闇バイト
深夜の郊外の和風邸宅前の路上にて。
一台の黒色のワンボックスカーがゆっくりと路上を進んできて、止まった。
邸宅は周囲を広い果樹畑と農地に囲まれていた。道路を走る車も既にない程に夜は更けている、現在時刻は夜の25時。人目などあろうはずもない草木も眠る深夜。
ワンボックスカーから物音と息を殺した人物が5人降りてきた。
全員がバラバラの服装をしていたが、共通しているのは各々がその手に鈍器や棒状の物を所持している事だ。どう見ても尋常な集団ではなかった。
良くも悪くも田舎の豪邸故か、防犯意識が希薄で門に鍵も掛かっていない。
集団はその事も事前に調べて知っていたのか、周囲を軽く見渡しただけで広い庭の中へと進入した。頑丈な扉のある玄関ではなく、裏手のサッシ窓が連なる縁側へ進む。
その内の一人が手にしたバールをサッシの合わせ目の隙間に差し込んだ瞬間。
「動くな!警察だ!」
警告の声と共に周囲からの強力なLEDの光に集団は包まれて、身動きすら出来なくなった。庭の物陰に身を潜めていた警官が20人が一斉に銃を構え威嚇する。
「抵抗するな!武器を捨てて大人しくしろ!」
周囲を完全に囲まれてはどうする事も出来ずに侵入者たちは手にしたバールや鉄パイプを地面に放り出し、両手を頭の高さに挙げ大人しく警官の指示に従った。
次々に手錠を掛けられる侵入者たち、それを見て年かさの警官が呟く。
「犯行を未然に防げたか、タレコミ通りだったな。」
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郊外の古びた町工場内に深夜にもかかわらず、明々と明かりの灯る事務所があった。
殺風景な事務所の中では数人の男達が居り、その内一人がパソコンの画面を見ながら携帯電話からの連絡を待っている所だった。やがて男の携帯電話の呼び出し音が鳴り、男が出る。
「こちら『信長』手筈はどうだ?」
『信長さん!ミッチーです!目標の家に警察が張り込んでました!俺以外全員捕まりました!どうしますか!?』
作戦失敗を告げるミッチーを名乗る男が泣きそうな声で指示を仰いでいた。
周囲に他の家もなく、老夫婦しか住んでいない防犯設備も碌にない大地主の家だ。金庫の中には貯め込んだ現金が大量にあると言う噂で、夜中に侵入して金を奪うのは簡単すぎる仕事だと思っていたのだが。
「なんで警察が居るんだよ!?どこからバレた!」
『そんなこと俺には解りませんよ!今、現場近くに隠れてるんです助けて下さい!』
「解った、そのまま見つからない様に隠れてろ!あとで迎えを寄越す、」
『信長』はそう言って、まだ何か叫んでいる相手からの通話を終了した。
『信長』はこんな使い捨てのガキなどを助ける気は毛頭なく、電話の相手は放置してこのアジトを引き払う準備に取り掛かった。どこから情報が漏れたのか解らないのだ、もしかしたらここの場所の情報も漏れているかも知れない。金庫内の現金だけを纏めて他の物は捨てて行った方が良いだろう。
「実行犯のガキなんざ見捨てておけ!さっさとずらかるぞ!」
「はい!」
指示された部下は忙しく動き回り始める。カバンを用意し金庫を開け、中身の現金をカバンに詰め込む作業を手際よく行っていく。彼らにとっては慣れた毎度の事なのだろう。その作業中に事務所の入り口のドアがノックされた。
「!?」
「こんばんわー『信長』さん、ミッチーですよ!見捨てるなんてひどいじゃないですか!?分け前頂きに来ました!開けて下さいよ!」
扉の向こうでは「ミッチー」を名乗る男がここを開けてくれと呼びかけていた。
「お前!?ミッチーだと!?現場に居るんじゃないのか!?いや、なんでここが解った!?お前らにはこの場所教えていないハズだぞ!?」
