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特定非営利活動法人 アマツキツネ 「ルナティックハウンド」  作者: 涼城 鈴那
信楽 弥生

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「般若心経」


「はい、五月さんあとは流したら湯船に入って良いですよ。」

五月の背中を流し終えた弥生は、五月に湯船に入る許可を出した。そして今度は自分の身体を洗う番だ、つい2時間ほど前にも温泉に入ったばかりで汗もかいていない。

しかし、身体を流すのは温泉に入る為のエチケットでもある。


「んー?なんでお風呂入る度に洗わなきゃいけないの?」

「そういう決まりですし、それがマナーってものなんです。」


殺生石園地での騒動から一夜明けて、一行は那須温泉の宿に逗留していた。深夜にチェックインし泥の様に眠ったあと、早朝から温泉に入り朝食を取った後も温泉を楽しんだ後、弥生と五月は昼前に再び露店風呂に入った所だった。


基本風呂好きな五月は今まで部屋のユニットバスでも満足していたのだが、初めて温泉宿の広い露天風呂に入った時は軽いカルチャーショックを受けた様だった。


マンションの風呂では長身の五月は膝を抱えて湯船に漬かるのが常だが、ここの露天風呂では身体を伸ばせるどころではない。「浮力効果」で体を温泉に委ね、全身の筋肉を弛緩させることで緊張をほぐすリラックス効果が病みつきになっていた。


「気持ちいい・・・、部屋のお風呂もこれだけ広かったら良いのに・・・・。」

「流石に部屋のお風呂は変えられませんけど、事務所から車で15分位の所にスーパー銭湯がありますから、今度行きましょうか?」


『そんなのがあるならもっと早く言ってー』半分夢見心地でそう言う五月の髪が午前中の日の光を受けてキラキラと銀色に輝いて見えた。というより、金色だった五月の髪の毛は実際に銀色になっていた。



騒動後に温泉宿に付き明るい照明の下で、初めて髪の色の変化に気付いた皆が驚いたのだが、当の本人は全く気にもしていない様子だった。


「五月さん、髪の色が銀色になってませんか?」

「んー?そう?」


髪の変化を指摘されたのにその反応は希薄だった。服を裏表逆に来ていた方がまだ反応があるのではないかと思える位に五月は全く気になどしていない。おそらく「九尾の白狐」が憑依した事で変化したのだろうが、本人にその記憶は残っていなかった。


憑依が解けて我に返った五月は折れた「炎帝朱雀」の柄を見て、神から預かった神剣を折ってしまった事に絶望してその場に崩れ落ちた。玉藻前の業を絶つために主上様自らがそうされたのだと何度も説明してやっと元の五月に戻ったのだった。


「そうか。紅月様がこの剣を御作りになったのはこの為だったのか。」


五月が温泉でリラックス出来ているのは、この絶望からの反動も大きい様だ。

弥生も五月同様に様々な問題が一晩で片付いた為、ゆっくりと温泉を楽しんでいる。


「所長、何日か前からここの温泉宿の予約してたそうですよ。」

「んー、それがどうしたの?」

五月は弥生の説明の意味が良く分からず問い返した。


「玉藻前の問題を片付けた後に温泉を楽しむ予定だったなんて、此処に来るまでは悲壮感を感じてたのに、案外余裕が有ったんだなって思ったんです。」

「あー。政光には最初から勝ち筋が見えてたのかぁ。」


流石に長生きしてるだけはあるねぇ、と五月の政光に対する評価が少し上がった。

それでも一番上り幅が大きかったのはこの温泉宿を手配した事実だったが。


────────────────────


一方男湯では義経と政光が未だ体に残る疲労感を取る為に熱めの温泉にその身を委ねていた。空外少年と彩音は長風呂に飽きて、二人で散策に出かけている。


「温泉も嬉野温泉以来ですね、と言ってもまだ3か月位しか経っていませんが。」

「本当に・・・命拾いの後の温泉は格別だよねぇ。」

義経の言葉を受け、政光は両手で湯を掬い自らの顔を洗う様にし、しみじみと言う。


「命拾い、ですか?数日前から宿を予約しているって言うから、今回の件はかなり余裕なんだと思ってましたよ?」

「逆逆、今回ばかりは生きて帰れる保証は無かったからね。『必ず玉藻前を倒して温泉に入るんだ。』って心に誓って自分を奮い立てせていたんだよ。」

『何しろ前世では一回死んだ位だし。』と今でこそ笑い話として政光は言う。


「・・・それって、世間一般では死亡フラグって言われてるんですよ?」

呆れる義経に政光は笑って言う。


「まぁ、僕が死んでも主上様が何とかして下さると思えば、あとの事は考えずに全力で当たる事が出来たんだ。今回は五月君も居たしね。勝つ見込みはあったさ。」

「私も居た事忘れないで下さいよ?あ、与一さんの矢はどうなるんでしょう?」

義経は今更ながら思い出した「与一の矢」の行方が気になって政光に聞いた。


「うん、殺生石園地周辺は火山ガス噴出という建前で立ち入り禁止が敷かれてるよ。で、一般の人が入れない間にあの辺りの修復作業に入ってるから、その時に回収してもらう事になってるんだ。」


「修復作業」の言葉に義経は五月が砲弾代わりに投げまくった地蔵仏の数と損傷具合にようやく思い至り、温泉に浸かりながらも背筋が冷たくなるのを感じた。


────────────────────


一方その頃、彩音は空外少年と一緒に温泉街の周辺を散策していた。


『何で大人はあんなに温泉が好きなんだろう?みんな3回は入ってるよな?』


政光の予定では昼食をとったあと更に少し休憩した後、事務所に戻ると言う。

それまで大人組は気が済むまで温泉を楽しむらしい。彩音は一度入れば十分だったので、温泉に飽きた空外少年と一緒に散策へ出かけたのだった。


当てもなく空外少年の行きたい方向へ、ぶらぶら散策しているつもりだったが、気付けば殺生石園地の方向へと歩いており、立ち入り禁止の表示のある駐車場までたどり着いていた。火山ガスの噴出量が多い為となっているが匂いは昨日と変わらない。


此処から見ると千体地蔵の周辺や殺生石の辺りに人が大勢固まっているのが見えるが、其処で何をしているのかまでは判別できない。そこで彩音は『管狐』を飛ばしてその様子を探ると、昨日自分達が散々荒らした現場を修復しているのが解った。


『ああ、政光さんが修復を手配したんだな。皆さん、ご迷惑かけてすいません。』


彩音が心の中で作業に当たる人々に詫びていたところ、その周辺の人々が気づかない程度に異変が起こっているのが見て取れた。地蔵仏の周辺や木道の周囲など、そこら中に鎧武者の姿が湧き出てきたのである、もちろんそれは常人には見えない。

彩音の「管狐」を通しているからこそ見える現象だった。


そして武者たちは彩音達を認識出来るのか、こちらに向かって手を合わせて一礼した後に次々に天に向かって吸い込まれるようにして一人、また一人と消えていった。


そこで彩音が気付いた、傍らの空外少年がその小さな手を合わせ何やら念仏のような物を唱えている事に。空外少年は未だ7歳でまず知り得ないであろう「般若心経」を口にしていたのだ。玄翁和尚の曹洞宗が中心に唱える経を・・・。


その空外少年の唱える「般若心経」に寄って、900年間に渡りこの地で妖狐の復活を阻止せんという思いで残り続けていた武者たちの魂が成仏しているのだ。


『・・・・これで本当に全てが終わったんだ。』


彩音はそう確信し、最後の一人が成仏する瞬間まで自らの手を合わせ続けていた。




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