天啓
彩音は自分の偽造免許証でネットカフェの会員証を造り、それをコウタに渡してネットカフェが宿代わりに出来る様にした。これで昼夜逆転の生活はしなくて済む。
そしてコウタから叔母の家の住所と電話番号を聞き出し、叔母の家に行った。
そこで叔母と彼氏の情報を集めて色々と面白い事が判明した為、幾つかの準備をした後に叔母と彼氏が居ると思しき時間に出直し、玄関のインターホンを鳴らした。
「はい?」
インターホンからコウタの叔母と思しき女性の声で返答があった。
「あのー、こちらに田原 庄司さんが御邪魔してませんでしょうか?」
『田原?田原という者はここにはいませんけど?』
あからさまに不審がる声で返答があった。調べる過程で判った事だが、この男、叔母には偽名を名乗りバツイチの独り身だと嘘を吐いていた。彩音は構わず
「あれ?おかしいなぁ、此処に停まってる車、田原さんので間違いないけどなぁ?田原 庄司さん、〇〇市在中で奥さんと5歳になるお子さんのいらっしゃる田原さん。ついでに言うと同僚の片桐 愛さん25歳とお付き合いしてる、田原さんですよ?」
『!?・・・・・!!!??』
其の途端にインターホン越しに怒鳴り声が聞こえ、玄関越しに大騒ぎする声も聞こえた。彩音が調べた結果、叔母の元に通う彼氏は既婚者で。おまけに会社の同僚と不倫している屑だった。おまけに借金が相当あった為、飲み屋で知り合った叔母に独身と偽って近づき、金蔓として叔母を利用していたようだ。
そうこうする内に玄関ドアが開き、叔母がその彼氏を引っ張りながら出てきた。
「ちょっとあなた!今行った事は本当なの!?この人が田原って本名で奥さんと愛人が居るって!?」
「違うって!人違いだって!こんなガキの言う事信じるのかよ!?」
「あんたは黙ってなさい!ねぇ本当なの!?」
叔母と彼氏の必死さとは裏腹に、彩音は涼しい顔で答える。
「ええ、本当ですよ?奥さんの美幸さんを此処にお呼びしています。」
「おい!お前!なんでそれを!?美幸は関係ないだろ!?」
「!?あんた!美幸って!?やっぱり奥さん居るんじゃない!?」
玄関先での騒動に近所の野次馬が集まって何事かと騒いでいる所に、彼方から一台のタクシーが近付き、降りてきた3人の乗客が般若の形相で怒鳴り込んでくる。
「ちょっとあなた!これはどういう事!?」
「おい!庄司!貴様、美幸さんと言う妻が在りながら何をしている!?」
「本当にあんたって子は・・・何やってんの!?」
奥さんの美幸と庄司の両親がここに呼ばれたようで、騒動は一段と激しくなった。
新たに増えた関係者に困惑した叔母は彩音に詰め寄った。
「ちょっと君!詳しく説明して!これは一体どういう事!?」
「まぁまぁ、不倫の件は庄司さんが一番詳しいでしょうから、彼に聞いてください、僕の用件はこっちの方です。」
そう言うや彩音は一枚の名刺を取り出し叔母へと渡した。『藤本法律事務所』と書かれていたその名刺を叔母はまじまじと見つめ更に困惑する。
「・・・弁護士事務所??不倫の件をここに相談しろって事?」
「あ、これは色恋沙汰じゃなくて、『コウタ』の両親の保険金の使い込みの件で選任した弁護士さんなので、そのご挨拶に来ました。詳しい事はまた後日。」
そう言うや彩音は玄関先で騒ぐ田原夫妻とその両親、弁護士事務所の名刺を手に呆然と佇む叔母を尻目に『勝手にやってろ』と思いつつ、野次馬の集団の横を擦り抜け、その場を立ち去った。
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不倫騒動から数日後。
「本当に色々有難うございました。」
法律事務所からの帰りに立ち寄ったファミレスでコウタは彩音に礼を述べた。
親身になってくれる弁護士に巡り合え、今後の生活等の相談も無償、または格安でやってくれると言う事になり、コウタの今後を心配する必要は無くなった。
