それは人狼ではなかった
やっと腐敗槽ができた。もうすっかり夜だ。これである程度病気になる人は減るだろう。
そういえば、昔ペストが流行っていた的なことを言ってなかったかレオンさんが。
なんで1回収束したんだろうか。まぁ考えても分からないことは置いておこう。
「ワオーン」
なんとも不気味な声だオオカミとも言えないような声だ
「不気味な鳴き声だな」
「うん、これまで聞いた事のない動物の鳴き声だよ。ちょっと怖いね。」
中年で小太りの男が走ってこっちに寄ってくる。
「やっと見つけた。」
「トラッシュさんどうしたんですか?痩せる薬なら存在しないですよ。」
「たしかに欲しいがそうじゃねぇ。ある家畜小屋で犬のような人のような鳴き声がしたと思い見に行ってみると家畜達が呪われていたんだ。」
「さっきのワオーンって言う鳴き声ですか?」
「あぁそうだ。お前らも聞こえたのか」
イツキはまさかと思いながら
「案内してください。」
と真剣な眼差しで言う。
着いた場所はヤギを放牧しているところだった。
まるで何かに取り憑かれたようにヤギは、泡を吹きながら意味もなく空中を噛み付いている。
その目は明らかに理性を失っている。
鳴き声も異様だ。そこはかとなく恐怖を感じる鳴き方をしている。
他にも柵に体を擦り付け自傷行為を行うヤギがいた。
よく、ヤギを見ると犬か何かに噛まれた後がある。ここから感染したのだろう。
「こんなの見たことない」
エマは、恐怖で声が裏返っていた。
「水をください」
イツキはヤギの前に水をおく。
水を差し出した瞬間
ヤギはまるで恐怖するように後ずさる。
「やはり、僕の予想は正しかった。噛み傷、水を怖がる、攻撃性、異様な鳴き声間違いない」
何が何だか分からない様子でトラッシュさんは
「何が起こったんだ。こんな恐ろしいことは初めてだ。」
「世界で最も致死率が高いウイルス感染症。これは、狂犬病です。」
「じゃあこのヤギたちは助からないのか」
「ところでトラッシュさんこのヤギたちを噛んだ奴がどこに行ったか分かりますか」
「いや、分からねぇ。着いた時には何もいなかった。」
「早く見つけないと。この病気は人間にも感染します。もし、感染してしまうと僕でも治すことは不可能です。」
「おい……待て……これ人にも移るのか?」
トラッシュさんの顔から血の気が引いた。
「……その犬を見つけないと」
と言いイツキは森の方を見つめる。
「ところでトラッシュさんこの犬がよくいる場所は分かりますか?」
「この犬の飼い主はイグナスって言って俺の親友なんだけどそいつの場所によくいる。もしかして……」
トラッシュさんの顔がどんどん青ざめてくる
「はい、イグナスさんがまずいかもしれないです。急いで向かいましょう。」
3人は走ってイグナスさんの家に向かった。
家につくと扉は開けっ放しだった。
周りでは村人達が
「おい……あの家、大丈夫なのか……」
「そういえばさっき聞こえた鳴き声……人間のようじゃなかったか」
「まさか……狼男か」
などと遠巻きにざわついていた。
中に入ると、部屋の隅に人がいた。こちらに気づき後ろをむく。
こっちを見ているのに焦点が合わない。ずっと目が泳いでいる。
言葉は意味をなさない咆哮のような呻き声をあげている。その様はまさにオオカミのようだ。
口元からは糸を引いた唾液が絶え間なく流れ出る。
「間に合わなかったか。……ところで犬は何処にいる。」
「イ……イグナスお前昨日まで普通に……喋ってたじゃねぇか……どぉしちまったんだ」
と言いトラッシュさんは膝から崩れ落ちた。
怖くて声も出ない様子でエマは見ていた。
「もうこうなったら、助けることはできません。」
トラッシュさんは大きな声で泣く。親友を失った喪失感は、耐えられなかったのだろう。
「ひとつ提案ですがこのままでは限界まで苦しんで死ぬだけです。なので安楽死などはどうでしょう」
「安楽死って」
口を開けたのはエマだった。
「イグナスさんに毒を打ち込み苦しまないように殺すやり方です。」
「万が一に治るなんてことはないの」
「残念ですが、ほぼ不可能です。これまで狂犬病末期患者になって生還した人は指で数えれる人しかいません。」
「そんなの残酷すぎるよ」
エマが悲しそうに言う。
「やり方は、あるんだろ」
弱々しい声だが芯のある声でトラッシュさんが言ってくる。
「あるには、ありますが賭けになります。この方法を使った成功例、はほんの数例です。しかも……ほとんど奇跡に近い」
イツキの腕をつかみ
「でもその奇跡を起こすと助かるかもしれねぇんだろ、頼むやってくれ」
「無理です。」
一瞬、言葉に詰まる。
「確証のないことはやりたく有りません。」
「頼む……頼む……また一緒に笑い合いたいんだ。」
「無理です。もし仮に意識を吹き返したとしてもあなたのことを忘れているかもしれません。」
「後生の頼みだ。その治療をやってくれ、あいつなら絶対にその賭けに乗る。あいつは賭けが好きだった。だから……頼む」
部屋に重い沈黙が落ちた。
「少しでも助かる確率があるならやってあげてイツキ」
エマは真剣な眼差しで言う。
折れたようにイツキは
「死んでも……責任は取れません。それでもやると言うならやります。」
トラッシュさんは大きく頷く
「この治療は、僕の腕もだが彼の運にも掛かっていますから」
イグナスは呻き声を上げながらこちらを見ていた。




