づき、しゃがみ込んで男を冷たく見つめた。背後の女の子たちに聞こえぬ様
「あんた、あの子らと同年代の娘さんが2人もいるのか?娘さん達には会社の社長だって言ってるらしいけど、本当はこんなことやってる犯罪者だって知ったらどう思われるだろうね?」そう囁いた。
山形は『娘は関係無いだろう』と。言いかけたところに『大ありだよね?』と彩音に被せられ、押し黙る。男は黙ると同時に胸を掻きむしり苦しみだした。
『このまま死ぬかい?』
彩音の冷たい言葉に山形は苦しみながらも必死に横に首を振る。
『あと、あの子らに何かしたら全員命の保証はしないからね?』
男は声を絞り出すようにして派手女にホテルの手配をするように指示を出す。
派手女は言われた通りにスマホを使い、少女らを宿泊させるための手配をした。
『さて、この子らの身の振り方も考えなきゃいけないのか?』
彩音は小さくため息を吐いた。しかし、言葉とは裏腹にその表情は明るかった。
何と言っても「お姉ちゃん」の手掛かりが掴めたのだ、今までは「お姉ちゃん」の存在を求めて闇の中を闇雲に走り回っていただけだったのが、希望の光が灯ったのだ。
それに向かって進めば良い、なにしろ今夜の出来事で「管狐」が大きく成長した。
捜索範囲も比べ物にならない程広くなったし、邪魔する者も造作もなく排除できる。
自分の行く手を遮るものが全て消失し、手を伸ばせば届く所に永年追い求めた「探し人」が居るのだ。
『今なら世界中を敵に回してもお姉ちゃんを守り切る自信さえある。』
もう捜索の為の費用を稼ぐ事もしなくて済む、お姉ちゃんが卒業したと言う高校も解った。そこから足取りを追うのは簡単だ、何しろ「管狐」が憑いているのだ。
『もうすぐだよ、お姉ちゃん。』
彩音は天井に遮られて見えないはずの月に向かってお姉ちゃんの面影を追った。