「あんなに良い弁護士の先生を紹介してもらえて、希望が湧いてきました。」
彩音が探し出した弁護士はコウタの置かれた境遇に親身になってくれて、通常30分当たりの相談料として5500円位が相場だが、『無料で良いから気軽になんでも相談しなさい。』と言ってくれているらしい。
普通は良い弁護士を探すのは相当に骨が折れる作業となろうが、彩音の場合は違う。
適当な弁護士事務所に電話をかけ『お宅の先生より親身になってくれる先生いませんか?』と傍から見ればいたずら電話と取られ兼ねない質問をするだけなのだ。
馬鹿正直に教えてくれる所はまずないが、質問を聞いた瞬間に候補者の名前が電話口の相手の脳裏に浮かび、彩音はそれを記すだけでいい。あとは他の事務所に同じ事を何件か繰り返すと、弁護士仲間からも評価されている弁護士が解る。それだけだ。
「先生が僕の名前の幸多の漢字を見て、『幸せ、と、辛い、の字は線一本で正反対の意味になるんだ。今までは辛い事が多かったろうけど、これからは幸せが多くなる様に自分が力になるよ』、って言ってくれたんです。」
それを聞いた彩音は『幸多』の字には両親からの愛情が込められていると気付いた。それに対し自分の『彩音』は「御曹司」「跡継ぎ」や「接ぎ木」の意味であり、それは決して愛情などではない。「信楽家」内の役割の意味でしかないのだ。
目の前の『幸多』は名前に込められた意味の通りに今後は幸せになっていくだろう。それに対し「彩音」「杠」の名前を付けられた者達は幸せになれるのだろうか?
そんな事を考えていた彩音に対し『幸多』が言った。
「でも僕の名前の一本の線が取れかかった時、助けてくれたのは間違いなく『達希』さんのお陰です、心の底からそう思っています。」
「達希」か、この漢字も「希望に達する」の意味に取れるな。僕も希望はしっかり持とう、彩音は決意を新たにした。自分は困っていた『幸多』の力になれた。「お姉ちゃん」が困っている時、近くの誰かが助けて呉れたら良いなと彩音は思う。
『情けは人の為ならず』の本来の全文はこうだ。
『施せし情は人の為ならず 己が心の慰めと知れ、我れ人にかけし恵は忘れても 人の恩をば長く忘るな』
「掛けた情けは他人の為ではなく自分自身の慰めとなる、自分が与えた恵みの事は忘れても受けた恩は永く忘れるな、」という意味の言葉だ。『幸多』もこれからは他人に情けを掛けてくれれば良い、そしていつか自分にも恵みが与えられるだろう。
「そうだ、僕はこれから叔母さんの苗字『長谷川』じゃなくて本来の『佐久間』に戻る事になります、『長谷川』の時は辛い事が多かったから丁度いいかな、って。」
「へぇ、苗字ってそんな簡単に変えられるんだ?」
「養子縁組を解消したりとかで元の苗字に戻るって割と多いらしいですよ?」
養子縁組を解消と聞いて思わず養子に出された「お姉ちゃん」を思い出した。
養子になった『幸多』は辛い事が多かった事で養子縁組を解消して本来の苗字に戻るのか、・・・そう考えた彩音の脳裏に閃くモノがあった。
「お姉ちゃん」は今、幸せなのか?幸せなら数多い「清水」の苗字で過ごす事でなかなか見つからない事になるがそれならそれで良い。しかし、幸せでないとしたら?『幸多』の様に不幸せな所為で養子縁組を解消し、元の苗字に戻ったとしたら?
今、この時にも「お姉ちゃん」が不幸な目にあっていたとしたら・・・!?
今、探すべきは幸せな生活を送る「清水 杠」ではない!養子縁組を解消していた場合に名乗るであろう「信楽 杠」の方だ!
彩音は「お姉ちゃん」が「信楽」を名乗っていない事を祈りつつ、最悪の可能性を考え早急な対処をすべく立ち上がった。
彩音は契約した全ての興信所に「信楽 杠」の名前を探すよう連絡を取った。




