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熊に殺され異世界に転移したので虫と薬草の知識で生きていきます 〜辺境村の薬師は怪異を医学で解く〜  作者: 猫山 緑
狼男辺

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賭けの果て

「……やるなら準備が必要です。」


低い声でイツキは言う


「何が必要なの?」


とエマが不安そうに聞く


「曼陀羅華と阿片……強い毒です。これで無理やり眠らせます。」


トラッシュさんは肩をビクリとさせた。


「眠らせるって……毒を飲ませりゃ死んでしまうぞ。」


「はい、分量を守らなければ猛毒です。でも少量であれば薬になる。」


イツキの一瞬だけ目を伏せる。


「ですが、この眠らせる過程で死ぬ可能性があります……」


部屋の空気が一気に冷える


「薬なのになんで」


「この薬はあまりに安定しないからです。」


イグナスの荒い呼吸音だけが響く


「……それを越えたとして」


イツキはゆっくりと続ける。


「次は運です。」


「運……?」


「体の中で、この病を倒す力を作るのを待つしかない」


「そんな……」


エマは言葉を失う


「そして最後」


イツキはイグナスを見る。


「眠りから覚めれるかどうかです」


沈黙が落ちる。


「……つまり」


トラッシュの声が震える。


「全部、賭けってことか?」


「はい、そうなります。」


「でも、命が助かるにはこの賭けしかないんだよね」


「はい、これが最適解です。」


イツキは頭の中を整理する。何が必要か見極めるためだ。


「エマ、乾燥した曼陀羅華と阿片、酸味の強いワインも持ってきてくれないか?」


「分かった。急いで行ってくるね」


エマは足早に屋敷へと向かう


待っている間にイグナスをベッドにしっかりと固定した。


イグナスはバタバタと藻掻いている。


「ごめん。遅くなっちゃった」


息を切らしながらエマが戻ってきた。


「いや、予想よりも早かった。ありがとうなエマ」


エマは一瞬だけ安堵したように微笑んだが、すぐに顔を引き締めた。


「それと、ひとつ忠告です。イグナスさんを眠らせたら足音ひとつたてないでください。」


イツキは顔に綺麗な布をマスクのようにつけ、小屋の窓をすべて開ける。


なぜなら、曼陀羅華の香気はそれだけで意識を朦朧とさせる猛毒だからだ。


曼陀羅華の葉を手に取り、細かい粉末状に砕く。


阿片の実に傷を付け、染み出した白い乳液を乾燥させる。


鍋に酸味の強いワインを入れ弱火にかける


阿片に含まれるアルカロイドは酸に溶ける。だから、酸味の強いワインを使う。


中に曼陀羅華の粉末と阿片の塊を投入し混ぜ合わせる


そうすると、サラサラとしていた液体は紫色の泥へと変わっていく


この時絶対に沸騰させてはならない。もし、沸騰してしまうと成分が壊れ、効きが読めなくなる。


イツキは神経を研ぎ澄ませ、液体の色が黒く変わる瞬間を見極めた。


この色になった時が成分がもっとも安定する。


それを厚手の布でろ過する。


ろ液をさらに熱しシロップ状になるまで煮詰める。


1口大のパンに染み込ませる。


これが人間を昏睡させることのできる薬だ。


これをイグナスに嚥下させる。


すぐに薬は効いた。


瞳孔が開きっぱなしになり、口から溢れていた唾液も止まる。


正に[死んだように眠る]この言葉がピッタリ当てはまる。


イツキは静かに扉を閉め部屋の中を真っ暗にした。


五感の遮断が必要だからだ。


定期的に布に含ませた水で唇を湿らせる。


イグナスのまぶたがピクピクと動き起きそうになると薬を染み込ませたパンを嚥下させまた、深く眠らせる。


これを3日ほど続ける。


2日目の夜、イグナスの呼吸音が聞こえなくなる。


イツキは急いでイグナスの首元に手を当て脈を測る。


─脈が弱い


ほとんど感じられない


「まだだ……」


低く呟く


イツキはイグナスの顎を持ち上げ、気道を確保する。


「息を……戻せ」


数秒が経った。


その数秒が永遠のように長かった。


「……っ、はぁ……っ」


イグナスの喉は震え、空気を貪るように吸い込んだ。


「……戻った」


エマが膝から崩れ落ちる


だが、イツキは表情ひとつ変えない


「今ので、わかっただろ。こいつは、いつ死んでもおかしくない。」


その後は何事もなく進んだ。


イツキの目の下には大きなクマができていた。


3日間ほとんど不眠不休で様子を見ていたからだ。


時々、トラッシュさんやエマに手伝ってもらっていたがすべては任せられなかった。


イツキは一息付き


「今からイグナスさんを起こします。」


みんなは固唾を飲む。


「ここで、まだ狂犬病が残っていたら僕がさっき作った毒を飲まし殺します。」


「頼む……また、一緒に馬鹿な話をしようイグナス」


強い声だ。心の底から願っている声だとわかる。手を胸の高さにあげ合掌する。


「では、起こします。」


イツキはそう言い、僅かに刺激を与える。


数秒後


まぶたがゆっくりと震えた。


「……イグナス……?」


トラッシュはゆっくりと呼ぶ


「……ぅ、」


微かな声がした。


「……トラッシュ……?」


その一言で、空気が変わる


「良かった……!」


トラッシュは涙を流こぼす。


その瞬間だった。


イグナスの瞳は大きく見開く、焦点があっていない。


それは、3日前に見たイグナスと同じだった。


「……が……ぁ……っ」


喉を掻きむしるような音


一瞬だけ躊躇が走る。


だが、イツキは用意していた毒入りパンをイグナスの口に無理やりねじ込んだ。


最初は抵抗が激しかったが途端に静かになる。


ゆっくりと力が抜けていくのがわかる。


徐々に目から光が抜けていく。


最後は眠るような顔をして息を引き取った。


部屋の中は、トラッシュが咽び泣いているのが聞こえるだけだ。


余りにも静かすぎる。


イグナスは、熱心な信徒だったらしい。


部屋を見ればわかる。机には聖書や十字架、賛美歌が置いてあり壁にはキリストの絵が飾ってあった。


だが、祈りが届くことはなかった。


「……どうして」


エマが小さくこぼす。


「しょうがない、この手術は助かる方が奇跡だ」


自分に言い聞かせるようにイツキは言う。


イツキは1人小屋を出て月の光を見る。


「これが最適解なんだ。」


弱々しい声で言う。


自分の前で人が亡くなるのはイツキにとっては、これで3人目だった


「慣れないな……これだけは」


と静かに目を閉じながら言う。


「これで良かったですか父さん」


空に見える星に向かって聞く。


後に聞いた話だが、狂犬病にかかった犬は森の奥で息絶えていたらしい。


この事件で死んだ人は良くも悪くもイグナス1人だけであった。

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