彩音(さいおん)と杠(ゆずりは)
『本名とは言え、「サイオン」にはやっぱり少し抵抗があるな・・・。』
彩音は苦笑しながら名前に続いて住所と連絡先を記入する。フロントの女性が宿泊カードのに記入された名前を確認して、彩音に告げる。
「信楽様、届いたお荷物はお部屋の方に運んでおります。」
「ああ、ありがとうございます。住む予定だったアパートが大家さんの都合で住めなくなったので、3日ほどお世話になります。」
彩音はカードキーを受け取るとこれから3日の間過ごす部屋へと向かう。
彩音は自分の名前に抵抗があった。所謂キラキラネームという物に分類されるような名前だからなのもその理由の一つだが、名前の由来が英語の「SCION」から来ており、その意味に呪われているように感じるからだ。
「SCION」には「御曹司」「跡継ぎ」や「接ぎ木」の意味があり、「信楽 彩音」には「信楽家の跡継ぎ、次期当主」の意味が込められているのだ。
「信楽家」は古くからの「管狐使い」の家系であり、「管狐」を使う事で代々繁栄してきた家だ。その一族に生まれた彼は幼少の頃から「管狐使い」としての類い稀な才能を発揮し次期当主として育てられてきたのだった。
「管狐」は他人の心を読み、その過去や未来を当てる事も出来、主の意のままに他家から財物を調達する為、「管狐使い」の家は裕福になるとされている。
「管狐使い」が使役する「管狐」の数は数匹が普通だが、彩音は生まれながらにして10匹の「管狐」を使役する事が出来た。そして本家の跡継ぎが「管狐使い」の才に乏しかった為、分家の出ながら本家の跡継ぎに成り代わり「次期当主」となり名前も「彩音」と改められたのだった。
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部屋についてカードキーを使いドアを開けて、部屋に入る。
大して広くない部屋にシングルサイズのベッドと小型の冷蔵庫、備え付けのデスクの上にTVが載っている。デスクの横に目的の段ボール箱が積み重ねられていた。
「書籍」の箱が3個、「古着」「雑品」で3個、合計6個の段ボールが届いていた。
「書籍」の中身は現金で他は犯行に使った小道具の類いだ。小道具類や不要の段ボールは近くの資源回収ボックスに放り込み処分する。現金はスーツケースを用意してある程度は持ち運び、すぐに必要ない物は再度書籍として次の目的地へ輸送する。
「・・・現金は4億円あるのか、当分お仕事はしなくても良いな。依頼する興信所を増やして捜索範囲を広げてみるかな。」
彩音が探す人物は二つ年上の、本家の跡継ぎとなるはずだった女性。
「信楽 杠」。
彼女は「管狐」を持って生まれながらも自らの管狐を知覚できず、意思の疎通も出来なかった為、本家を継ぐ事は出来まいと判断された事から、名前も「杠」と命名されたのだった。
ユズリハ・・・春に若葉が出た直後に、古い葉が後進にその座を譲るように落葉する為、「譲り葉」と名付けられた植物。新しい才能が見出されるまでの間だけ持て囃されるだけのお飾りの存在としてそのような名前を付けられたのだ。
『後進に道を譲るという意味の名前に、本来違う枝を移植する「接ぎ木」の意味を持つ名前。そんなモノを人の名前にするなんて人間を馬鹿にしている!』
その名の通りに「杠」は「彩音」に当主の座を明け渡させられ、極秘裏に放逐されたのだと後になって彩音は知る事になる。一人っ子だった彩音が物心ついた頃に、遊んでくれた優しいお姉ちゃんの記憶は未だに心の中に残っていた。
その「お姉ちゃん」が自分を跡継ぎとする為に追い出されたと聞いたのは、つい2年前だった。その当時から10年も前にまだ6歳だった「お姉ちゃん」は他所の家に養子として貰われていったのだ、と聞き彩音は雷に打たれたような衝撃を受けた。
彩音が次期当主として育てられていると言っても、何不自由なく贅沢な暮らしを送っている訳でもなく、ただ「次期当主」として一族に繁栄をもたらす為に都合の良いように扱われているだけだとしか思えなかったからだ。
強大な力を持つ物が一族の当主として一族の為に働け、と大した力のない物達が自分達の生活を守るために結託して「当主」にぶら下がっているのが現状だった。
『こんな奴等の為に、お姉ちゃんは追い出されたのか!?』
15歳になるまで大した思い出も無かったこの生活と決別するのに何の躊躇いも感じる事は無かった。『こんな何の力も持たない者達の面倒を見る義理は無い。』、家を飛び出した彩音は『お姉ちゃん』を探す為に自分の力を有効利用する事にした。
金を手に入れるのは実に簡単だった。「管狐」を使って周囲の情報を集め、あくどい事をして金儲けをしている小悪党を懲らしめて、被害者を救済しつつ貯め込んだ金品を手に入れる、それで不自由なく生活が出来たし興信所を使う資金も稼げた。
興信所に依頼してもすぐには結果は出なかった、何しろ「お姉ちゃん」の存在は無かったことのようにされていた為、家には写真の一枚も存在しなかったからだ。解っているのは自分より2歳上と言う事と「信楽 杠」と言う名前だけ。
最初は興信所もあまりの手掛かりの無さに依頼を引き受ける所は無かった。
しかし、他の探し人や浮気調査などを調査する段階でそれらしい情報がないか、ついででも良いので調査するようにと何件かの興信所に依頼する事が出来た。
興信所に任せっきりではなく、自分でも「お姉ちゃん」を探して動いている。
「お姉ちゃん」が現在、高校生なのが大学生なのか、それとも働いているのか解らないが、「お姉ちゃん」位の年齢の少女が居そうな場所などを「管狐」を使ったり、自分の足で歩きまわって探したりと出来る事はやっていた。
今回の保険金詐欺の金の持ち逃げの様に、警察に追われそうな状況に陥ればそれまでの拠点をあっさりと捨て、次に「お姉ちゃん」の居そうな場所へと拠点を移す。
そう言う事をこの2年間やって来ていたのだ。
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「さてと、ソウマさんとコウキさんに1000万円ずつ送らないといけないな。」
彩音は4億円の現金を確認した後、元友人達との約束を果たす準備にかかった。
『書籍』を送るのに丁度いいサイズの段ボールを用意して、メールで教えられた住所へホテルのフロントから送ってもらえばいいな、と今からの行動を決めた。
「ふふ、でも今回のタツキとしての高校生活は楽しかったな、お姉ちゃんを見つけられたら普通の高校生活を送るのも悪くないかも知れないな。」
彩音はそう呟くと、『書籍』を送る段ボール箱と、現金を持ち運ぶスーツケースを購入する為、ホテルに来る途中で目を付けていた店へ行く為、部屋を後にした。




