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特定非営利活動法人 アマツキツネ 「ルナティックハウンド」  作者: 涼城 鈴那
肥前化け猫騒動

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肥前化け猫騒動・3


藤八郎と絹は恋仲であったが、身分の違いの為に公にはされなかった。


やがて絹は藤八郎の子を身ごもる事となるが、その事実は藤八郎の周囲の僅かな人間が知るのみで秘匿され、藤八郎本人にすら知らされる事は無かったと言う。

絹に子が出来たと言う事を知らされる前に、藤八郎は江戸の徳川家康の元に送られ、その地で鍋島直茂の孫娘を娶り江戸での人質としての生活を強いられた。


絹は藤八郎との間を引き裂かれた事を嘆き悲しんだが、自分の腹に宿った赤子の存在を心の支えとし、やがて生まれた男子を「長法師丸」と名付けた。

「長法師丸」は藤八郎の幼名で、龍造寺家の嫡男が名乗る幼名でもあった。

絹は年老いた母親と共に力を合わせて長法師丸を育てて行く事となる。


山鼡家の人々の前では、絹が貧しいながらも我が子を慈しみ育てる様子が映し出されていた。今までの戦場での殺伐とした人の生き死にの光景から、まるで真逆の穏やかで優しい親子の成長の記憶が山鼡家の人々に追体験されていく。


庶民的な生活用品しかない小さな家の中で、かつて藤八郎が訪れた時に使っていた湯呑を息子の長法師丸が無邪気に愛用する光景が目の前に広がる。

隆興と夫人の目には長法師丸と幼い頃の美緒の姿が重なって見えた。


未だ幼い長法師丸の年の頃だと、美緒は保育園に通っていた頃か。その頃は既に事業で成功していた隆興は愛する愛娘の為なら、ブランド品の洋服を身に着けさせ、食べるものも厳選した素材をふんだんに使った物を惜しみなく与えた。


しかし眼前で繰り広げられる400年の昔の小さな家の中の光景では、未だ若い母親が自分の食べるものを減らしてでも、我が子にだけはひもじい思いをさせまいとする貧しいながらも愛情に満ちた優しい暮らしが映し出される。


その光景に美緒は自分はどれだけ恵まれた生活を送っているか、と思い知らされる。


今までお腹が空いて困った事など一度もない。欲しいものがあれば両親に言えば何でも手に入った。お小遣いも『女の子は色々必要だろうから。』と月に5万円も貰っている、友達は5千円とかだと聞いた事がある。

『過去と比べるまでもなく、今現在でも凄く恵まれているんだ・・・。』



山鼡夫人も目の前の若い母親の愛情の深さに心を打たれた。我が子を育てる為に朝早くから水を汲み、薪を集め、小さな畑で作物を育て、食事の用意や掃除や洗い物などを女の細腕で毎日繰り返しているのだ。


時には幼子が熱を出し、母親が一晩中寝ずに看病する姿も再現されていた。

その光景に思わず手を差し伸べようとするも、これは幻だと気付きてを引っ込める。

『出来る事なら、手を貸してあげたい。でも見ている事しかできない。』


現代では家事も育児も文明の利器がわずかな時間でやってくれる。体調を崩してもよく効く薬もすぐに手に入る。目の前で繰り広げられる何もない頃の時代に必死で生きようとする貧しい母子の生活から目を逸らす事が出来ないでいた。



隆興は眼前の光景に、夫人や娘とは違った見方で目を奪われていた。

これまで隆興は自分の生活の向上を目指して、あくどい商売をし時には相手を破産させるような事もしてきていた。自分は現代にこのような困窮した家庭を数多く作ってきてしまったのではないのか?という自問自答だった。


自分にとって大切な妻と愛娘が、こんな困窮した生活を送っていたらと思うと胸が痛くなる。先ほどの戦の中で槍で貫かれた事など些事に等しい位の痛みを感じる。

自分はそんな者たちを知らぬ間に造り続けて来たのではないか?


『・・・猫は私を精神的に追い詰めようとしているのか?』


猫の真意は解らないが、隆興に対する精神的ダメージは確実に蓄積されていった。


────────────────────


そして遂にその慎ましくも穏やかな生活が強制的に終わらせられる日が来た。


長法師丸が6歳の頃、龍造寺家の臣を名乗る多くの武士が絹と長法師丸の前にひれ伏していた。彼らは長法師丸を龍造寺家の当主として迎えに来たのだと言う。

ふれ伏す武士達から絹は衝撃的な事実を告げられた。藤八郎こと『龍造寺高房』が22歳の若さで亡くなったと言うのだ。絹はその言葉に気を失いそうになった。


藤八郎は名目上は肥後の国主『龍造寺家』の嫡男でありながら、実権は家臣の鍋島直茂の手にあって、自身は肥後から遠く離れた江戸の地で人質として暮らしている。

その事実に絶望した藤八郎は、思い悩んだ末に鍋島直茂の孫娘である夫人を斬り殺して、自害を図るも家臣に止められ、重傷を負ってしまったのだった。


藤八郎は一命をとりとめたものの、この時の傷が原因となって間もなく死を迎える。

元々病弱だった父の政家もそれからわずか一月後に後を追う様に死亡してしまった為、竜造寺宗家の血が絶える危機に直面しているのだと言う。


絹は自分の身分の低さから長法師丸が庶子として忍んで暮らさなければならない事に日頃から心を痛めてもいた為、長法師丸が本来の龍造寺宗家を告げるのならと、この時僅か6歳の長法師丸を龍造寺の家臣達の手に預ける事を決断したのだった。


龍造寺家臣団に預けられた長法師丸はそれまでの貧しい暮らしから一変し、龍造寺家当主に相応しい待遇が整えられた。家老の屋敷に移り住み、絹も当主の生母に相応しい待遇で家臣団から敬われる日々を送る事となった。


絹は藤八郎の血を引く長法師丸がその血に相応しい扱いを受ける事に喜びの涙を流したが、その涙は間もなく失意のそれへと変わる事になる。



龍造寺家臣団が肥前の実権を握る鍋島直茂に向け、長法師丸を押し立てて

『長法師丸を龍造寺家の当主と認めるよう』に迫ったのである。


藤八郎に息子が居たなど寝耳に水の直茂であったが、調べてみると確かに母親が身分の低い出であった為に、今まで伏せられていた事が判明しその扱いに苦慮した。

肥前七郡30万9902石は直茂の手腕により既に安定しており、隆信の弟達も鍋島家家老の地位にあって、龍造寺から鍋島への権力移譲を正式に認めていたのである。

ここに龍造寺宗家が復活しても災いの種にしかならないのは明白であった。


そこで直茂は長法師丸を藤八郎高房の嫡男という事実を認めつつも、父高房と祖父政家が亡くなって間もないと言う現実を盾に取り、『祖父と父の菩提を弔うのが嫡男の務めである。』とし、強制的に出家させ、監視下に置いたのである。


絹は裕福な暮らしと引き換えに掛け替えのない我が子を失う事となってしまった。


悲嘆に暮れる日々を送る絹を辛うじて慰めたのは、家臣や裕福な生活などではなく、貧しい生活を長法師丸と共に過ごした年老いた三毛猫だけであった。



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