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怪異に殺された俺は、“憑き人”として怪異を狩る  作者: 狛野カムイ
紫夜と暁の記憶

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約束

 旅館にたどり着く頃には、すっかり夜になっていた。

 暗くなった山道は、どこからともなく現れた妖火に照らされ、無事に降りる事ができた。

 おそらく、あの山の怪異たちの見送りのつもりだったのだろう。


 部屋に戻ると、途端に疲れが全身にのしかかった。

 上着を脱ぎ捨て、畳の上に座り込む。


「うはぁ……流石に疲れたな」

『──暁人。気持ちは分かるけど、まずはお風呂に入りましょう』


 紫蜘蛛は一切疲労感を見せることなく、着々と荷物の整理を進めていく。

 夕飯は既に済ませてきたし、このまま寝るのも気持ちが悪い。


「そうだな。紫蜘蛛、先入っていいか?」

『──ええ。ごゆっくり』


 紫蜘蛛に促されるまま、露天風呂のある浴室に入る。いつも通り身体を軽く洗い、湯船に浸かった。冬の冷たい空気と温泉の熱さが心地よい。


「……色々あったなぁ、今日」


 時間にして数時間ほどだったが、あまりにも濃い時間だった。

 自分の過去を思い出した。

 紫蜘蛛の過去を知った。

 その上、あの山の怪異に遭遇して、紫蜘蛛の強さを改めて思い知らされた。


「何かが違えば、今の俺はいなかったんだよな」

「紫蜘蛛がいなかったら俺はあの山で死んでたかもしれないし、紫蜘蛛が紫蜘蛛じゃなかったら、仮に生きてても違う俺になってたかもしれない」

「……感謝してもしきれないな」


 湯船の縁に腕を乗せ、物思いにふける。

 だんだんと瞼が重くなってきたところに──


『──湯加減はどう?暁人』

「っ!?」


 背後から紫蜘蛛の声が聞こえ、思わず吹き出しむせ返った。

 振り返ると、タオル一枚の紫蜘蛛が立っていた。


「む、紫蜘蛛……!?」

『──そんなに慌てることないでしょ。私たちしかいないんだから』


 紫蜘蛛がタオルを外して、湯船に入ってくる。

 咄嗟に首の向きを元に戻し、景色を見る。


「た、タオル取るのか……?」

『──それが作法と聞いたけど。それに、暁人だって頭に手拭いを乗せてるだけじゃない』


 ゆっくりと紫蜘蛛が隣に近寄り、座り込む。

 横目に見た彼女の肌は、わずかに赤く上気していた。


『──ふぅ。なかなか良いお湯ね。冷たい風も気持ちいいわ』

「あ、あぁ……」


 心臓がうるさい。すぐ隣に紫蜘蛛が布一枚すら纏わずにいるという事実は、健全な男子を動揺させるには十分だった。


『──暁人、大丈夫?顔が赤いわ』

「ん?ああ……だ、大丈夫……」


 紫蜘蛛の目を見て話そうとするが、どうしても視線が逸れる。

 顔以外の部分に、どうしても視線が向かってしまう。


『──暁人、えっち』

「──っ!ゲフン!ンン……!」


『──暁人、面白い』

『──昔の私なら、人間に裸を見られても何とも思わなかったでしょうね』


 紫蜘蛛がクスクスと笑う。


「……今は?」

『──暁人に見られるのは、少し恥ずかしいけど、嬉しい』


 温泉でのそれとは違う赤く染まった頬に、俺の顔もさらに熱くなった。


「そ、そろそろのぼせそうだから上がろうかなぁ……!紫蜘蛛はゆっくり浸かって──」

『──待って。まだ、背中を流してないわ』


 立ちあがろうとするが、紫蜘蛛に手を掴まれる。

 チラッと紫蜘蛛の方を見ると、片手で胸は隠していた。


『──恋人は、背中を流し合うものって聞いたわ』

「……誰から?」

『──狐火から』

「……あの人はホント……!」


 満面の笑みを浮かべる狐面の男を思い浮かべて、感謝と困惑が入り混じった何とも言えない気持ちになる。


『──私とお風呂に入るの、嫌?』


 紫蜘蛛が潤んだ瞳で俺を見る。俺はそのまま湯船に戻った。


「……嫌じゃない。むしろ一緒に入りたい」

『──正直でよろしい』

『──それじゃ、そこに座って。背中を流すわ』


 紫蜘蛛に促されるまま、木製のバスチェアに座る。

 紫蜘蛛の柔らかな手が、黙々と背中を撫でながら泡を立てていく。


(こ、これは……まずい、色々と……)


