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特定非営利活動法人 アマツキツネ 「ルナティックハウンド」  作者: 涼城 鈴那
肥前化け猫騒動

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肥前化け猫騒動・4


三毛猫の見せる映像はこれ以降、室内の風景のみとなった。

室外の風景は一切無い、武家屋敷の一室の絹の出来事だけが繰り広げられる。


この頃、長法師丸は直茂の命により「伯庵」の僧名を名乗らせられ、母と引き裂かれ寺で軟禁状態にあり、母に会えぬ辛い日々を僧侶として強要させられていた。

しかしそれは猫の与り知らぬこと故、幻術には現れる事はないのであろう。



絹は愛する藤八郎の忘れ形見である長法師丸と強制的に引き離され、何不自由のないはずの屋敷内で只管に長法師丸の無事を願い、思慕する日々が無意味に過ぎる。

家臣や侍女たちもなんとか絹を慰めようとするものの、絹の笑顔を取り戻す事は出来ずにいた。


絹の傍らでは三毛猫が自分の飼い主を慰めようと寄り添い、喉を鳴らし、腹を見せて構おうとする。時には庭に出て虫を捕獲しては絹に差し出す事もするが絹の反応は日々小さなものになって行った。


そして絹の笑顔が失われて数年が過ぎたある夜、静まり返った絹の部屋の外から物音がしたかと思うと、絹を呼ぶ年若い男子の声がした。


『母上!伯庵・・・いえ、長法師丸に御座います!母上!』

長法師丸を名乗る若者の声に絹の心は生気を取り戻した。思わず襖を開け駆けだしたい衝動に囚われたが、長法師丸以外に多くの人の気配に気付き、我に返る。


『今や私は故龍造寺高房の妻、嫡男長法師丸の生母の立場なのだ。』

歓喜の心を押し殺し、努めて冷静に声を掛ける『長法師丸、お入りなさい。』と。


絹は数年会わぬ間にすっかり凛々しい少年と成長した長法師丸の姿に安堵し、今すぐ抱きしめたい衝動に駆られたが、長法師丸の背後に控えひれ伏す家臣たちの前では憚られ、気丈に振舞うしかなかった。


「長法師丸殿、しばらく見ぬ間に立派に成られましたね。」

「はい、母上様にもご健勝のご様子、長法師丸安心いたしました。」

絹はしっかりと武家の子らしく受け答えする我が子に安堵するとともに『違う、全く健勝ではない。』と否定したかったが、堪える。


「母上様、私はこれより江戸に向かい龍造寺家の復興を目指します。」

「江戸へ?江戸へ行ってどうするのです?」

驚愕のあまり、声が裏返りそうになるがこれも堪えた。絹の疑問に家臣が答える。


これより長法師丸は家臣団と江戸へ向かい、時の将軍徳川家光に拝謁して龍造寺復興を願い出るのだと言う。拝謁できるまでにも数年かかるだろうし訴えが聞き入れられるかも判らないが、決してあきらめないと言う。


永い間長法師丸と引き離されてはいたが、当たり障りのない文のやり取りは出来たし、肥後領内で無事に過ごしているのだと思う事で自分を無理やりに納得させていた絹だったが、今夜を最後に長法師丸は遠く江戸に行ってしまうのだと知り絶望に囚われた。


長法師丸や家臣たちの言葉が遠くに聞こえ、夢の中の様な暗闇の中に突き落とされた気がして、その現実を受け止めきれないまま、長法師丸の別れの挨拶を聞いた絹は


「家臣達の為にも龍造寺家再興に向けて全力で挑みなさい。」

と、心にもなかった言葉が自分の口から出る事にも絶望した。


そして絹の時間はここで止まってしまった。


────────────────────


山鼡邸の一室で繰り広げられた過去の幻想の映像はそこで消えた。

正確には未だ周囲は暗闇に包まれたまま、猫の見せる幻自体は継続している様だ。


猫と義経たち一行はお互いに養生テープで作った輪の中に居たまま対峙し、猫が映像の余韻に浸るかのように動きを停めている事に戸惑い、隆興は沈黙を破る。


「・・・・幻が消えたのか?えらく中途半端な幕切れの様だが・・・?」

隆興の疑問に義経が大学付属図書館で調べた史実から事の顛末を説明する。


「・・・この後、長法師丸は江戸に向かい、龍造寺季明すえあきを名乗り、将軍家光に龍造寺復興を嘆願するのですが、聞き入れられる事は無かったのです。それどころかその身柄は会津藩預かりとなって、以降母親と再会する事は無かったと。」

「・・・そうだったのか・・・。」


おそらくこれ以降心の支えを失った母親が悲しみに暮れ日々やつれていき、その結果亡くなってしまったのを見届けた猫が、主の変わり果てる経過を他人に見せたくなかったのでしょう。義経はそう言った。


「・・・結局、何で化け猫は龍造寺家の様子を私たちに見せたんだ?」

「まだ解りませんか?猫はあなたに、自身の犯した罪の重さを教えてるんですよ?」

義経は三毛猫から目を離さないまま背後の隆興へ告げ、隆興は驚愕する。


「私が罪を犯しただと!?一体何の事だ!?私は龍造寺とは全く関係ないぞ!?」

隆興の叫びに、円の中に座って反応を伺っていた三毛猫がにやりと笑った。


「歴史の中に埋もれた龍造寺家の母子の悲劇、戦国の世ともなればよくある話ですが、あなたはそれと知らずに侮辱し踏みにじり、猫の怒りに触れたんですよ?」

「私が龍造寺家の悲劇を侮辱しただと!?一体何のことだ!?」

三毛猫は義経の言葉に目を細め、我が意を得たりとばかりに頷いた。


「あなたが鑑定した旧家の古物、あの内の一つに映像にあった龍造寺母子の思い出の器があり、あなたはそれと知らずにそれを文字通り二束三文で買い叩くと言う行動で侮辱し踏みにじり、猫の逆鱗に触れたのですよ!」

「!?なんだって!?」


義経の説明に三毛猫が反応し、その目を見開いて悪鬼の形相へと変化し、其の身の内に煮えたぎる怒りを放出するかのようにその小さな体が膨れ上がっていく。


武家に飼われていた三毛猫は、主の仇討ちの為に巨大な化け猫へと変化した。



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