殺生石の由来
「・・・奴を逃がしてしまったか、すまん僕が不甲斐ないばかりに。」
「政光さん、首を落としても死なないなんて・・・仕方ないですよ。」
一番悔しい思いをしているはずの政光が詫びる姿に、義経は妖狐の生命力が想定外だったと慰めにもならない事を言うしかなかった。不甲斐ないのは自分もそうなのだ。
「でも、妖狐が元通りに復活するまで相当時間かかるんですよね?」
弥生の問いに政光は少し考える。妖狐が消滅した後に復活したのは華陽だけだった。
その華陽も復活後に即逃走している、元の華陽の力があれば手負いの自分達など赤子の手をひねる様な物だろう。今の奴は元の力をほとんど失っているはずだ。
「多分、完全復活は何十年とか百年単位で係るだろうね。力の有る者を喰らえばその分時間が短縮されるだろうが・・・。」
かなり体力が回復した政光が立ち上がりながら、身体を動かし異常が無いか確認している。足に痺れが残っており「オサキ」が回復の為に足に纏わりついていた。
五月も疲労はあるがすでに負傷や麻痺は完全に回復していた。
「とりあえず、戻って対策を講じなければなりませんね・・・。」
「・・・・彩音君!?」
義経の言葉を遮るように弥生が叫んだ。
弥生の視線の先に温泉神社へ向かう道からこちらへ、肩を抑えた彩音がよろけつつ向かってきているのが見えた。一緒に居るはずの空外少年の姿が見えない。
「彩音君!そら君はどうしたの!?」
ケガをしている様子の彩音に只ならぬものを感じた弥生は彩音に向かって駆け出す。
何とか歩いていたが、鳥居を超えた所で彩音が崩れる様に両膝を大地に付いた。
「姉さん、そら君が奴に攫われた・・・ごめん。」
苦しそうに肩を抑え俯く彩音を治療しなければ、しかし「オサキ」は今政光の治療の為に殺生石の所に居り弥生の周囲には居なかった。彩音までの距離があと5m程となった時、彩音が不意に顔を上げ不敵に嗤った。
「・・・遂に『器』が我が手に、ようこそ我の半身よ!」
彩音の言葉が終わらぬうちに、彩音の姿は美しい少女の姿に変化した、華陽へと。
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華陽は彩音の姿から元へ戻ると、弥生に飛び掛かりつつ周囲を確認した。
数歩踏み出せば手の届く場所に『器』が居り、その遥か後方には政光とかいう猟犬と邪魔だった「オサキ」が、その傍らでは弓使いの男が何やら印を結んでいるが今更どんな術を使おうと間に合うまい。付近に『狼』の姿は見えないがまあ良い、『器』を取り込む邪魔さえしなければ何処にいようが関係ない。
振り返る弥生の背後から勝利を確信して飛び掛かる華陽、その眼前で弥生は振り返った勢いのままさらにこちらへ振り向きつつ、その右拳を華陽の顔面に撃ち込んだ。
「!?がっ・・・何、だと!?」
凄まじい力で大地に叩き付けられた華陽は何が起こったか一瞬理解できなかったが、さらに弥生の追い打ちの左の蹴りがその身を襲い、まともに腹に喰らって山肌に叩き付けられる。『・・・なんだ、これは!?』
華陽の目の前で仁王立ちする弥生の姿が、一瞬揺れて金髪長身のモデル体型の美女へと変化した。更に五月に右拳を叩き付けられて華陽はようやく悟った。
『あの弓使い、術を使って私に幻を見せていたのか!?』
何故、この変化が見破られた!?華陽は混乱した。変化の術に間違いはなかったはずだ。あの少年の姿形は完璧に真似できていたはず。どうして見破られた!?
義経は神社へ彩音達を送り出した時から、彩音の「管狐」を通じて彼から状況の連絡を受けていたのだった。何か異変があれば即義経が対応出来るようにと。
その彩音から「襲撃を受けた。」等の連絡が無い為、突然現れた彩音を華陽の変化だと看破して、逆に華陽に五月を弥生と見間違うよう術を掛けたのだった。
「彩音君、もう大丈夫ですよ、そら君も一緒にこっちに来てください。」
義経は連絡役の「管狐」に彩音への伝言を伝えた、間もなく合流できるだろう。
五月は力を使い果たした華陽を腕を捻じり上げ確保すると、義経達の居る殺生石広場へと走り出した。『放せ!猟犬どもめが!私を如何するつもりだ!?』
「五月さん!妖狐をそのまま殺生石へ放り込んで下さい!封印します!」
封印すると聞いて暴れ出した華陽に構わず、五月は殺生石の前に行き、割れたその断面に華陽を叩き付けたが、どういう理屈か何の抵抗も無く華陽は断面へと吸い込まれるように中へと消えてしまった。断面が風に揺れる水面の様になり収まった。
その断面には『狐の耳を持った女性』のシルエットのような染みが浮かび上がった。
それは、殺生石に封印された華陽の無念そうな姿を現している様に見えた。
「よし、この注連縄を掛けて取敢えずの封印としましょう。」
義経は落ちていた注連縄を改めて殺生石へと掛け直す、それを見て弥生が質問した。
「あの、妖狐って封印は出来ても、『死』・・・滅ぼすことは出来ないんですか?」
弥生の問いに政光が応える。
「2000年から生きている妖だと、そう簡単に滅びる物じゃないんだよ。強いて言えば己の悪行を悔いて心を改めれば『良い存在』に転生して、それまでの悪しき存在が消える。それが『滅ぶ』と言う事になるかな。」
此奴も悪行を悔いればいいけれど、長い間に蓄積された業はそうそう簡単に無くなるモノじゃないよ、900年経っても改善されなかったんだから。と言う。
「そうなんですね、妖狐も早く改心して生まれ変われると良いですね。」
弥生が妖狐の改心、生まれ変わりを願い、そう口にした時、殺生石から声がした。
『・・・愚か者、積み重ねた業はそう簡単に消える物ではないわ。』
殺生石の中の華陽の声だった、改心するという気はさらさらない様子だ。
「しかし、あなた、これだけ力を失えばどうする事も出来ないでしょう?」
義経の問いかけに鼻で笑った華陽は言う、まだ終わっては居ないぞ、と。
『「器」さえ手に入れば、実体さえ取り戻す事が出来れば・・・。』
「だから、もうそれが出来ないでしょう、諦めて下さいよ。」
『ふん、』と義経の言葉を受け流して、華陽は叫んだ。
『・・・・殺生石の名の由来、貴様らに思い知らせて呉れよう!』
『っ!?』
『ぐっ!?』
『きゃ!?』
『・・・くっ!』
華陽が言った途端に殺生石の周囲に「毒気」が噴出し、その毒気に当てられた義経、政光、弥生、それに五月までがその場に崩れ落ちた。
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『殺生石』の名の由来。
九尾の狐は死後に巨大な毒石に変化し、近づく人間や動物等の命を奪う「毒気」を出すようになった。そのため村人はこの毒石を「殺生石」と名付けた。
殺生石は周辺の村人たちを恐れさせた。鎮魂のためにやって来た数多くの高僧ですら、その毒気に次々と命を奪われたが、南北朝時代にこの地を訪れた「玄翁和尚」が殺生石を破壊し以降、毒気が収まったとされている。
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義経から連絡を受け、眠ったままの空外少年を抱えたまま神社の鳥居を潜り、殺生石広場へたどり着く直前の彩音が見たものは、殺生石の周囲に倒れもがき苦しむ、弥生、五月、政光、義経の姿、それと火山性ガスの強烈な臭気だった。




