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特定非営利活動法人 アマツキツネ 「ルナティックハウンド」  作者: 涼城 鈴那
肥前化け猫騒動

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肥前化け猫騒動・1


山鼡隆興はどうしても外せない所要の為に福岡市へ出張していた。

仕事を終え、太宰府インターから九州自動車道へ社用車のプリウスを乗り入れる。


『夜8時までに自宅へ戻って下さい。』『化け猫と対峙します。』『娘さんも自宅にお連れします。』頭の中で、あの主任のセリフが繰り返し再生されていた。

現在時刻は夜7時20分を回っていた、自宅まではギリギリ間に合う距離と時間だ。


『娘が無事なのは良かったが、一緒に化け猫に突き合わせるなんて!』

時間を少しでも稼ごうと、太宰府インターから鳥栖ジャンクションまでの3車線を走る車の間を縫うように走行する。制限速度はかなり超過しているが同じ位の速度で走る営業車やトラックもあり車の量は多いが思ったよりは走りやすい。


しかし長崎道に入ると車の数は減ってしまう為、覆面パトカーに目を付けられるような速度は出せない。捕まってしまえばそれで一巻の終わりだ。


『夜8時に間に合わなければどうなる?』一方的に通話を切った相手はその後幾らコールしようと電話に出る事が無かった為、ショートメッセージを送った所

『あなたの現在位置に猫が出るだけです。ご自宅で準備をしますのでそれまでに必ず帰って来て下さい。』とのメッセージが返って来た。


隆興は背後から化け猫が追って来る幻想に囚われ、必死にプリウスを走らせた。


────────────────────


隆興が自宅に着いた時、時刻は夜8時の10分前だった。

電動シャッターを開ける時間も惜しんで来客用の駐車スペースへプリウスを横付けする。荷物などはどうでもいい、施錠もしないまま門を開けて玄関へ駆け込んだ。


玄関に入ると廊下の照明は最低限度になっており、いつもなら明かりの灯ったリビングもダイニングも照明は落とされ、廊下の先の和室から明かりが漏れるのが解った。

隆興は駆け足で和室に向かい、乱暴に襖をあけて和室に飛び込んだ。


「ああ、間に合いましたね、準備は完了していますよ。」

義経に声を掛けられた隆興が和室を確認すると、夫人と派手な格好の娘は下座の方に並んで座っており、その周囲の畳の上には養生テープを貼って作ったと思しき円があった。義経と政光は神主の付ける装束を纏っていた。


「さ、山鼡さんもその円の中へどうぞ。」

義経に勧められるままに隆興も家族と同じ円に入った。


「パパ!無事だったんだね良かった!」

「美緒!?その恰好はどうしたんだ!?」

まるで別人の姿の娘に驚いた隆興は思わず問い正す、それに義経が応える。


「美緒さんは変装する事で化け猫から姿を隠してたんですよ、所謂緊急避難です。」

そう言われては普段から娘に対し服装には厳しく言っていた隆興も何も言えない。

時間に間に合った事で一息付けた隆興は、目の前の二人の男の姿に気付いた。


「あんたたち神職だったのか?とてもそうは見えなかったが・・・。」

そう言われた義経と政光は衣冠単いかんひとえと呼ばれる装束を纏っていた。

義経は雰囲気的に合ってはいるが、政光の方は大柄な体格と似つかわしくない。


「自分でもそう思います。人からは生臭坊主の方が似合うとまで言われます。」

政光がそう言うと美緒が思わず噴き出し、それを夫人が窘める、政光が続けた。


「緊張が解れたならこれを着た意味がありました。この装束も化け猫相手には気休めにしかならないかも知れないですしね。」

「気休め?その化け猫とやらはそんなに手強いのか?」

途端に不安に駆られたであろう隆興の問いには義経が答えた。


「奥様と美緒さんには説明しましたが、映画館で4DXの動物パニック映画を見ているような体感だと思って下さい。猫の叫び声や風圧を感じるかもしれませんが、幻です。今から眼前で起こる事は一切信じずに全てを疑いの目で見て下さい。」

そうしないと、身体に起こった変化を現実だと確信した瞬間に、その通りに肉体に異変が起こってしまうと義経が説明した。


「まぁ、山鼡氏は人を信じずに疑ってかかる性格の様ですから、その点では私もあなたを信じています。多分大丈夫だと思いますよ?」

「おい!それは私を褒めてるのか貶しているのか?どっちなんだ!?」

「褒めも貶しもしてませんよ?今回ばかりはその性格が幸いになるって事です。」

隆興は複雑な表情をしながらも『起こる事を信用しなければいいのなら…』と納得し、安心もしたようだった。そうこうする内に間もなく8時になろうとしていた。


「これから様々な現象が起きるでしょうが、とにかく『これは現実ではない、』と強く念じていて下さい。信じ込ませようとする相手と、信じまいとする私達との根競べと考えて頂ければ良いのです。」


『こちらを化かそうとする相手の精神力が尽きればその時点で私たちの勝ちです。』

それまで耐え抜く事、良いですね?と義経の言葉に一斉に頷く山鼡家の人々。


・・・そして間もなく、廊下に面した襖を微かに引っ掻く音が聞こえてきた。


────────────────────


「来たようですね、やはり山鼡氏の後を憑いてきた来たと言う事なのでしょう。」

カリカリと引っ掻く音が聞こえるのは、先程隆興が開けて入ってきた襖だった。


その小さな音に皆静まり返る、山鼡家の人々は顔色を変えながらも心の中でこれは幻なのだと只管に念じていた。義経と政光は静かに襖を見つめる。


やがて襖が小さく開いて可愛らしい三毛猫の子猫が顔を覗かせた。


「・・・こんな可愛い子猫が・・・化け猫?」

美緒が思わずそう言った位に怪しい雰囲気が微塵もない普通の子猫がこちらを見て


「みゃあ。」と小さく鳴いてするりと部屋に入ってきて毛繕いを始めた。


その無邪気な仕草に夫人も美緒も思わず笑みが零れた。ひとしきり毛繕いに没頭していた子猫は何かを思いついたように襖に近づいて、そのまま襖を閉めた。


『襖を開けるのは賢い猫、襖を閉めるのは猫又』とよく言われるが、襖を閉めた子猫は隆興たちに振り返ると人の様な表情でにやりと笑った。その仕草に隆興は肝を冷やして義経の言葉を思い出した。


『化け猫の標的は山鼡氏、あなただけです。』

妻や娘は標的ではない、その事で安堵もしたが、猫が狙っているのは自分だと思い起こして恐怖もした。『これは幻だ、現実ではない。』必死に心の中で唱え続けるうちに、何かに気付いた猫は床の間に向けて歩き出した。


そして床の間の前に養生テープで作られた円の中に猫が入って、落ち着いた。


「・・・もしかしてと思いましたが『猫転送装置』が猫又にも効くとは・・・。」

義経がそう呟いた。『猫転送装置』とはロープやテープで床に描いた図形の中に何故か猫が入ってしまう現象の事で、その原理は定かではないと言う。


義経は相手が猫なら『猫転送装置』が効くのではないかと考え、用意していたのだが本当に効果があるとは思っていなかったようだ。


「これで多少でも行動が制限出来ればいいのですが、では行きますか猫又さん?」


お互いに養生テープで作った輪の中に入って対峙したまま、戦いが開始した。



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