闇バイト、再び。
深夜、彩音は黒のヴォクシーに揺られ、郊外のとある住宅へと向かっていた。
今回も闇バイトに応募しての行動だった。
彩音は求人情報誌やSNSでの求人の応募であからさまに怪しいモノに片っ端から連絡して、闇バイトを炙り出していた。
「誰でも可能」「簡単なお仕事」「日給10万円可能」などとどう考えてもまともな業種では無い事は明らかなのに、こんな物に応募する情報弱者が大量に居るとは・・・。
彩音は内心溜息を吐きながら連絡先に電話を掛けた。
『はい、お電話ありがとうございます、〇〇興業の片岡です。』
電話口からは穏やかな女性の声で応答があった。彩音には相手の周囲の状況が手に取るように解る、「管狐」の働きのお陰だ。何処にでも居そうな事務員風の口調だったが、その女性はどう見ても事務員に見えない派手な服装をしていた。
おまけに彼女は、雑多に散らかったどこかのマンションの一室の中に居る様だ。
闇バイトのメンバーの一員なのか、彼女も雇われただけの哀れな被害者なのかはっきりしないが、妙に落ち着き慣れた口調はメンバーの一員かと思われた。
『闇バイトだな、間違いない。』
彩音は求人を見た事を告げ、すぐにでも働きたい旨を伝え、言われるままに手続きに入り、免許証のコピーまで送る約束をして正式に採用される運びとなった。
彩音は適当なネットカフェに入り、USBメモリに入れた偽造運転免許証のデータを書き換える。なにも免許証そのものを偽造するのではない、免許証の画像の住所等を書き換えてその画像を相手に送るだけだ、画質も落とすしまずバレない。
向こうは免許証に記載された個人情報が欲しいだけで、免許証が本物かどうかなど調べる事などしない。自分が騙している者から騙されているとは全く思わない、情報をネタに相手を脅して実行役に仕立て上げれれば良いだけなのだから。
今回の住所は『埼玉県春日部市双葉町904』と、某嵐を呼ぶ園児の住所を記入した。
誰かこれに気付くかな?と思いつつ、免許証の画像データをSNS経由で送信した。
それから翌日、彩音は個人情報をネタに脅された他の実行役と共に指定された場所に集められた。そこで脅され軍手やバール、鉄パイプが支給され用意されたワンボックスカーで、目的地まで揺られる羽目になったのだった。
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ヴォクシーに揺られる人間は彩音を含めて5人。一番年上と見える神経質そうな男も20代前半であろう、他は運動の苦手そうな20歳前後が二人、高校生風の少年と彩音を入れて5人となる。
皆。暴力沙汰とは縁が無さそうな風貌をしていた、神経質そうな男が運転をしているが、制限速度をきっちり守った運転を心がけているし、運動の苦手そうな2人は落ち着かずそわそわしていた。高校生風の少年も顔が青ざめており。この求人に応募した事を後悔しているのが見て取れた。
彩音は「管狐」を使い彼らを調べた。前回の闇バイトの実行役には強盗を何度か経験した者が3人程いたので、その罪を償わせる為にも警察にリークして逮捕させたが、今回は全員が初犯だった為、彩音はどうするか考えた。
『こいつらに犯行を行わせないのも有りか?』
彩音としては自分が指示役たちから金を奪えればそれでよい為、彼らが個人情報をネタに脅されて無理やり働かされているのなら、金を奪うついでに個人情報を消去して開放してやっても何も問題は無い。むしろ彼らの救済にもなるのだ、ここは彼らに恩を売って、それぞれの地元で人探しに協力させた方が得策と思えた。
『まぁ期待はしないが、万が一と言う事もあるかもな。』
そう考えた彩音は同乗者たちに声を掛けた。
「ねぇ、君達。本当に強盗する覚悟は出来てるのかい?」
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彩音の質問に同乗者たちは一体何事かと身構えたが、質問の内容が理解できるとそれぞれが、ぽつぽつとこの求人に応募した事を後悔している事を打ち明けた。
「・・・まさかこんな事に巻き込まれるなんて思ってもみなかった。」
神経質そうな運転手はそう答えた。
「僕も、日給10万円であと2名限定って事で焦って応募してしまって・・・。」
20歳頃の小太りの男が後悔しながら言う。
「今月中に返さなきゃいけない借金があって10万円に飛び付いたんだ・・・。」
背の高いひょろっとした男が諦め顔でそう呟いた。
「僕は家を追い出されてお金が無くなったから仕方なく応募したんだ・・・。」
高校生風の少年は脱力したようにそう言った。
彩音は、よくこんな胡散臭いバイトに応募したものだと半分呆れたが、それは顔には出さずに彼らをこの闇バイトから救出してやることに決めた。今後、探し人の情報源になってくれたらそれでいいや、まぁ期待はしていないけどな・・・。
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標的となった一家の平穏は失われず、闇バイトの実行役も犯罪に手を染めずに済む。そして指示役には天罰が下っても命を失わない代わりに、今まで手にした金をすべて失い、彩音はまた軍資金を手に入れることが出来る
これがこの件に関わった者全てが損をしない理想の方法だ。(指示役は除く)
彩音は指示役の潜むマンションにヴォクシーを走らせ、少し離れた場所で4人を待機させた。自分は一人悠々とマンションの目的の部屋へと向かう。オートロックの付いていない古いタイプのマンションだ、何にも邪魔をされずにエレベーターに乗る。
ヴォクシーの中でその後ろ姿を見送っていた4人は、自分達が解放されるのか半信半疑ながらわずかな期待を胸に彩音の帰りを静かに待っていた。
15分程経った頃だろうか、マンションの方から彩音がゆったりとした足取りでこちらへ戻って来るのが見てとれた。彼は行きには持っていなかったボストンバッグを肩から下げ、路上で静かにエンジンのアイドリング音を発するヴォクシーへ戻った。
「終わりましたよ、町まで戻りましょうか。」
彩音にそう言われて、運転手の男はゆっくりと車を発進させた。
深夜のバイパスを走るヴォクシーとすれ違いにサイレンを鳴らしたパトカーが何台もすれ違う。彩音はそれには全く動じず、懐から一万円札の束を取り出した。
2列目シートの左側に座った彩音が取り出した大金に、右隣の男が気づいて小さく悲鳴じみた声を漏らす、彩音は手早く10枚ずつ数えて各々へと差し出した。
「はい、これ今日の日当です。指示役から貰ってきました。」
4人はそれを信じられないと言った表情で受け取ると、真札かどうかと確認する。
『じゃあ皆さん、今後こんな仕事にもう応募しちゃ駄目ですよ?』
彩音の言葉に4人は首を上下に振って了承の意を示した。
5人の乗ったヴォクシーは当初用意されていた駐車場に戻ると、そこへ留め置かれた。4人は彩音から貰った10万円を入れたポケットを抑える様にしてその存在を確かめると彩音に礼を言って、各々が自分の生活に戻って行くのだ。
「えっと、6歳の頃に養子に出された『清水 杠』さんだったね。それらしい人の情報が有ったら絶対連絡するよ。」
彼らは恩人の頼みを快く聞き入れ、『探し人が見つかると良いな。』と言い残し、その場から歩き出した。その内の3人は手に入れた10万円の所為か、その足取りは軽く感じられたが、高校生風の少年のその足取りは決して軽い物では無かった。
『僕は家を追い出されてお金が無くなったから仕方なく応募したんだ・・・。』
彩音は彼の言っていた言葉を思い出した。『家を追い出されたんだ。』の言葉に「お姉ちゃん」に近しい境遇を感じて、気付けば思わず声を掛けてしまっていた。