 背中の感触と泡の音が、想像を掻き立てる。

 これ以上妄想が膨らむ前に、紫蜘蛛に話しかけることにした。


「……そういえば、紫蜘蛛はあの山を治めてたんだな」

『──ええ。色々あったから』

『──誰かが決まりを作らないと、死体の山になってた。だから、私が作った』

『──外様だった私が主になることに、不満を覚える者も多かった。それこそ、古椿みたいにね』

「……外様?紫蜘蛛、元々あの山に住んでたわけじゃなかったのか?」


 紫蜘蛛から出てきた意外な言葉に、思わず聞き返す。

 背中を撫でる紫蜘蛛の手が止まった。


『──ええ。元々、私は町の方に住んでいたの』

『──寺の屋根裏に潜んで、食料や生気を少しだけ掠め取る、そんな生活をしていた』

『──ある時、私の存在に気がついた武士と戦いになった。私は負けて、あの山へと逃げ込んだ』

『──逃げた先は、地獄だったわ。怪異同士が無意味に争い、食い合う』

『──踏み込んだ人間は容赦なく暴力に飲まれ、殺される。山の中は、常に死の匂いに覆われていたわ』


 先ほどの社での出来事を思い出し、少し背中がヒヤリとする。

 直後、怯えた俺の心を察したのか、紫蜘蛛の腕が背中から俺の身体に回され、背中に二つの柔らかな感触が押しつけられた。


(う、わ……!?)

『──ごめんなさい。怖がらせる意図はなかったの』

「……紫蜘蛛は、そこから山の主に?」

『──ええ。私は私が生きるために、決まりを作った。従わない者は、力をもって従わせたわ』

『──そのために、随分と鍛えることになったけど、今はその力が暁人を守るために活かせてる』

『──だから、今となっては良かったと思うわ』


 紫蜘蛛の腕に、少しだけ力が入る。

 これからも守り続けるという意志を伝えるように。

 その思いに応えるように、紫蜘蛛の腕に手を乗せる。


「ああ。これからも、よろしく頼む。紫蜘蛛」

「……それはそれとして、その……そろそろもう一度湯船に浸からないか?」


 身体が次第に冷え、小刻みに震え始めていた。

 いくら紫蜘蛛が密着しているとはいえ、寒いものは寒い。


『──そう、ね。ちょっと、長話が過ぎたわ……』


 シャワーで身体を洗い流し、再び湯船に浸かる。お互いに羞恥心はまだ残っているが、慌てふためくことはなくなっていた。


「はぁ〜……美味え……」

『──湯上がりのアイスは、良いものね』


 露天風呂から出て、浴衣姿でアイスを頬張る。


『──これ、高級品よね?』

「ああ、旅館のアイスだからな。コンビニやスーパーじゃ見ないやつだ」

『──じゃあ、大事に食べないとね』


 熱々のお茶と冷たいアイスを交互に味わいながら、明日のことを考える。


「紫蜘蛛、明日はどうする?」

『──そうね。黒たまごが気になるわ。それと、遊覧船も乗ってみたい』


 紫蜘蛛の言う二つの場所へのルートを調べる。幸い、どちらも無理のない移動になりそうだった。


「両方行けそうだな。このルートだと俺は水族館に行きたいな」

『──暁人、水族館が好きね』


 紫蜘蛛がジトっとした目で俺を見る。

 間違いなく、俺たちの因縁の怪異──海月のことを思い浮かべている顔だ。


「……別に他意はないからな?純粋に水族館の雰囲気が好きなだけだからな?」

『──なら、良かった』


 二人でアイスを平らげ、一息つく。時間もあって、だいぶ眠くなってきた。


「そろそろ寝ようか。明日も早くから動くことになりそうだし」

『──ええ。そうね……』


 空のカップを片付け、歯を磨いて布団を敷く。

 二つ並べた布団に入るのは、なんだか新鮮だった。


『──ねえ、暁人』

「どうした?紫蜘蛛」

『──そっちで寝たい』


 紫蜘蛛がもぞもぞと動きながら、布団に入り込んでくる。一つの布団に二人で入る、いつもの形になった。


『──ねえ、暁人』

「……ん?」

『──この前の約束、覚えてる?』


 紫蜘蛛と目があった。その目は、どこか捕食者のような熱気を帯びていた。


「……覚えてる」

『──氷柱女(つららおんな)の事件が終わったら、する』

『──約束。ここで果たしましょう……?』


 紫蜘蛛の唇が俺の唇に重なる。

 紫蜘蛛の匂いと熱に頭がクラクラする。


 ──その先のことは、お互いの胸の中にしまっておく。

 翌朝、目が覚めると、幸せそうな顔で眠る紫蜘蛛がいた。

 昨日までとは、ほんの少し違う距離。

 その寝顔を見て、俺は小さく笑って呟いた。


「──おはよう、紫蜘蛛」

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