赤い花の病
水銀の騒動も終わった。
村は、何事も無かったかのように日常を取り戻している。
診療所も同じだ。
訪れるのは風邪や怪我の患者ばかり。
あの日のような、命を削る診療はもうない。
「……平和だな」
ふと呟くと、隣で薬をすり潰していたノアがこちらを向く。
元錬金術師、ノア。相変わらず手だけは、小刻みに震えている。
「平和なのはいいことじゃないですか」
彼が加わってから、仕事は明らか楽になった。
簡単な薬なら、もう任せても問題無い。
その手つきは、正確で迷いがない。
村人からの評判もいい。
まるで、最初からこの村の薬師だったかのように。
「たしかに、いい事だな」
「そうだよ。そんな事言うと厄介事が飛び込んでくるよ」
エマが、頬をぷくぅと膨らませながら言う。
などと談笑していたら
ドタバタと忙しない音と共に診療所に騎士がやってきた。
「イツキ様、レオン辺境伯がお呼びです。」
「レオンさんが?わかりました。行きましょう」
イツキ、エマ、ノアは騎士に連いて、レオンのところまで行く。
着いた場所は、牢屋の医務室であった。
「急に呼び出して、申し訳ない。少し見て欲しい囚人がいるんだ」
「いいですよ」
「1年前、強姦の罪で捕まえた男なんだが、呪われたように赤い花のような発疹が出てきたんだ」
「ある程度見当は着きました」
レオンに案内してもらうと
そこには、赤いバラのような発疹
頭髪は虫に食われたようにパラパラと斑上に抜け落ちていた。
「出ている症状は、発疹と脱毛か……僕の予想通りだったらしい」
「お……お前が、い...医者か……」
声は枯れていて、カスカス声だった。
「の……呪いにか……かかったんだ。お前がど...どれほどすごい薬師であっても、な……治すことはできねぇよ」
「呪いですか。そんなものこの世に存在しません」
「じゃあ、こ...この病気はなんなんだよ」
「梅毒」
「……はい?」
「梅毒ですよ。その病気は」
「聞いたことがある」
ノアが口を挟む。
「確か、性感染症のひとつですよね」
「あぁ、そうだ」
梅毒、人との性交渉によって感染する病気。潜伏期間が長く、酷くなってからじゃないと気づきにくい。
「最悪ですよ。レオンさん」
「なぜだ、もうこいつは助からないのか?」
「違います。ただ……」
不思議そうにレオンは首を傾ける。
「こいつに襲われた人にも感染してる可能性が高い」
「なに...それは、子供にもうつるか」
「はい、うつります」
「最悪だ。」
「何が最悪なんですか」
「こいつは、強姦の罪で捕まったと言ったな」
「はい、覚えています」
「こいつは、主に10代の未成年を狙って犯行をしていた」
イツキは囚人を人と認めたくないと言わんばかりの鋭い眼光で睨みつける。
「俺が言うのもなんですけど、こいつ助ける必要ありますか」
ノアが冷たく言う。
イツキはしばらく黙ったまま、囚人を見つめていた。
正直、吐き気がする
助ける価値なんてない。そう思っている自分がいる。
「……治すよ」
低く吐き出すように言った。
「薬師としてね」
どんなに悪人だろうが、目の前では死なせない。
それだけは、決めている。
「レオンさんとエマは、この囚人に襲われた被害者を呼び出してください」
「あぁわかった」
「僕達は、梅毒を治す薬を作ります」
レオン達は部屋を出て行った。
「梅毒の薬は、水銀を使うと王都の医者に聞いたことがあるのですが本当ですか?」
ノアは、自分の震える手を見ながら聞く。
「いや、使わない。僕はそんな危険なやり方をしない」
確かに水銀は、梅毒を弱らせる。
だが、それは毒で毒を殺すようなものだ。
でも今は、もっと安全で確実な薬がある。
それは、イツキが転移したばかりの頃に作った薬だ。
「ペニシリンを使う」
ペニシリンそれは、青カビから作る抗生物質だ。
「確か、診療所にあったような...」
ノアは顎に手を当てながら言う。
「あぁ置いてある。こういう事があると思ってな」
「じゃあ俺取ってきますよ」
「ありがとう」
ノアは走って診療所に向かった。
戻ってきたのは5分ほど経った頃だった。
息を切らしながら入ってきた。
「注射と一緒に置いてあるのと、飲み薬どっちが必要か分からなかったのでどっちも持ってきました」
「注射だ」
「も……もしかして、筋肉注射ですか」
少し嫌なことを思い出したような顔をしてノアは言う。
「正解だ」
梅毒トレポネーマ、こいつを完全に退治するには、薬の作用が長期間残っておかないといけない。
「ノア、こいつを抑えといてくれるか」
「はい、わかりました」
囚人は押さえつけられる。
イツキは、迷いなく注射針をさす。
「ふ...ふざけやがって」
「これも治すためだ。あと2、3回注射すれば数週間のうちに治るだろう」
治療で病気は治せる。
だが、どれほど高度な医療が発展しようとしても罪までは治すことができない。




