モデルのお仕事とカーチェイス
「あ、五月さん、服屋さん少し距離ありますから車で行きましょう?」
エレベーターから降りてそのまま通りを行こうとしていた五月を呼び止める。
「んー?アマガエルに乗っていくの?」
「それに着たお洋服貰って帰るのに、荷物になりますよ。」
『んー、任せる-。』と意識が有名店の洋菓子に向いてしまって気もそぞろな五月は、弥生に導かれるまま雑居ビルの裏の駐車場へと向かう。
駐車場には主に弥生が移動手段に使用している社用車の青い軽自動車がある。
流行りのハイトワゴンとは反対に背が低く、後部座席が申し訳程度に着いた実質二人乗りの古い軽自動車だった。この車の購入費用も運転免許証の取得費用も、アマツキツネが負担していた。
この車の色と形状から五月はこれを「アマガエル」と呼ぶ。
もともと運転免許を取るつもりは無かったのだが『業務で必要となるから』と言われ、その言葉に甘えて自動車学校に通ったのだった。実際アマツキツネのある地方都市では公共機関が充実しているとは言えず、業務で車を使用する場面は多かった。
この車も最初から用意されていた物ではなく、『乗る本人が扱いやすい物が良い。』と言われ、わざわざ弥生の為に所長の知り合いの中古車販売店に連れていかれて店頭の車から自分で選んだ物なのだ。
数多く並んだ車の中でも店の隅に控えめに止まっていた、青いボディに丸目の姿が一目で気に入り、価格も店頭に並んだ車の中では安い部類だったのも決め手になった。
実際に乗ってみるとマニュアル車ではあるが、運転も楽で扱いやすい。小さめのボディは大した荷物は積めないが弥生の移動手段と割り切れば何の問題もない。
後で知ったのだが、30年程前に製造された車らしいがそんなに古い車とは思えない程にエンジン回りも絶好調だ。この車に乗る度に弥生は思う。
『こんなに良くしてもらってるんだから、お仕事頑張らなきゃ。』
そして今日は五月を乗せて目的地の服屋へと青い軽自動車を走らせた。
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「わぁ、五月さん今日も綺麗ですねぇ。」
「今日の撮影は夏服なので水着もあるけど大丈夫ですかぁ?」
五月と弥生が服屋「 Drip check」に着くや、待ち兼ねたスタッフ達に出迎えられた。依頼人に対して特に愛想良くしたりしない五月だが、気取ったり人を見下したりしない自然体の彼女を好ましく思うファンは多い。
弥生と五月は早速別室に通され、用意された今期の新作の夏服に袖を通す事となる。店の女性スタッフが五月に服を着せ終わると、服にあったヘアメイクを施す。そのヘアセットの間に五月は用意された洋菓子を摘まむ、食べている時の五月は大人しい。
「五月さん、少しメイクしますからちょっと御免ね?」
「んー。」
流石にメイクの間はお菓子を食べるわけにもいかず、お菓子を置いてメイクさんにされるがままとなる。もともとハーフの様なはっきりした顔立ちな為、がっつり手を加える事もなく時間は大してかからない。ヘアメイクが終われば撮影となる、カメラマンの指定するポーズを取って何枚も写真を撮る。それを用意された服の分だけ繰り返すと、結構な時間がかかってしまう。
今回は水着の撮影が有るからなのか、いつもより男性スタッフの数が多い事に弥生は気付く。五月は特に着替えを見られる事を気にしない為、脱ぐ時は大胆に脱ぐ。
弥生が静止しなければ人の目を気にせず全裸にだってなるだろう。
水着に着替える際に弥生は五月を半ば強引にフィッティングルームへ連れ込んだ。
カーテンを閉めて五月に着替える様に促す、フィッティングルームの外ではさり気なく周囲をうろつく男性スタッフの気配を弥生は感知していた。
全裸の五月の姿を自分の身体で視線からガードするように位置取りをしつつ、五月を水着へ着替えさせる。五月は弥生にされるがまま、自分では動こうとしないのでビキニトップを付けても位置を治す事もしない為、弥生が肉塊を布地に丁度良く収めるべく奮闘する。
『重っ!?こんなの二つも付いてて肩凝らないのかな!?』
弥生は五月とルームシェアする関係で、お風呂は大好きなものの面倒くさがる五月の為に体を洗ったり、シャンプーをしたり、髪をドライヤーで乾かしたりと日頃から五月の世話をしている。その度に弥生は何故か大型犬をお風呂に入れている錯覚に落ちいつ事がしばしばある。
毎日見ている五月の全裸姿だが、女性の身体を美しく魅せる為にデザインされた水着に包まれると、不思議とエロティックさは感じられずに、美しさが更に際立つように感じてしまう。撮影の時には女性スタッフ達からもため息が出る程だ。
しかし、当の五月はOKが出た途端に傍らの洋菓子に噛り付く。そういうギャップも彼女の魅力だと受け止められるなか、撮影は順調に進んで行った。
そして、この日のモデルの仕事の終了も夜の8時を回った。
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スタッフに見送られ大量の新作の夏服を手にした五月と弥生は、店舗の駐車場に止めた青い弥生の愛車に荷物を積み込んで乗り込んだ。
「ヤヨイー、お腹減ったー。帰りに肉食べに行こう?」
「五月さん、あれだけお菓子食べてたのに、もうお腹減ったの?」
「甘いモノはベツバラとか言うよね?お菓子はお菓子、肉は肉。」
なんか少し意味合いが違う気がしたが、いつも夕飯は夜7~8時に摂っているので確かに弥生のお腹も空いて来ていた。『じゃあ、どこかお店に寄りますね。』そう言って弥生はバイパス沿いの飲食店が集中しているエリアに向け愛車を走らせた。
肉料理店に向けてそれなりの交通量のあるバイパスを走行している所へ、対向車線を制限速度を大幅に超えて走る黒いハイエースとすれ違った。
「あ。」
「んー?」
弥生と五月はほぼ同時にその異変に気付いた。弥生の『管狐』がハイエースの異常を察知したからなのだが、弥生は漠然とした『勘』なのに対し、五月は『管狐』を通じてはっきりと車内にいる幼い子供の異常を感知していた。
「五月さん!今の黒い車!」
「行け、ヤヨイ!」
周囲に他の車が無いのを確認した弥生は、ステアリングを思い切り右に切り、アクセルを緩めてタックイン気味に青い愛車をUターンさせ、加速する。
弥生の『管狐』は主への意思疎通が難しい為、いつからか周囲の五月や義経、政光へと情報を共有する方法を使い始めた。その為、弥生よりも五月の方が詳細な情報に触れる事が出来、今回もハイエースの中の子供の感じる恐怖や不安感が伝わった。
尋常な雰囲気ではない。子供が何かの犯罪に巻き込まれたのは確実だ。
暴走する黒いハイエースは追跡する青い軽自動車の存在を知ってか知らずか、速度を緩めることなく、そのまま高速道路のインターチェンジへと侵入した。




