臨死
脇腹に刺さる鏑矢に「光の矢」を封じられ、身体の動きも抑えられた妖狐。
「『光の矢』が出せない!?今だ!」
政光が刀を上段に構えたまま、妖狐に突進する妖狐は脇腹を庇いつつ岩から岩へと跳び、政光から距離をとるが動きに先ほどまでの切れは無い。隙あらば刺さった矢を抜こうとするが政光が距離を詰めそれを許さない。
「藻女!覚悟し・・・ろぉ!!?」
政光のすぐ脇を地蔵が唸りを立てて妖狐へ飛ぶ、五月の地蔵弾が妖狐に避けられて山肌で砕ける。さすがに連投疲れが出たのか地蔵に今までの勢いは無かった。
五月の動きにも今までの切れが失われて来ていた、長い時間は持ちそうにない。
「五月君!もう少しの辛抱だ!一気に行くぞ!」
政光が追いすがる途中、妖狐は隙を見て鏑矢を何とか引き抜いた。「光の矢」はまだ出せない、が、動きは徐々に元に戻りつつあった。力を押さえていた矢は抜いたのだ、「光の矢」もしばらく経てば出せよう。義経はそれを見て内心焦る。
「この征矢が最後の一本、外せない。」
与一の征矢を弓に番え、妖狐を狙うもこちらの矢を警戒する妖狐は、今までに無く動きが激しくなる、外せないプレッシャーに押しつぶされそうになるが、先程の矢が手元から離れる際に僅かなタイムラグがあった事を思い出す。
『おそらく、鏑矢自体が当たる為のタイミングで飛んだに違いない。』
この妖狐との戦いに神仏が力をお貸し下さっているのだと確信する、義経は弓を弾き絞り妖狐へと狙いを付ける、そして心の中でもう一度同じく祈願する。
「南無八幡大菩薩、別して吾が国の神明、日光権現宇都宮、那須温泉大明神、願わくはあの妖狐の身体射させてたばせ給え」
狙いを付けられている事を察した妖狐の動きが更に大きくなる、政光の攻撃を避けるよりも矢から逃れる事を優先しているのは明らかだった。
屋島の戦いで与一が射抜いた扇との距離は70m程だったという。ここから妖狐までは約50m、扇よりは近いとはいえ相手は動いているのだ、与一でも当てる事が出来るのか?与一以上の腕前が必要なのではないか?義経がそう考えた時。
義経の身体に寄り添うように人の気配がし、その気配が義経と重なった。
其の途端に義経は自分の身体が、自分の意志から切り離された錯覚に陥り、はるか先の妖狐の動きが緩やかになって行くのが見えた・・・様な気がした。
身体が勝手に動くのに任せ義経は、「会」から「離れ」、弦から指を放す。
わずかに遅れて矢が弦から離れ妖狐の元へと一息に飛んだ。
『来た!先程は不意を突かれたが、此度はそうはいかん!』
妖狐は警戒していた鳥居の男の放った矢が一直線に飛んでくるのを確認した。
軌道を計ると正確に喉元を狙って飛んでくるのが解った、妖狐は大きく跳躍しその矢の軌道から余裕を持ってその身を逸らす。
しかし直前で矢は大きく弧を描き、避けたはずの妖狐の喉元目掛け突き刺さった。
「がっ!?あぁぁぁああぁぁぁぁぁぁ!?」
信じられぬ物を見る目で首に突き刺さった矢を見る妖狐に900年前の悪夢が蘇る。
当時もこの地で追い詰められ、三浦介の放った2本の矢が脇腹と喉元に刺さったのだった。その後に上総介の刀で斬られ絶命し、この地で殺生石へと変化したのだ。
「あの時と同じ!?馬鹿な!?」
妖狐は空中でバランスを崩し、岩場に着地するも足に力が入らずに無様に倒れる。
