与一の矢
『・・・矢を使い果たしてしまった、私も行くしかないか!?』
最後の矢を妖狐に躱されてしまった義経は焦る。弓の援護でなんとか均衡を保っていた戦場だったが、新月で本領が発揮できず刀の扱いも不得手で攻撃力が見劣りする五月に的を絞り、均衡を破らんとする妖狐。
しかし五月は次々に落下する「光の矢」を最小限の動きで悉く躱す。妖狐の直接攻撃も躱し続ける。がそれも何時まで躱せるか?義経が刀を手に五月の援護に向かったとしても、とても五月の様に「光の矢」を躱し続ける自信はない。下手をすれば一撃で倒され、妖狐に吸収されて彼我の戦力差が覆せない物になってしまう。
もしかしたら妖狐は自分が移動した瞬間を狙っている可能性もある。五月を甚振る事で義経をおびき寄せ、「光の矢」で一撃を加える。それが真の目的なのではないか?
妖狐にとっては誰か一人喰らいさえすれば圧倒的有利となるのだ。
義経は鳥居の下から動けずにいた。
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戦場から離れた温泉神社の境内で、空外少年と共に彩音に守られていた弥生は自分を呼ぶ声がある事に気付いた。五葉松の巨木の下から声のする方を見やると。拝殿に向かう道の先に白く輝く狐の姿があった。
『此方へ来い。』と言っている様子に、弥生は思わず狐目掛けて走った。
「!?姉さん!勝手に離れたら危ない!」
「違うの!狐が!お稲荷様が力を貸してくれるって!」
「お稲荷様が!?」
彩音も空外少年と一緒に弥生の後を追う。白く輝く狐は拝殿の前へ弥生を導き、弥生の目の前で拝殿の中へと消え、すぐに拝殿の御扉が開き白狐が再びその姿を現した。
『これを使うが良い。』
弥生は狐が咥えていた物を丁寧に受け取り、それが何かを確認すると彩音と互いに顔を見合わせ力強く頷き、鳥居の義経の元へと急いだ。
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義経の視線の先では五月に「光の矢」の攻撃が続く中、政光が助け舟を出そうと妖狐に斬りかかるも、逆にその爪に左腕を割かれ負傷してしまう。
「政光さん!?」
「君は来るな!大丈夫だ!」
政光はポケットから仙薬を取り出し傷口にかけ、傷の治療に当てる。すでに仙薬も幾つか使ってしまっている、残りはそこまで無いのではないか?
ここで義経は、自分も仙薬を持っており「光の矢」を喰らっても体が動きさえすれば治療して耐える事が出来るのでは?と考え、このままじり貧になるより、3人同時に斬りかかる事で掴めるかもしれないチャンスに賭けようとした。
「義経さん!!」
その義経の賭けを思い止まらせる弥生の声が背後から掛かった。
「弥生さん!?あなた達は何時でも逃げられる場所に居なければ・・・」
「これを!お稲荷様からお預かりした物です!!」
義経の言葉を弥生は強い口調で遮りながら、お稲荷様からの預かりものを差し出す。
「これは?鏑矢、蟇目矢、征矢?・・・まさか?」
それはかつて那須野与一が那須温泉神社に奉納したとされる、三種の矢。
与一の、鏑矢、蟇目矢、征矢、だった。
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かつて「玉藻前」を討伐した、三浦、千葉、上総の三将は源頼朝を支えた有力御家人であり、同じく御家人であり当代一の弓の使い手とされる那須与一。
その領地である「那須」、この地ですぐ傍らから殺生石を見守り続けてきた「那須温泉神社」の拝殿内の神域に900年間あった、与一の矢。それは、義経がこの地で撃ち果たした20本の矢よりも遥かに強力な神気を帯びているのは明白だった。
「九尾稲荷様!お力添え感謝いたします!」
義経は弥生から3本の矢を受け取ると、「温泉神社」内の「九尾稲荷」に手を合わせ、三本の矢の内「蟇目矢」を番えた。
「蟇目矢」、矢の先端付近に位置するように空洞の部品がが取り付けられた矢で、射ると音を響かせて飛ぶ為、合戦の開始を知らせる矢として使用される。またその音を妖が嫌う性質があるとされ、邪気を払い場を清める役割があるとも言う。
『まずは場を清め、妖狐の力を押さえる!』
義経は妖狐を狙わず、戦場となった荒れ地全体を横切る様に蟇目矢を放った。
ヒュゥゥゥぅゥゥと高い音を鳴らしながら場の空気を切り裂いた矢は、この場の空気を一変させた。荒れ地が清浄な空気で満たされ、温泉地特有の硫黄の匂いすら薄まってしまったかのように、邪な者の力を一時的に押さえる効果を発揮した。
『何事じゃ!?矢が出ぬ!?』
妖狐は思った通りに『矢』が出ず、自らの身体も重くなった事に困惑した。
五月はそれを見逃さず、投擲した地蔵が妖狐の身体を掠め、体毛を引き千切る。
体毛を削られた事に激高する妖狐だったが、思う様に身体が動かず五月への攻撃を断念せざるを得なくなった。妖狐はこの原因が先程の奇妙な音の所為だと気付く。
「鳥居の男の矢か!?まだ矢が残っておるのか!?」
義経は残る矢の内、先端に雁股鏃の付いた「鏑矢」を番える。先端に二股の鏃の付いた矢だ。これは「蟇目矢」より殺傷能力がある、妖狐を討つ為当てねばならない。
「南無八幡大菩薩、別して吾が国の神明、日光権現宇都宮、那須温泉大明神、願わくはあの妖狐の身体射させてたばせ給え」
屋島の戦いでの与一の祈願の言葉を「妖狐」にアレンジして、神仏に祈る。
妖狐は新たな矢を警戒して不規則な動きで五月と政光を翻弄していた、義経は迷う。
「当たるのか?今まで以上に動きが読めない!?」
迷ううちに妖狐は徐々に動きを取り戻し、数が少ないながらも「光の矢」も再び撃ち放ち始めた、五月の投げた地蔵仏が「光の矢」に当たり砕ける。
焦る気持ちを無理やりに落ち着かせ、自分には神仏の加護があり絶対に当たるのだと己に言い聞かせ、ゆっくりと弓を弾く。妖狐の動きを心で追いながら一点を狙う。
「会」から「離れ」、弦から指を放す瞬間、妖狐が予想外の動きをした。
「!?しまった!」
すでに指を放してしまった刹那、失敗を覚悟した義経だったが矢は微動だにせず、一瞬の後遅れて岩場で跳ねる妖狐目掛け矢は奔り、その脇腹を深く抉った。
「!?がぁぁぁぁぁぁ!」
強靭な体毛と皮膚を貫き、深々と脇腹を抉った与一の矢は妖狐の行動を制限した。
大地に転がる妖狐目掛け、政光が走り刀を振るう。妖狐は後ずさりながら「光の矢」を放とうとするも、矢に力を散らされている為か不発に終わる。
「矢が出ぬ!?邪魔な弓使いめが!」
政光からの攻撃を躱す妖狐目掛け、義経は最後の矢「征矢」を構えた。




