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特定非営利活動法人 アマツキツネ 「ルナティックハウンド」  作者: 涼城 鈴那
肥前化け猫騒動

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肥前化け猫騒動・5


「皆さん!これは幻です!いいですね、何が起ころうと現実ではありません!」

義経が山鼡一家に向けて叫ぶ。


『信じなければ無害です!決して信じてはいけません!』

そうは言われても眼前の化け猫は敵意をむき出しにして隆興に襲い掛かる。

人間の大人ほどの大きさとなり、二足歩行の前傾した姿勢で立ち上がり、前足は槍の穂の様な鋭い爪の生える掌を持った筋肉質の腕部へと変化する。


鋭い爪が隆興の肩口から袈裟斬りに振り抜かれる、彼の胸には3本の爪跡がくっきりと残り、傷口からは夥しい量の血液が噴出する。


『がっ!?』

幻だと信じる思いが上回ったのか、痛みは感じない。だが、巨大な異形の肉食獣に襲われる恐怖心は心に刻まれる。心臓は恐怖で早鐘の様に打ち鳴らされ、酸素を求める肺腑が呼吸を乱す。汗が吹き出し心拍数は乱高下している。


直接攻撃されたわけでもないのに生命反応は非常事態を訴えていた。

信じていない状況でこれだ。このまま攻撃を受け続ける事で、幻を現実と受け止めてしまえば、身体が『殺された』と錯覚して自ら命を絶つかもしれない。


義経は隆興の様子に猫の幻を信じかけている気配を感じ、叫ぶ。


「山鼡氏!こちらも猫に対抗します!それだけを事実だと信じて下さい!」

そう叫んだ途端に化け猫が衝撃で大きくのけ反った。いつの間にか化け猫の正面に政光が立ち塞がり、化け猫に攻撃を加えたのだった。その様子に隆興は驚愕する。


「所長!?あんた化け猫を相手にそんな事出来るのか!?」

「山鼡氏!これは此方が見せる幻です!実際の所長は此方で祝詞を唱えています!こちらが化け猫を撃退する幻、それを現実だと信じて下さい!」


幻!?今、化け猫相手に拳で戦っている所長が幻だと!?そう言われてみれば、彼は神主の装束に身を包んでいたはずなのに、目の前ではプロテクターのついた黒いボディアーマーを身に纏っている。これが幻・・・いや!現実なんだ!これが現実!!


「山鼡氏!所長が化け猫を抑えている間に、化け猫の恨みや憎悪を消します!協力してください!というかこれは貴方にしか出来ません!」

義経の叫びに隆興は我に返る、『一体、自分に何が出来ると言うんだ!?』思わず叫ぶ隆興に目も呉れず義経が化け猫を睨みつけたまま、説明をする。


「この化け猫は『主の想い』に二束三文の値を付けたあなたを消して、その鑑定結果をなかった事にしようとしているのです!あなたがこれから逃れる方法はただ一つ!

今見た龍造寺家の悲劇を踏まえて鑑定をやり直す事です!

今回携わった旧家の古物の全てを正しく鑑定し、其の上で絹の残した器に化け猫が納得する価値を付けるのです!」


問題の器は永く蔵の中で安置されており、客観的な価値が無かった為にこの化け猫にとっては、『主の器』はこの蔵の中でも最も尊い存在だったのだ。器に憑いた化け猫にとってそれが事実であり、器が破壊でもされない限り何の問題もなかった。


それがある日突然にやってきた部外者の手により、この蔵の中で全く価値の無い物、逆に処分費用が必要とされる程度のものだと勝手に価値を決められ、間もなく処分されると知った猫の怒りはどれ程の物であっただろうか。


絵画を始めとする芸術作品には、しばしば子供が書いた落書きなのだとしか思えないモノに驚愕の値段が付いたりするが、それはその作者の今までの生き様からなるバックボーンが在って初めて評価される物であり、いわば作者人生の価値とも言える。


化け猫がこの不埒物を即座に殺さなかったのは、持ち主の過去を見せる事で「主の器」の価値を再評価する機会を与えるつもりだったのかもしれない。


その間も化け猫と政光の幻想上の戦いが続いている、化け猫の振り被る巨椀を掻い潜り、その身体に拳を叩きこんで隆興への攻撃を逸らす政光。しなやかな動きで政光の攻撃を逸らし、爪が政光のボディアーマーを切り裂く。一進一退の攻防が続く。



夫人や娘にこの家から出て行くように仕向け、隆興のみを残そうとしたのは隆興の再評価の結果に納得しなかったり、隆興が再評価を拒んだ際に彼を祟り殺す現場を家族に見せない様にとの化け猫なりの配慮だったのでは?


「解った!再評価する!この龍造寺家の後継問題に絡んだ歴史的背景も考慮した価値を改めて着けさせて貰う!私が軽率だった!この母子の想いに応えたい!」


隆興の叫びに、化け猫の動きが止まる。目の前の不埒物が真実を言っているのかを値踏みするかのように隆興を見つめる。そして背後の夫人と娘を庇う様な姿勢で化け猫と対峙している事に気付いた化け猫は満足そうに頷くと、その身体は元に戻った。


猫は円の中で前足を揃えた状態でそこに佇んでいるだけだった。

今まで見えていた化け猫との死闘はこの猫の見せていた幻想に過ぎなかったのだ。

猫は小さく震えていた、この幻を見せる為に相当な精神力を必要としたのだろう。


その小さな年老いた三毛猫の姿に、龍造寺家の悲劇を見出した義経は猫に向かって黙礼しその両手を合わせた。その姿を見た山鼡一家も同じように手を合わせて、400年もの昔にこの地で起こった母子の悲劇に対して哀悼の意を表した。


そして穏やかな表情の三毛猫の姿がゆっくりと薄れ消えて行く、その寸前


・・・その異変は起こった。



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