引き抜いた鏑矢は妖力を抑える効果があったようだが、喉元に刺さったこの矢は体の力が抜けた様になり身体が石のように重く感じる、まさか再び石へと変化しようとするのでは、という恐怖を妖狐が感じていると、政光と五月が刀を手に向かって来る。
更には矢を使い果たした義経までもが、刀を手に此方へ駆けてくるのが見える。
彼の男の刀は不味い、政光とこの女の刀は何とか躱せても、奴が一番の手練れ、この身に傷を付けられるのは奴かも知れん。
『しかし刀は鈍らの様だ、妖力が回復するまでの時を稼がねば。』
追い詰められた当時も上総介のような剛の者が鍛え上げられた業物で幾度も斬り付け、やっとこの身体に傷を入れることが出来たのだ。妖狐は力を振り絞り虚空に向かって一声吠えた。その声に叩き起こされたように大地に倒れていた死兵が動く。
死兵は体が損壊していようが構わず主の盾と成るべく政光と五月に襲い掛かる。
よろめきつつも間に死兵を置くように政光達から距離を取る妖狐、ようやく「光の矢」が放てる程に妖力が回復しつつあるが、気取られてはならぬ。
追う政光と五月も疲労が蓄積している為か、20体程の死兵をようやく躱し、排除し死兵の囲みを破り妖狐に迫る。義経もこちらへ駆け寄ろうとするが、五月達に躱された死兵達がわらわらと襲い掛かり、孤立する。
政光と五月に追われる妖狐は体力の限界を感じ、息も荒く大地に横たわる。その姿を好機と見た政光が刀を振り被り妖狐に迫った。
「千葉介様と仲間達の無念を晴らす!覚悟しろ!藻女!」
「無念だと?・・・愚か者が!」
その瞬間、政光と妖狐の間に「光の矢」が降り注ぎその内の一筋が政光を直撃する。
「!?っっ・・・・がっ!?」
「マサミツ!」
少し遅れて妖狐に迫っていた五月が政光の名を叫ぶ、政光は倒れながらも視線は五月に向けその意志を伝える。・・・自分に構うな!
『妖狐を討て!』
「まず一人!次は貴様だ!『狼』め!」
妖狐が勝利を確信し、駆け寄る五月へ政光同様に「光の矢」を一気に放つ。
次々と頭上から落下してくる「光の矢」を五月は辛うじて躱していく。前へ、左右へ、妖狐から距離を取る事も厭わず、確実に躱していき、それを見た妖狐も吠える。
「何故!?これが避けられる!?」
五月が後方へ下がった再、足元に倒れていた死兵がその足首を掴もうとし、五月のバランスが大きく崩れた。『!?』思わず後方に転がり、その際左肩を岩に打ち付け負傷してしまう。右手に刀を持っていては肩を抑える事も出来ない。流れる赤い血もそのままに構わず五月は立ち上がる。
妖狐はその隙を逃さず、一斉に「光の矢」を五月目掛け放つ、
「いい加減くたばるが良い!」
10本以上の「光の矢」を掻い潜り、五月は右手の「炎帝朱雀」を振り、妖狐との距離を詰めるべく一か八か一気に10数mを跳んで妖狐の頭上を取った
その高度約5m、真下に妖狐の姿を見る。この位置なら妖狐自身にも被害が及ぶ「光の矢」は撃てまい。あとは落下してこの刃を叩き付ければ・・・勝てる!
「愚か者が!その程度の覚悟が無いと思うてか!?」
妖狐が叫び直上の五月目掛け、自分の身に被害が及ぶのも構わず「光の矢」を一斉に放った。一度に10本以上の「光の矢」が降りそそぎ、五月と妖狐を共に撃つ。
「!ぐっ・・・・・がっ!」
「・・・くたばれ!!・・・狼!!」
五月は其の身に「光の矢」を受け一息に意識が飛んだ。
新月時の五月の身体はその電撃に耐えきれず、筋肉はマヒし、心臓が完全に停止し、生命活動すらも全てが停止した。




