活動内容とその待遇
天城義経と名乗った青年が『NPO法人アマツキツネ』の活動内容を説明する。
NPO法人の行う「特定非営利活動」とは、20種類の分野に該当する活動であり、不特定かつ多数のものの利益に寄与することを目的とするものだ。
この「アマツキツネ」の活動内容は「地域安全活動」「人権の擁護又は平和の推進を図る活動」「子どもの健全育成を図る活動」「まちづくりの推進を図る活動」を目的とする者で、要は街を暮らし易くする為のボランティアの様な物らしい。
活動費は各種支援団体などからの寄付金や助成金で賄われるため、依頼人からは必要経費だけを支払ってもらう形になっていると言う。
「地域安全活動」として児童の登下校時の見守り活動が依頼されたりとか、安全を脅かす組織の排除とか様々な依頼をこなしていると言う。
「弥生さんにお願いしたいのは事務所内での電話応対や接客応対が主ですね。」
仕事内容を聞いて弥生は安堵した、その類なら資格が必要なものではない。
「出社時間は朝8~11時の間好きな時間で、勤務はそれからの8時間、所謂フレックスタイム制となっております。休日は完全週休二日の交代制です。」
フレックスタイムかぁ、朝は多様寝坊しても大丈夫なのは有難い。
「基本給月給28万円、昇給あり。賞与は年2回、夏3か月冬が4カ月。社会保険完備、食事も近所で社員食堂代わりに提携している定食屋さんで無料で利用できます。あ、夜食とか休憩で使っても大丈夫ですよ?」
「え?食事まで用意してもらえるんですか?」
「はい、社員の健康管理の一環としてキチンとバランスの取れた食事をして頂くのは非常に重要だと考えておりますので、是非利用してください。」
弥生は自分の耳を疑った。高卒の何の資格もない世間知らずの女の子にあり得ない程の好待遇だ。NPO法人ってそんなに利益が出る程に助成金がでるのだろうか?
「あ、信楽さん、お住まいはどちら?交通費の額を決めないと・・・。」
「あ。どこか近くにアパートを借りようかと・・・。」
こんなトントン拍子に話が進むとは思わなかった為、住む所まで考えていなかった。なにしろ今日出所したばかりなのだ、どこか不動産屋さんに行かなきゃ。
あ、保証人とかいるんだ?施設の先生がなってくれるって事だったから施設に戻らなきゃ・・・。
「ああ、でしたら其方のメイさんとルームシェアされますか?徒歩2分ですよ?」
名前を呼ばれた女性と目が合って「メイさん」は軽く手を振ってくれた。
「あ、ルームシェアってご迷惑じゃないんですか?」
「いえ、迷惑どころか出来ればこちらから是非お願いしたい位ですよ?」
義経が五月に視線を向けつつそう言った。
「なにしろこちらの五月さん、つい最近こちらにきたばかりなので、日本の一般常識がほとんど無いんです。ですから彼女が生活できる様お手伝い願えれば、家賃や光熱費は此方で負担いたします。如何?」
弥生は内心迷った。自由な一人暮らしに憧れていたので同居人がいる生活は考えてもみなかった。でも、家賃光熱費が無いと言うのは非常にありがたい。アパートを契約するのだって敷金礼金とか初期費用が結構掛かるのに、それが要らないとは。
自分の『勘』ではここの人達は悪い人達じゃない、それはすぐに解った。自分に対する悪い感情が全く伝わってこない、むしろ今まで感じた事の無い好意すら感じる。
今までの18年の人生の中でここまで暖かい対応は無かった位だ。ただ一つ気になる点があった。
『この人達は、他の人達の様に心の中で考えている事がほぼ解らない』
何故だろう?この人達に限って何か普通の人と違う何かが有るのだろうか?
