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春夏秋冬、そして春。【完結】  作者: 雪城 冴 @新選組小説 連載中


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2/4


 一週間後。

 沖田は桜羅との約束の場所にいた。


「ここか……」


 指定されたのは立派な店構えの茶屋だった。

 普段なら、こんなところへ立ち入らない。



「ごめんください」


 という前に、店のものが顔を出した。


「沖田様ですね。お連れ様、きてはりますえ」


 個室に通される。まるで料亭だなと思っていると、店のものが襖の前で正座をする。


香里(こうさと)様、沖田様がいらっしゃいました」


「どうぞ」

 柔らかな声が聞こえ、襖が開かれる。


 


 桜羅は手前に凛と背筋を伸ばして正座をし、沖田が入ると、すっと小さく会釈をした。


「良かった、いらっしゃらないかと思いましたわ」


「あれだけ強引に決められてはね。来ないわけには行きませんよ」


 おどけてみせるが桜羅はしゅんと肩を落とす。


「……すみません」


「いや、本気にしないでくださいよ」


 笑いながら向かいに腰を下ろした。


 どうもこの顔に弱い。

 すこしくらいムキになってくれたほうがからかいがいがあるのだが、彼女はいつも素直な反応をする。


「に、してもすごい店ですね」

 床の間まであり、掛け軸や高そうな壺が飾ってある。


 桜羅は首をかしげる。


「新選組の皆さまはいつもどのようなところへ?」


「決起や祝宴はそれなりの場所でしますがね。甘味を食べるだけでこんなところへは来ませんよ。何があるんですか?」


「お抹茶と、お団子もありますわ」


 

 届いた団子は、沖田が思っていたのと様子が違った。

 

 まず、串がとおっていない。

 真っ白なつるつるの姿で、三つ離れて並んでいて。そこへ、つぶのない、こしたあんこがちょっぴりだけ隅に添えられている。

 そして、それだけなのに随分大げさな皿に乗せられていた。


 しげしげと見る沖田に、桜羅は心配そうな顔をした。


「すみません、お口に合わないかも……」


 この間沖田が買ったみたらし団子は、焦げ目がしっかりついて、甘じょっぱいタレがたっぷり絡めてあった。


 沖田は一つ口に入れた。


「うん、美味い」


「よかった!」


 桜羅は、自分が頼んだ練り切りも沖田へ促す。


「こちらは今朝仕立てたそうなんです。職人の方が季節を先取りして」


 それは淡い新若葉を模していて、黄色で繊細に葉脈が表現されていた。


 沖田はへえ、と向かいの桜羅を見る。

 彼女は安心したのか表情が和らいで、つぎつぎにお菓子の説明をしている。


「どうぞ、召し上がってください」



「もう甘味は結構です……なんだか胸がいっぱいで」

 まっすぐ桜羅を見つめる。

 軽口ならいくらでも叩くが、こうして真剣に言うとなると、沖田にとっては精一杯のこまし文句だった。


 しかし意味を取り違えて、桜羅は途端に表情を曇らせる。


「食欲がありませんか? お身体の具合が?」


 沖田は苦笑する。

 


「医者へは行きましたよ。薬を飲んで養生しろと言われました」


 桜羅はこくこくと頷く。


「新選組のお仕事はお忙しいのでしょう?」


「まあね。怖い鬼がいますから」


「まあ……それは、上役の方ですか?」


「ええ、それはそれは……」


 と、言いかけてやめた。怖がらせることはないと。

 なんだか、彼女にはこのまま世間から離れたままでいてほしかった。


 最後に桜の塩漬けが出た。

 沖田は外の桜の木に目を向けた。


「もう、桜の花も終わりですね」


 花は散り、枝は若葉に入れ替わっている。

 

 桜羅はふふっと柔らかく笑った。


「来年もまた咲きますわ」


「来年か、そうですね……」


 本心だった。

 来年もさくらは咲く。

 そして、それを自分も見る。そんな未来が、すっと情景として頭に浮かんだ。


 そのとき沖田の隣には誰もいないかもしれない。

 しかしそれでも構わない。


 喉に何かが込み上げた。

 咳ではない。

 もっと熱いなにかが。

 

 桜の塩気のせいかと、抹茶を飲んだ。


 ゆっくり喉を潤す茶が温かくて、嘘のように穏やかだった。





 ◆



「どうした風の吹き回しです」


 医者は、また約束を破るとばかり思っていた沖田の来訪に驚いていた。


「これからは、病に向き合ってみようかなと思いまして」


 そう言う沖田に、医者は何度も深く頷く。


「いいことです。労咳には、なによりも気持ちが大切なのですよ」


「他に打つ手はありませんしねえ」


 医者は閉口した。

 沖田のいうとおりだった。

 労咳は安静にして、気休め程度の煎じ薬を飲むくらいしかやることはないのだ。


 しわがれた手が沖田の胸に触れる。

 

「熱がありますか。夏は暑さで体力が奪われる。汗をかくようなことは控えて、くれぐれも無理をしないよう」


「わかりました」

 

 待っていますよ、という声を少し薄くなった背に受けた。


 


 今は慶応三年の夏。

 医者の言う通り、西本願寺の屯所に戻るだけで息が切れた。


 橋を渡り太鼓楼の門をくぐると、土方が仁王のごとく睨みを効かせていた。


「怖いなあ。なんだって帰るなりそんな顔をされるんです」


「とぼけるな。どこへ行ってたんだ」


「医者ですよ」


「へ?」

 意外な返答に土方は拍子抜けした声を出す。

 沖田は肩をすくめた。


「みんな揃ってなんですか。医者へ行けというから行けば『どうしたことだ』と言うんですから」


「それは、無理もないだろう。今までてこでも動かねえって顔してたんだからな。なにかあったのか?」


 うーん、と唸って沖田は俯く。


「少しばかり、欲が出たんですよ」


「ほう?」


「来年の春までは生きていたいなって」


 土方はぎょっとして言葉を詰まらせた。


「……ちゃんと医者へ通え。無理をしなければ、それくらいの欲は通るもんだ」


「そうですか?」


「ああ、間違いねぇ。姉貴だって何回も年を越した。気力が大事だ」


 土方の目が揺れている。


「それに――この先、どう転ぶか分からねぇ時勢だ。倒れてる暇はねぇ」


 京の町には、行き場のない噂がゆらゆらと漂っていた。

 幕府方の威も、いつまで持つか分からぬ――そんな声さえ、ひそやかに混じっている。 


 いつまで生きられるか。

 それとは別に、この京の町で守りたいものを守れるのか。という焦燥感が沖田の胸を覆っていた。



 

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