新たな仕事
峠道を降りきり、華輪が駆る車が平地に入る。
ようやく絶叫マシンのような揺れから解放され、目的地である今昔堂への道のりを伝えることができた。
もう二度と、華輪の駆る車には乗らないと、心に誓った。
「それで、その子と一緒に帰ってきたわけだね」
『災難、と言ったらその子に失礼か。とにかく無事で良かった』
加古川さんと雪女が水を渡してくれた。
紫蜘蛛は水を一口飲んでから、ソファに横になってしまった。
「無事……まあ、無事か……」
『──少し、寝るわ……』
フラフラの俺と紫蜘蛛を尻目に、華輪は事務所の中をパタパタと走り回っていた。
『これはなかなか風情のある内装じゃのう。ワシとしてはもう少し和に寄っている方が好みじゃが……』
『それに珈琲の香りが良い。珈琲は好きじゃ。“えすぷれっそ”なんかは特に目が覚めるからな』
「へぇ。見た目は確かに子供だけど、中身は本当に大人らしい。でもごめんねぇ。エスプレッソマシンは置いてないんだ」
いつも通りにコーヒーを用意する加古川さんを一瞥すると、華輪は紫蜘蛛が眠るソファの対面に正座した。
『よいよい。今は目が冴えておる』
『さて、それじゃあどこから話そうかの』
「じゃ、じゃあ、あなたのことを改めて教えていただけませんか?私たち、まだお名前しか分かりませんから……」
小雪が静かに華輪の隣に座る。手には個包装された煎餅の入った皿を持っていた。
華輪はさっきまでの子どもっぽさとは真反対の落ち着いた雰囲気を醸した。
『そうじゃな。改めて、ワシの名は華輪。巷ではターボばあさん、あるいはターボババアと呼ばれておる』
『車やバイクに乗るのが好きじゃ。廃車になったものに憑依、改造して走るのが趣味でな。まあ、今日みたいに壊れた時はその辺の車を借りたりするが』
「うっ……悪かったって」
華輪の視線がグサリと刺さる。
『冗談はさておき、ワシは今ある怪異を追っておる』
「ほう、君のようなタイプが関わっているとなると、輪入道とかかな?」
加古川さんが華輪の前にコーヒーを差し出す。
華輪は静かにカップを手に取ると、まるで茶でも飲むようにコーヒーを啜った。
『うんにゃ、輪入道よりも速い……いや、危険な怪異じゃ』
『そやつの名は氷焃。凍った炎を纏った馬骨じゃ』
「凍った炎……?それはまた不思議な怪異だ」
加古川さんが顎を軽く撫でる。
俺も小雪もピンと来ておらず、首を傾げていた。
「加古川さん、その“馬骨”ってなんでしょうか?」
「ああ。馬骨は火事に巻き込まれて死んでしまった馬の骨に、念が宿ることで生まれる怪異だよ。人に仇なすような悪い怪異じゃないと思うんだけどねぇ」
加古川さんがスマホで馬骨の容姿を見せてくれた。
布切れを纏った馬の骨。夜道で出会ったら卒倒ものだろう。
『あの仔も元々は人に危害を加えるような奴でもなかったんじゃがのう。ワシと同じく、道を行く車やバイクと競うのが好きな仔じゃった』
「ん?知り合いなのか?その馬骨と」
俺の質問に華輪はうんうんと頷き、どこか懐かしそうに目を細めて、言葉を続けた。
『まあ、そんなところじゃ。ワシがあちこちの走り屋を驚かせて遊んでいた折に、あの仔に出会ってな』
『元は若い競走馬だったんじゃろう。燃えるような闘志と、氷のように冷静な頭脳。それでいて仔馬のようにワシと競うのを大層楽しんでくれてな。以来、共に全国の峠を攻めていたものよ』
『じゃが、最近何者かに手を加えられたようでな。人懐っこかった氷焃は、荒々しい暴れ馬に変異してしまった』
華輪がコーヒーカップを机に置き、小雪が持ってきた煎餅に手をつける。
袋の中で一口大に割り、食べかすを落とさないように慎重に口に運んだ。
『まるで復讐に燃えるかのように炎を纏い、その復讐心を固定するかのように炎が凍った。結果、あの仔は競い合いで敗北した、自分より遅い人間を殺して回る怪異となってしまった』
『縁者でもなければ騎手でもないが、共に走った仲。故にワシは氷焃を追っていたのじゃ。これ以上、奴が無用な殺しをしないためにもな』
「大切に思ってるんですね、その子のこと」
「ペット、ともちょっと違うか。相棒みたいなものか」
華輪を真似て、煎餅を食べる。
静かな事務所に、バリバリという音だけが響いた。
『それで、華輪はその馬骨をどうしたいんだ?元に戻すのか、それとも……』
「ゆ、雪女さん!言い方……!」
『いずれ聞かなければならないことだ。私たちの関わり方も変わってくる』
静寂を破るように、雪女が口火を切る。
華輪は特に動揺することもなく、淡々としていた。
『無論、できることなら殺さずに済ませたい。だが、正直なところワシ一人ではどうにもできぬ。生かす殺す以前の話じゃ』
『今の言い方だと、協力してくれると思って良いのじゃな?』
華輪が期待を込めた目で俺たちを見る。
「当然。助けてやろう、華輪の相棒を」
「まあ、怪異をどうにかするのが僕たちの仕事だからね」
「ここにバイトとして働き始めてから初めての大仕事……!けっぱります!」
『一応、明日、火那森や酒街たちにも話はしておこう。拒否はしないだろうが』
『うむ、助かる。すまんな、妙な縁からこのようなことを手伝わせてしまって』
華輪は目の前で手を合わせると、ソファから立ち上がった。
『八重原とやら。車の件は気にせんでもよい。元より解体屋送りにされていた代物ゆえ、壊れても悔いはない』
『代わりに、今度お前さんたちの振り子移動を体験させてくれ。アレも中々に“すりる”を味わえそうじゃからな!』
「……良いけど、吐くなよ?」
にゃははと笑いながら、華輪は事務所の出口へと歩いて行った。小雪と雪女が彼女を止める。
『待て、どこに行くつもりだ?』
「乗ってきた車の持ち主さん、もう起きて帰っちゃったんですよね?ならここに泊まっていけば……」
『そうもいかぬ。屋内にいては何かあった時、すぐに動けないからな。ワシは外で寝る』
『お主らの誰かが車を持っていれば、そっちで寝るのじゃが』
華輪の言葉を察して、加古川さんが鍵を持って近づいた。
『なら、僕の車を使うといい。あいにく、ただのワンボックスだけど』
『おお、助かる!鍵は要らぬぞ。憑依するだけじゃからな』
華輪は満面の笑みで手を振りながら事務所を出て行った。
「さて、明日からまた忙しくなりそうだね。みんなももう寝た方が良い」
「そうですね。加古川さん、明日もよろしくお願いします」
「紫蜘蛛、家に帰るぞ。まだ具合悪いならおぶってくか?」
『──ん。そうして……』
加古川さんがせっせと食器を片付けている間に、俺たちも帰る準備を進める。
リュックを腹に抱えて、紫蜘蛛を背負う。以前ならキツいと思えた姿勢と重量も、今はなんの苦もなかった。
(……俺たちの身体の変化の相談は、まだいいか。華輪と氷焃の解決が先だ)
そう思うことにして、今昔堂を出る。
脇の駐車スペースに目をやると。
「えぇ……?」
真っ赤な車体にエアロパーツがくっ付いたワンボックスカーが鎮座していた。




