それでも救う
ここまで重症化した人間もキレート剤で治療はできる。
だが問題なのは、命は取り留めたとしても障害が残るかもしれないということだ。
手足の震えが残ったり、呂律が回らず喋れないかもしれない。
完全に元の状態に戻ることは、もう叶わない可能性が高い。
それが唯一のネックだ。
診療所に錬金術師を連れて行こうとすると、手を止められた。
「こいつは、助けなくていいんじゃないですか。ミナが死にかけたんだぞ……それでも助けるのかよ」
恨みのこもった声でリオは言う。
イツキはリオをまっすぐ見た。
「……それでもだ」
「なんで……なんで…」
「それが、目の前で死にそうな人間を見捨てる理由にはならない」
「なるだろ……充分。他人事だからか」
「違う。僕が後悔しないように」
リオが何かを言いかけた時、ミナが手を握り
「もう、いいでしょう。私は、何も無かったんだし。」
(リオの言っている事は痛いほどよく分かる。でも、今助けないと後悔する)
ミナは、心の中で強く思う。
錬金術師を診療所に連れていった。
さっきと同じ方法でキレート剤を投与した。
これだけで助かる可能性は高い。だが、確実では無い。
1回の投与で体内に入った水銀が全て出る訳ではない。
特にさっきの人達とは違い継続的に水銀を摂取してきた人間には
エマは不安そうに錬金術師を見る。
「いっぱい水銀を飲んでたなら、もっと打った方がいいんじゃない?」
「たしかにその考えかた自体間違いではない。副作用がなければね」
「副作用があるの?」
「あぁ、投与しすぎると腎臓に負担がかかり病気になってしまう。他にも、体内で必要不可欠なカルシウムやマグネシウムも一緒に排出してしまう」
投与後も付きっきりで看病をした。
普通は飲み水として軟水を使うがマグネシウムを取るために硬水を飲ましたり
カルシウムを取るために牛乳を飲ましたりしながら
最初の数日は、意識すら曖昧だった。呼びかけにも反応せず、ただ震えだけが続いた。
それでも、時間が経つにつれて少しずつ、確実に戻っていった。
だが、その手の僅かな震えだけは、最後まで消えなかった。
水銀……あの毒がたしかに体を蝕んでいた証拠のように。
意識が戻った頃、錬金術師はイツキに問いかけた。
「……なぜ、俺を助けた」
「僕が医療従事者だからですよ。人の命を救うのになにか理由はいりますか」
しばらく沈黙した後、錬金術師は絞り出すように言った。
「礼を言う資格なんて、俺には無いはずなのに。感謝が溢れて止まない」
助かった安堵と罪悪感の入り交じった声で錬金術師は言った。
「本当にありがとう」
「そうですか。ところで、なぜ不老不死の薬と言い毒を売っていたのですか」
「王様からの命令だったんだ。不老不死の妙薬を作れと」
たしかにこの時代は、国王の命令で無理難題を押し付けられていた。
出来なければ殺すという脅しもトッピングされて
「やはり、そうですか。ところでお仲間はどこに行かれたのですか?」
「みんな途中で無理だとわかってどこかに逃げ隠れたよ。もう、死んでるかもな」
「良ければですが、僕達が匿ってあげましょうか?」
「な……なぜ、この俺を」
「あなたの知識量は、人を蝕む毒ではなく。人を助ける薬に使って欲しいからです」
錬金術師は何も言えず、ただ俯いた。
その手は僅かに震えていた。




