新たな協力者
華輪の話を聞いて三日。
今昔堂の面々は氷焃の情報集めをしていたが、その尻尾すら掴めていなかった。
「やっぱり、今時走り屋なんてほとんどいないよなぁ」
「いるとしても深夜の高速道路くらいかしら。それでもパトロールはされてるでしょうから、そんなに多くはないでしょうけど」
学校帰りに今昔堂へ寄り、火那森先輩と一緒に地域一帯で氷焃が現れそうな場所を地図アプリで探す。
華輪いわく、氷焃は夜になると現れるという話だったので、日中は目星をつけるのが主な仕事だ。
だが、今のところ収穫はない。雨宮さんにも頼んで過去にあった不審な交通事故なども調べてもらっているが、こちらもまだ有力な情報は届いていない。
『もしかしたら県外にいるかもしれないねぇ。全国行脚してたんだろう?』
『──だとしたら、探すのは困難ね。見つけられても追えないわ』
狐火と紫蜘蛛も地図帳を広げている。
二人とも、すでに関東全体を捜索範囲にしていた。
「華輪にもう少し話を聞いておくんだったな。思い出深い場所とか」
『──例えば、こことか?』
紫蜘蛛が地図帳のある山を指差す。
漫画で有名になった峠道のある場所だった。
『あー、まあ、聖地巡礼?っていうので人は集まるかもしれないけど、競える人はいないんじゃないかな?』
狐火が苦笑いしながら紫蜘蛛の指を地図から離した。
彼の言う通り、今は取り締まりも厳しいし、観光客はいても競争相手はほとんどいないだろう。仮に本当に氷焃がいても、ここから直行しても到着する頃にはまた移動している可能性が高い。
四人で地図とにらめっこをしていると、事務所の黒電話が鳴り響いた。
スマホを閉じて立ち上がり、電話を取る。
「はい。今昔堂、八重原です」
《お。お前さんか。雨宮だ》
雨宮さんの聞き慣れた声が届いた。
こうして連絡があったということは。
《ようやく報告できるくらいには情報が集まった。今、最後の資料をまとめているところだ》
《これからそっちに向かう予定だ。皆に連絡はとれるか?》
「分かりました。伝えておきます」
「それで……氷焃はどの辺りにいるとかも分かったんですか?」
俺の質問に、雨宮さんは小さく笑った。
《詳しいことはそっちで話すが、少なくともまだこの辺りにいるのは確かだ》
《では、よろしく頼むぞ》
含みを持たせた言葉を残して、電話が切れた。
「──さて、すまないな。集まらせて」
「いやいや。情報集めありがとうね、文奈」
その日の夕方、雨宮さんの話を聞くため、全員が集まった。
いつも通り、加古川さんがコーヒーを淹れて、いぶきさんがお茶菓子を用意してくれた。
「では、早速本題に移ろう」
「まず、お前さんたちが探している氷焃という馬骨だが、まだ県内を彷徨っている可能性が高い」
雨宮さんがプロジェクターとパソコンを繋ぎ、壁に画面を投影する。
「氷焃が直接人間を襲ったという記録はなかった。だが──」
「奴と競った結果、事故に遭って命を落とすケースが圧倒的に多かった」
「現場は主に高速道路。おそらく、山道はもう氷焃のお眼鏡にかなう相手がいないのだろう」
画面に事故が起きた地点が赤い点で表示される。
海沿いにも山沿いにもかなりの数の赤い点が散らばっていた。
「これ、全部事故死ですか?」
「いや、死亡したのは六割ほどだ。残りは重傷や重体だが、命は取り留めている」
「生存者は口を揃えて“燃える馬が並走してきた”、と言っていた。これが氷焃と見て間違いないだろう」
『……それでも六割、ですか……』
「は、早く止めないと……」
墨香と小雪が神妙な顔で画面を見ながら呟く。
白來が画面に映る点に指を差した。
『ねぇ、これ事故の日時とか分かんない?それがあれば次に出るところとか推測できそうだけど』
「まあ待て。そこが問題なんだ」
雨宮さんがパソコンを操作すると、赤点の上に事故の日時が表示された。
『これはまた……厄介な』
『──バラバラね。見事に』
「そう。規則性がない。山間の県境に出たと思ったら、次は首都圏に現れ、そして今度は海岸沿いだ」
「華輪とやら。お前さんの所感を聞きたい。氷焃の行動に、何か思い当たるところはあるか?」
狐火と紫蜘蛛も考え込むように黙り込んだ。
華輪もしばらく画面を見ながら考える様子を見せ、やがて口を開いた。
『被害にあった車の写真はあるか?全部とは言わん。あるだけ見せてくれ』
「ああ。だが、悲惨なものも多くある。その辺りは理解してほしい」
画面に事故現場の写真が一覧となって表示される。
どれも、それが車だったのかすら疑わしいような悲惨な姿に変わり果てていた。
「……どうだ、華輪。何か分かるか」
『うむ。思った通りじゃ』
華輪が立ち上がり、画面のそばに立つ。
何度か写真を指差そうとしたが、手が届かないことを悟ったのか、大人しくこちらを向いた。
『被害者は皆スポーツカーに乗っておる。それもどこかしら改造を施した、な』
『一番目立つのはこの青い車じゃな。安全性すら捨て去るような軽量化を施さなければ、こんなひしゃげ方はせん』
『他にも非正規のパーツを付けていたり、あるべき装備が外されていたり。流石にエンジンまで弄っていたかは、これらの写真からは判断がつかんが……』
「つまり、氷焃はより速い相手を求めて彷徨い続けている、と?」
加古川さんが顎を撫でながら華輪に聞くと、彼女は強く頷いた。
『うむ。そんなところじゃろう。目的地などなく、速い車がいるところに現れる。これでは追うに追えん』
「でしたら、誘き寄せるのが最良ですわね」
いぶきさんが顔の前で指を合わせた。
その笑顔は既に策があると物語っていた。
「速い車なら伝手がありますわ。少しお時間をいただけますでしょうか?」
『それは構わんが……半端な車ではそもそも奴は現れんぞ?それに、そいつを操れるドライバーだって……』
懸念を口にする華輪の前に、いぶきさんは小さなチョコレートを差し出した。
「ご心配なく。それらも含めて、用意いたしますわ」
一週間ほど経った日の夜。
俺たちはいぶきさんに呼び出され、あるパーキングエリアに来ていた。
少し車のことを知っていれば一度は耳にする、改造車やスーパーカーの集まる聖地のような場所だ。
「普段この時間帯は閉鎖されてた気がするが……」
「酒街さんのことだもの。きっと何か手を回したのよ」
加古川さんのワンボックスから降りると、異様な雰囲気を纏った車が一台停まっていた。
「お待たせしました、皆さま。こちらが、今回の協力者ですわ」
「なっ……!えっ……!?」
そこにいたのは、サーキットを走るために作られた本物のレーシングカー。そして、レーシングスーツに身を包んだ女性だった。
「初めまして!鹿角鈴音っていいます!レーサーやってます!」




