『アマツキツネ』
温泉を堪能しすっかり疲れの取れた一行は、弥生のトゥデイと政光のクラウンクロスオーバーの二台の車に分乗して、アマツキツネ事務所への帰路に就いた。
完全に危険の去った帰り道でもあり、五月がゆっくり寝たいと言った為、政光のクラウンクロスオーバーの助手席に義経、後部座席に五月が乗り、弥生のトゥデイの助手席に彩音、後部座席に空外少年が乗っていた。
那須温泉地から那須街道を南下して、那須インターチェンジへと向かう道すがら、政光はステアリングを握りながら車窓を流れる風景を見て呟く。
「信号は少なくてゆっくり走れるし、いかにも観光地って感じで良い所だねぇ、旅行気分で新幹線で移動するのも良かったかなぁ。」
「何言ってるんですか、万一の時は弥生さんをあの軽で逃がす為に車必須の作戦だったでしょう?あの軽に弥生さんが乗ればこの世に追い付ける者は居ないって。」
義経は前方を走るグリーンの軽を眺めつつ言った。後ろから見る限り普通の買い物車にしか見えない車体だが、前オーナーが気負いを入れてチューンした車であり、軽い車体を伴って滅茶苦茶に早い。しかも長い月日を経る事で「九十九神」化している。
この「九十九神」トゥデイは弥生の事を自分のポテンシャルを限界以上引き出してくれる唯一無二の主人だと認識しているし、何なら運転サポートまでこなす化け物、というか文字通り「妖怪」だ。後ろから見ていても加減速に全く無駄は無いし、流れるようなその走りは芸術の域にまで達しているだろう。
「僕のクラウンより走りが滑らかに見えるよね、幾らクラウンとは言え長距離走るの結構つらい物があるんだけど、彼女それが全くないって言うんだから驚きだね。」
「今回、弥生さん覚醒しちゃいましたからね、さらに磨きが掛かったと言うか・・・。それにしても、弥生さんの覚醒と玉藻前の転生の件、主上様は全てお見通しだったんでしょうか?」
義綱は今回解決を見た玉藻前の騒動、何処までが「九尾の狐」の計画に入っていたのだろうかと、政光に問うてみた。
「そうだね、『アマツキツネ』自体が玉藻前の手から弥生君を護る為に造られたものかも?とは以前行った事があったけど、もしかしたら違うのかも知れない。」
「違う?今の所全ての事件は弥生さんが『器』として生まれた事が発端として起きてますよ?対殺生石用に玄翁和尚が転生したのも全て主上様の思し召しとしか考えられませんが?」
義経は玉藻前調伏の目的のために「アマツキツネ」が設立されたのだと思っていた。
そしてその狙い通りに『器』たる弥生は守られ、玉藻前はその力を失い「管狐」へと転生した、この時点で「アマツキツネ」は存在意義を失うのでは?と考えている。
「うーん、ここで一旦『アマツキツネ』としての活動は終わるのかも知れないって事か。僕はむしろ反対にここからが本番だと思っているよ。」
「ここから、ですか?」
「主上様が仰っていただろう?主上様でも空の流星『天ツ狗』になるにはまだ修業が足りない、って。そして僕達も主上様に続き『天ツ狗』を目指すものだって。」
「ええ。確かにそう仰られておられましたね。」
政光の言葉に義経は昨夜の「九尾」のが言っていた言葉を思い出す。
「僕らはまだまだ修行が足りない道半ばの者だ。ましてや転生したばかりの玉藻前はようやくスタート地点に立ったばかりの状態だ。僕らが人を助け徳を積む事によって『天ツ狗』となる為の修行の場、それが主上様が用意して下さった『アマツキツネ』なんだと僕は気付いたんだ。」
「修行の場・・・なるほど、それが『アマツキツネ』なんですね?」
「そうさ、僕達が困っている人を助けて徳を積むのにこれほど適した場所もそうそうないよ、なんていったって困ってる人が向こうから助けてくれって言って来るんだからね、僕たちはそれを全力で手助けする、ここからが本番なんだ。」
「そうか・・・そうですね、僕らの修行はここから本番ですね。」
義経は政光の言葉に得心が行って大きく頷いた、そうだここからなんだ、と。
義経と政光の会話で「アマツキツネ」の将来に展望が開けた丁度その頃、那須インターチェンジに着いた2台の車は東北自動車道に乗った。
平日の昼間の高速道路は車の数も多くなく、「アマツキツネ」への帰路は順調に進んでいる。弥生の「九十九神」トゥデイは追い越し車線を順調に加速していき、政光のクラウンもその大柄なボディを滑らかに加速させていた。
「いやぁ。弥生君の軽凄く滑らかだよねぇ、とても軽とは思えないよ。」
「あの軽、案外乗り心地も悪くないんですよね、飛ばしても安心感があると言うか・・・。」
快晴の空の下、二台の車は東北自動車道を巡行していく。大仕事をやり遂げた高揚感が快晴の天候と重なり、普段よりもアクセルを踏む量は多くなってしまう。
「・・・あれ?弥生君めちゃ飛ばすなぁ、追いつくのに精いっぱいだよ?」
「あ、あの『九十九神』、弥生さんが覚醒したのを良い事に限界まで飛ばす気でいますよ!」
「マジか!?140㎞/h出てるんだけど!?まだ飛ばすつもりか!?」
「あ!彩音君から助けを求める『管狐』が!?あ!彩音君失神した!?」
「ちょっと!こんなに飛ばして事故らない!?大丈夫なのかな!?」
「弥生さんの『オサキ』と『九十九神』が絶対に事故らせません、むしろ・・・」
「むしろこっちの方が危ないか!?主上様どうかご加護を・・・」
「ちょっと!政光さんいきなり神頼みしないで下さいよ!あ、オービス光った!?」
「え?オービス光った!?ヤバい!60㎞オーバー!?一発免停だよね!?」
「知り合いの警察関係者になんとかしてもらいましょう!それより前見て!前!」
「ここって管轄外なんだよなぁ。何とかなるかなぁ?」
男二人が騒ぐ社内の後部座席では、温泉ですっかりリラックスできた五月が爆睡したいた、銀髪に変化した彼女だが内面は全く変わっていない。『天ツ狗』を目指すなど特に何も考えておらず、彼女は食べたいものを食べたいときに食べたい量だけ食べ、他人を困らせる奴を拳で解らせるだけである。
一方前方を軽快に走る軽自動車の弥生は、助手席の彩音が寝ているのに気付く。
「あれ?彩音君寝ちゃった?そうよね、疲れてるもんね、彩音君載せてるからちょっと遠慮してたけど、思い切ってもう少しスピード出してみようかな。」
そう言うと今までしていた遠慮を捨て去り、一気にアクセルを床まで踏み込んだ。
─── 特定非営利活動法人 アマツキツネ 「ルナティックハウンド」 完




