怪異の学校と、生徒の俺
7月。
夏休み。
蝉の大合唱が、じりじりと暑さを増長させる。
「39度のとろけるような日」なんて言い回しがあるが──実際はそんな生易しいものじゃない。
焼け死にそうな暑さだ。
こんな日は──
「いやー、文明の利器って偉大だな、ホント」
冷房の効いた部屋で、アイスを頬張る。
外の地獄が嘘のようだ。
『──暁人、お腹壊す』
「紫蜘蛛だって、その冷やしカステラ何個目だ?俺より食ってるだろ」
袖なしの浴衣に衣替えした紫蜘蛛は、加古川さん特製の冷やしカステラに夢中だ。
『──怪異は太らないし、お腹も壊さない』
「……困ったらそれだな、お前」
二人そろって、もう一口。
甘さが広がり、頬が緩む。
「なんだか似てきたねぇ、君たち。兄妹みたいだ」
アイスコーヒー片手に加古川さんが笑う。
既読虫の一件から一月ほど。
俺と紫蜘蛛は、小さな事件をいくつか解決していた。
小鬼、野衾、悪霊──
どれも群れれば厄介だが、単体なら脅威とは言い難い連中だ。
『──兄妹じゃ、ない』
紫蜘蛛が頬を膨らませる。
初めて会ったときと比べると、俺以外にも心を開いてきている。
目隠しをしている以外は、見た目相応の女の子だ。
……俺に向ける感情がやたら重いのは、相変わらずだが。
『お館様!鶴が帰ってたよ!』
『それと、火那森様がお越しです!』
元気な声とともに、二人の子供が事務所に駆け込んでくる。
赤い着物に白い菊の髪飾りの少女と、青い着物に黄色い蘭の髪飾りの少年。
双子の座敷童子──加古川さんに憑く怪異だ。
「ありがとうお菊、蘭丸。ほら、ご褒美の金平糖だよ」
『えへへ!ありがとうお館様!』
『ありがとうございます、お館様!』
加古川さんからお菓子をもらうと、二人の童子はぱたぱたと奥へ消えていった。
扉をすり抜けるように。
「お邪魔します、加古川さん」
入れ替わるように、制服姿の先輩が入ってくる。
背中には竹刀袋。
「お疲れ様です、先輩」
「ええ、お疲れ様。八重原君」
立ち上がり、挨拶を交わす。
『いやーキツかった。やはり夏は生物の敵だな』
竹刀袋から狐火が飛び出し、一直線に冷蔵庫へ。
『さっきお菊ちゃんが折り鶴持ってたけど、もしかして怪異の報せだったり?』
二人分の麦茶を注ぎながら加古川さんに聞く。
「ああ、今回も小物だといいんだけど」
そう言って折り鶴を開き──
「……これは」
眉間にしわを寄せる。
「何が書いてあるんです?」
先輩が湯呑を受け取りながら尋ねる。
「うーん……悪い報せが二つある。どっちから聞きたい?」
「どっちから聞いても同じじゃないですか」
思わず突っ込む。
加古川さんが苦笑いし、指を一本立てる。
「じゃあまず一つ目。今回は大きな案件だ」
「そして二つ目だが──」
二本目を立てて、一拍。
「場所は、平浪高校。君たちの通う学校だよ」
~~~~~~
夜になっても、まだ昼間の熱気が残っている。
俺と先輩は、見慣れた校門の前に立っていた。
「なんか、悪いことしてる気分になりますね」
「実際、悪いことではあるんだけどね」
軽口を交わしながら、門を乗り越える。
着地の瞬間──空気が変わった。
重い。
“何か”に、見られている。
『──いる』
その気配に呼応して、紫蜘蛛と狐火が現れる。
『ああ。それも、大量にな』
見慣れた校舎が、やけに禍々しく見えた。
「火那森さん、どうします? 二手に分かれますか?」
校舎に向かいながら尋ねる。
「……単独行動は危険、だけど……」
先輩は視線を巡らせ、逡巡する。
今回は学校全体が舞台だ。
怪異の親玉を探すには分かれた方が早いが、その分リスクも大きい。
『──大丈夫。私が、ついてる』
紫蜘蛛が一歩、前に出る。
『そうだな。主は俺が守る』
狐火も続く。
先輩が小さく息を吐いた。
「……分かった。じゃあ、私は東棟から行くわ」
「なら、俺は西棟ですね」
下駄箱を無視し、土足のまま廊下へ踏み込む。
「じゃあ先輩、気を付けて」
「ええ。何かあったらすぐに連絡して」
──背を向けて、二手に分かれる。
夜の校舎が、静かに口を開けていた。




