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死んだはずの俺を生き返らせたのは絡新婦で、そのまま怪異と戦うことになった  作者: 狛屋カムイ


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8/11

束の間の平穏と、暗闇の不穏

「やあおかえり。遅かったね」

書店に戻ると、加古川さんがコーヒーを淹れていた。

狐火は正座し、静かに湯呑みを傾けている。


火那森先輩は、そわそわと部屋の中を歩き回っていた。


「八重原くん!良かった、無事で!」


先輩がこちらに気付き、小走りで駆け寄ってくる。


『ほら言ったでしょ?何事もないって』


狐火が呆れ混じりに口を開く。

その頬は、少し緩んでいた。


「紫蜘蛛のおかげですよ」

『──』


素直にそう伝える。

紫蜘蛛から、わずかに照れが滲む。


『へえ?その子そんなに出来る子だったんだ』


『──当然』


加古川さんの元へ向かう紫蜘蛛が、短く返す。


『──カステラは、ある?』

「おや、紫蜘蛛くんは甘味を所望かい?もちろんあるよ」


加古川さんがカップにコーヒーを注いで、冷蔵庫に向かう。


「紫蜘蛛ちゃん、この時間に甘いものは……」

『──怪異は、太らない』


先輩の心配をバッサリと切る。


先輩は少し困ったような顔をしていた。


「そうだ、先輩と加古川さんに相談があるんです」


「おや、何かあったのかい?」


戻る前に遭遇した怪異。

既読虫とは次元が違う──海月(みづき)と名乗る女について、一通り話した。


「うーん……特徴だけ見ると、おそらく"磯姫(いそひめ)"だと思うんだけどねぇ」


腰と顎に手を当てて、加古川さんが唸る。


「でも、磯姫は水辺にしか現れないはず」

火那森先輩も同じような反応だ。


磯姫。

怪異に疎い俺には、初耳の存在だ。


『磯姫は、主に海辺に現れる怪異のことさ』


俺の様子を見て、狐火が口を開く。


『海辺に近付く男に接触して、髪の毛を使って血を啜る。あるいは叫びで鼓膜を破る』


『だが、本来こんな陸地までは来れないはずだし、磯姫にしてはあまりにも強すぎる』


湯呑みを傾けながら、二人の持つ引っ掛かりまで教えてくれた。


『──別の力を、感じた』


カステラを頬張りながら、紫蜘蛛が呟く。


「どういうことだい?」


『──水の中に、黒い何かを感じた』


『──まるで、闇そのものだった』


その言葉と共に、わずかに空気が重くなる。


誰も、すぐに口は開かなかった。


「何らかの影響で強化されている……?いや、それにしては余りにも……」


加古川さんが真剣な顔で考え込む。


そして。


「……うん、分からんね。私はこれから調べ物をするから、二人は帰って休むといい」


加古川さんがどこからか鍵を取り出し、そのまま歩き出す。


「ああ、皿とカップはそこの流しに置いておいていいよ。後で洗っておくから」

「それじゃ、怪異の情報が入ったら連絡するよ。夜道には気をつけて」


──急ぎ足で、扉の向こうに消えた。


『じゃ、僕らも帰ろうか主』

「ええ、洗い物を済ませてからね」


先輩が流し台に向かう。


「俺も手伝います」

「八重原くんはもう寝なさい。色々あって疲れてるでしょ」


先輩に、片手で制される。

先輩も、疲れてるはずなのに──


『──帰って、寝るべき』

『──暁人、傷だらけ』


紫蜘蛛に服を引かれる。


「──次は、俺が食器洗いますから」

「ええ、よろしくね」


先輩は手を振って見送ってくれた。


      〜〜〜〜〜〜


『あぁ─美味しかったわ、彼の血』


暗闇の中、海月はひとり呟く。


彼─八重原暁人を反芻する。


笑う顔。

怒る顔。

恐れる顔。


──彼の血の味。


今まで色々な男の血を味わったけど、彼は格別。


──欲しい。


顔も、血も──すべて。


──あの蜘蛛女に向けている感情も、全部。


『アッハハ!楽しそうじゃない海月!』


暗闇の向こうから声がする。


『──なぁに。どうしたの、ハミィ』


声の方へ目を向ける。

邪魔するな、と視線に圧を乗せる。


『あら、そんな睨まなくてもいいじゃない。アタシとアナタの仲でしょう?』


黒と桃色の洋装。

金髪、碧眼。

「ゴスロリ」と言うらしいが、正直良さは分からない。


『アナタ、現世に行ったんでしょ?どうだった?楽しかった?』


『──あまり質問されても、困るのだけど』


小さく首を振る。


『でも──楽しかったわ、とても』


口元が緩む。

彼との出会いは特に。


『うわぁ。アナタ今、すごい顔してるわよ。鏡いる?』


ハミィの声が低くなる。


いらないわ、と口を開く直前。


──熱を持った雪が散ってきた。


空気が沈む。


『戻ったか──磯姫よ』


低く、冷たい声。

パキ、パキ、と氷を踏む音がする。


『ちょっと、それ以上近づかないでくれる?風邪引いちゃうんだけど?』


ハミィが身体を震わせ、不機嫌そうに口を開く。


『我らは風邪などとは無縁だろう、(ばく)。第一、寒いなら袷羽織(あわせはおり)でも纏えばいい』


『引かせる側のアンタがそれ言う!?あと獏じゃなくてハミィ!』


猫のように威嚇するハミィ。


『……あなた達も一緒なんて、珍しいわね。凍景(いてかげ)阿用(あよ)


雪風が舞い上がり、その中に影が立つ。

後ろには、巨大な"熱気"が揺らめいていた。


同胞(はらから)の帰還だ。出迎えるのが、礼儀というものだろう』


《オォ──》


二つの影から声が響く。

姿は見えないが、歓迎されている。


『ハイハイ。暑かったり寒かったり、ホントに身体ブッ壊れちゃうから野郎二人は、とっとと帰った帰った!』


パンパンと手を叩きながらハミィが促す。


《キラワレテル──?》


『気にしないで、阿用。元々ああいう子よ』


悲哀の声に、やわらかく返す。


『ふむ、致し方なし。機会があれば茶でも飲もう。磯姫』


『えぇ──それと、私は海月よ』


寒気と熱気が消える。


『ハァーーやーっと消えた!片方だけならまだしも、二人同時に来る事ないじゃない!』


大きく息を吐き、ハミィが脱力する。


『……ふふ』


現世も楽しかったけど、こっちも悪くない。

特に、ハミィと一緒だと退屈しない。


──でも。


やっぱり、彼の事が頭から離れない。


『……ふぅん?アナタ、向こうで男できたんだ』


ハミィが顔を覗き込む。


『──いいえ、"まだ"よ』


そう、まだ。

──あの女を排除しないと、彼を手に入れられない。


『──ふぅん?そう?』


ハミィの顔が、歪む。


『じゃあ──海月の欲しがってるその男、アタシが全部、奪っちゃおうかしら?』


『──』


そうだ。

この子は、そういう子だった。


『それは──』


『そうと決まれば早速アタシも現世に行くわ!ついでに新しい服とお菓子を堪能するわよ!』


言い終わる前に、ハミィは闇の中に消えた。


『──はあ。少し休んだら、様子を見に行かなくちゃいけないわね』


彼の事を反芻しながら、横になる。


──今日は、きっと良い夢が見られる。

彼の、夢を。

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