『天ツ狗』(アマツキツネ)
皆の耳目が集まる中、五月が振り返り政光と義経に言葉を掛けた。
「ご苦労であったな、其の方ら。よくぞ弥生を護り通した。其の方らのお陰で『玉藻前』にようやく引導が渡せそうじゃ、」
普段の五月とはかけ離れたその口調と声音に、政光も義経も声の主に思い至った。
「主上様!?主上様で御座いますか?」
「主上様!五月さんの身体に降臨なさるとは、一体!?」
2人は驚愕した、彼らの最高神「九尾の狐」紅月が五月の身体を借りてこの場に降臨したのだった。何故このような場所へ?
「藻女よ、此度復活すれば多少は改心するかと期待して居ったが、浮世の業は尽きぬ様じゃな、やはりその業、我が除いてやらねばならぬ様じゃ。」
最高神の玉藻前に対する言葉を聞き逃すまいと、この場の全員が固唾を飲んで待つ。
「狐は千年修行する度に尾が増えると言われて居るが修行の内容次第でその期間は永くも短くもなるのじゃ。二尾の貴様は2000年程度の修行で堕落し、その力を我が儘に振う事におぼれた様じゃが、なんと心の弱い愚か者であろうか。」
「我は数千年の修行の後「九尾」と成り、更に修行して『神白』の身体と成ったが、それでもまだまだ修行が足りぬ。更に徳を積まねば『狐竜』には成れぬ。」
政光と義経はその内容に息をのむ。数千年修行してもまだ足りぬと神が仰っている。
それに比べれば我々はまだ赤子に等しい。玉藻前でも未だに童程度であろう。
「我は修行の後に『狐竜』となりて天に昇り「天ツ狗」(流れ星)として宙を駆け、やがて龍へと変化する者なり。ここに居る3名もやがては我に続くべき「天ツ狗」と成る者達である。」
政光と義経は「九尾の狐」の言葉にすでに声も出ない。それ程までに我が身が期待されていようとは全く思いもよらなかったし、その期待の大きさとこれからの長い道のりに体が震えるのを止められなかった。
「貴様も本来は「天ツ狗」と成る者であったはずだが、貴様は聊か悪巫山戯が過ぎた様じゃ、優れた妖力が有りながらその深すぎる業が足枷となって「天ツ狗」への転生は最早叶うまい。」
そう言って五月の身体を借りた「九尾」はその手に自らが発注し制作させた最強の神剣、「炎帝朱雀」を鞘から抜きその刃を確かめた。刃毀れなど一切ない刀身が星明りを受けて妖しく神々しく輝く。
「我は以前、誤って一人の乳母を殺めてしまった事がある。その罪を贖う為にその乳母の姿に変化し二十余年の月日を人助けに費やす事でその罪を贖う事が出来た。」
「しかし、戯れに人々をその手に掛けた貴様はどうであるか?その罪を贖うのに一体どれ程の月日が必要であろうか?おそらく未来永劫その罪は消えぬであろう。」
「よって、これより貴様の業をこの神剣にて断ち切る。妖力はそのままに「野狐」から、いや人に使役される「管狐」として、一からその生をやり直すが良い。」
五月はそう言って殺生石の前で上段突構えに構えると、そのまま断面の狐耳の女性のシルエットの胸部分に向け、一息にその刃を滑らせた。「炎帝朱雀」はあっさりと鍔元まで刃が殺生石へと潜り込み、その柄は岩から生えている様に見えた。
「ふっ!」
更に五月は身体を回転させ回し蹴りをその柄に叩きこむと、柄はあっさりとへし折れて刀身が完全に岩と一体化し、引き抜く事など不可能となった。その「炎帝朱雀」の刀身に押し出されるように、殺生石の断面から三つの小さな白い光が飛び出したかと思うと、それは大地に落ちるや小さな「管狐」の姿を取った。
「あ・・・小さな「管狐」が・・・生まれた?」
弥生はその新しい生命の誕生の光景に思わず声を上げた。その言葉に彩音と政光、義経が思わず顔を見合わせた。弥生が「管狐」に反応している?
「姉さん、あの「管狐」が解るの?」
「ええ。小さくて可愛らしい子が3匹生まれているわ。」
弥生はそう言うと、殺生石の元へ駆け寄り、生まれたばかりの「管狐」に優しく掌を差し出した。3匹は差し出されたその掌に自分から乗ると、母親に甘える赤子の様に手の中で小さく丸くなり弥生を見上げる。
「3匹の新しい「管狐」か。多分、華陽、褒姒、若藻、の転生なんだろうね。」
玉藻前の『器』の身体を持つ弥生と、玉藻前の精神が転生した「管狐」、これ程相性の良い関係もあるまい。弥生が今まで他の「管狐」を認識できなかったのは、この3匹を一番最初の「管狐」に迎え入れる為だったのかもしれない。
「・・・あ、金色の「管狐」・・・そうか、今まで傍に居て守って呉れてたんだね。」
弥生は今まで認識出来ていなかった「オサキ」の存在まで認識出来るようになった様だ。それを見て政光と義経は思わず小さく唸った。
「・・・玉藻前の『器』と、『管狐』に九尾由来の「オサキ」を使役するとは。」
「弥生さんすっかり覚醒したみたいですね。とんでもない方向に・・・」
3匹の「オサキ」は生まれたばかりの「管狐」に寄り添い、その生まれたばかりの生命を祝福し、新たな仲間へと迎え入れようと弥生の掌を優しく包んでいた。
天空では、新しい生命の誕生を祝うかのように一つの星が流れて行った。