自分に心を開いていない?心の中で拒絶されている?この現象は初めてだった。
『・・・でも。』考えて見れば今まで18年生きてきた中だと、学校や施設の中に限られた人間関係しか知らないのだ。世の中にはそんな人たちも普通に居ると言う事なのかもしれない。そして何より自分の『勘』が全く警戒していないのだ。
「はい、こちらこそお願いいたします。」
「そうですか、良かった。こちらも大助かりです。」
こうしてNPO法人アマツキツネに就職が決まった。
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「では早速明日から来てください。あ、初日だけは朝の9時出勤って事で。」
「はい、よろしくお願いします。」
「では今日から五月さんと一緒のお部屋を使って下さいね。五月さん?」
義経は五月に声を掛け、部屋に弥生を案内するように頼んだ。
「んー、いいよー、じゃあ行こっか?」
五月はそう言って立ち上がると弥生に声を掛けた。
「信楽 弥生です。よろしくお願いします。」
「あたし五月、よろしくー。」
日本に来て間もないって言ってたけど言葉は問題ないみたいだ、と弥生は安堵した。
義経と所長に笑顔で見送られ、弥生は扉の前で改めて深々とお辞儀をして五月の後についてエレベーターへと向かった。
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「・・・義経君・・・・。」
「・・・政光さん・・・・。」
事務所に残った二人は弥生を見送ったまましばらく無言だったが、弥生との距離が離れたのを確認した後に、ようやく言葉を交わした。
「とんでもない子が来たね・・・?」
「ええ、まさか無自覚の『管狐使い』なんて・・・初めて見ましたよ。」
義経も政光も、弥生が天性の『管狐使い』であることを見抜いていた。
『管狐』・・・主に中部地方の伝承に見られる『憑き物』の一種で、竹筒の中に納まるほどの小さなイタチの様な外見をしており、その姿は使い手にしか見えないと言う。術者は『管狐』を操り他者の過去を当てたり、未来を予言したり、呪いをかけたりする事が出来る等とされている。
弥生自身に霊感が無い為なのか、弥生は自分の『管狐』の存在を認識できておらず、管狐が集めた情報をうっすら理解できる事を、勘が良いとして感じている様だ。
そして特筆すべき点は、弥生の『管狐』が自分の主と意思の疎通が取れず。指示もされない事から自由に動き始め、自ら主の為に勝手に働こうとしている点だった。
『管狐』は3匹居り、それぞれが主の周囲を飛び回り警戒にあたり、勝手に他者の心を読み危険や将来起こり得る未来を主に伝えているのだが、彼らも日々成長しておりその感知範囲や索敵能力も進化してきていた。
今回、弥生が職を求めている事を知った『管狐』達は弥生の為になる働き口を探して飛び回り、このアマツキツネ事務所にたどり着いたのであった。
ここで『管狐』の存在を感知し、その主の存在を理解した義経と政光は本来求人を募る予定など無かったのだが、急遽弥生を迎えるべく準備に追われていたのである。
義経がパソコンを操りエクセルを使って急遽求人のポスターを作っている間に、政光は別のパソコンでこの辺りの求人の給与などの条件を集め、弥生が絶対納得する労働条件を提示したのだった。
「彼女、何かの切っ掛けで『管狐』の存在を認識して『管狐使い』の自覚をしたら、歴史に残る『管狐使い』になるかもしれないな。」
「そうですね。彼ら、通常の『管狐』ではあり得ない位しっかりした自我を持ってますからね。将来が楽しみですねぇ。」
義経は嬉しそうにそう語った後、更に続けた。
「・・・そして何より五月さんの教育を女性にお任せ出来るのも大きいですよね。」
「ああ、我々もヒトの姿の女性になど興味は無いが、お互いにヒトの姿をとっている以上は四六時中目を離さずに寝起きも一緒というわけにはいかないしね。」
その政光のセリフに義経が考え込みながら言う。
「しかし五月さんってどこの出身なんでしょうね?もうニホンオオカミはとっくの昔に絶滅してしまっているし、彼女の本来の姿の大きさのオオカミなど外国にも居ないと思うんですが?」
「うん、主上はご存じの様だが、気にせぬ様にと言われているし考えない事だ。」
政光のセリフに、『まぁ、詮索しても仕方ないですね。』と義経が受ける。
「さて私は定食屋さんに社員食堂として利用する条件を詰めてきますね。」
そう言って義経は定食屋へと向かっていった。
弥生を迎え入れる準備を明日までに終わらせなければならない、時間は限られているのだ、しかし義経は明日が待ち遠しくもあった。