「嫌だなぁ、昨日『信長』さんは何処にいるんですかって電話で聞いたじゃないですか?覚えてないんですか?」
「答えてねえだろうが!?使い捨てのお前らに教える訳ねえだろう!?」
『酷いなぁ、使い捨てだなんて』と慌てる様子も悲壮感も感じられないごく平坦な声でミッチーが非難してきた。コイツはなにかおかしい、『信長』はそう考えて引き出しの中に仕舞っていた拳銃を取り出す。他の部下たちは各々手に刃物を持ち、警戒してミッチーの出方を伺う。
「開けてくれないと大声で騒ぎますよ?『信長』さん?」
ミッチーの宣言に『信長』は部下の一人に目配せして、ドアを開ける様に促す。
部下は刃物を手にしたままドアに近づき、ロックを外して相手の出方を待った。
すぐにドアノブが回り、若い男が入ってきた。
「こんばんわ『信長』さん、ミッチーこと『明智光秀』です。今から此処が本能寺になる場所ですね?『敦盛』でも唄いますか?」
若い男がそう自己紹介し、本能寺の内部を見回し視線の先に金庫を発見した。
未だ若い男はどう見ても高校生位にしか見えない、それなのに武器を持った数人の男達を前にして平静そのものの態度を崩す事は無かった。刃物を持った部下の横を擦り抜け、金庫へと向かう。そのあまりにも自然な行動に『信長』がやっと我に返る。
「動くんじゃねえ!おい、お前らコイツを押さえろ!」
叫ぶ『信長』に部下の反応は無かった、それどころか『信長』が気付いた時には4人の部下全員が床に崩れ落ちていた。『コイツはヤバイ?』そう思った『信長』が引こうとした引き金は全く動かず、全身の力が抜けて彼も床へと崩れ落ちていた。
「最初の約束通りにバイト代1000万円貰って行きますね?あとそれと残りのお金は貴方達の命の代金って事で回収していきますので悪く思わないでくださいね?」
部下達が現金を詰め込んだカバンを手に取り「光秀」がそう言った。
「こんな事してタダで済むと思ってんのか?手前ぇの個人情報はもう上にまでバレてんだからな?一生俺達の組織に追われる事になるんだぞ?」
床に伏せながら『信長』はそう言った。求人を募集した時に各々免許証を出させていたのだ、それをネタに脅してこいつらに実行役をさせているんだ、逆らえば親の命も危ないぞ、と。「光秀」はにこやかに笑いながら応える。
「いやだなぁ、あんなの偽造に決まってるじゃないですか?ちなみに本籍地はあなたのご実家の近所で、番地はご実家の電話番号下4桁になってたんですけど、気付きませんでした?」
「なんだと!?」
『光秀』の説明に『信長』は驚愕した。なんで俺の実家がバレたんだ!?
「『信長』さん、あなたお母様には外資系に努めてて普段から海外を飛び回ってるって言ってるんですね。お母様は自慢げにそう仰っていましたよ?」
「お前、なんでそんなことまで・・・・」
「相手を脅すのならこれ位調べるのが普通ですよ?お母様には海外で大きな仕事を任されて当分帰国できないって言っときますから、安心してお勤めして来て下さい。」
「光秀」はそう言うや、『信長』が使っていた携帯電話を拾い、『信長』に告げた。
「ああ、そうだ、『上』から追われる事になるって言ってましたけど、僕の方からその『上』とやらの所へ『残業代』を回収に行きますからお構いなく。」
そして遠くから幾つものサイレンがこの町工場へと近づいてくるのが聞こえてきた。
それを確認した「光秀」は、『信長』を見下ろして
「思いの外早かったですね、『敦盛』を唄う時間は無かったみたいですが、刑務所の中で残りの人生、夢幻のごとくお過ごしください。」
そう言い残すと「明智光秀」こと「信楽 彩音」はカバンを肩から下げて、悠々とその場を後にした。




